第10話 必然

さて、


ここで、今更ながら

察しの良い人ならー

いや、そうでなくても


既に気付いているだろう事について

この俺から説明しておこうか


何だ?俺だと不安か?

確かに、ちぃ姉に比べれば

説明は下手かもしれないな


でもまぁ、

そんな事を言わずに


聞いていけよ


何だよ、

仕方ないだろ?


ちぃ姉は

今、手が離せないんだよ


は?ちぃ姉じゃなけりゃ

灯が良かったって?


ハハハハ…


殺すぞ?


………

……………


ふん、

そんなにビビるなよ


え?

お願いします、だ?


おまッ


そこまで言われちゃ

仕方ねぇなー


フフン


えー、じゃあ

始めに


俺らの存在について、

話しておこうか


ん?

それは聞いたって?



ん、


……


あぁ、

大体は、その認識で間違いない


人体実験の産物

偽物の神様


或いは、

神を造ろうとした

愚かしい奴らが辿り着いた


化物


それらは、全て、

大体は正しい


そして、

間違っている



固有実験体 【V-003】

それが、

【あの場所】での

俺の呼称だった


けれど、

今は違う


俺の名前は

そんな単なる英数の羅列じゃない



俺は、

俺の名前は

詩織、だ


同じく、

ちぃ姉こと千春も【H-001】じゃないし

華も【S-009】じゃない

望来も【T-002】なんかじゃない



ここまで説明すれば、

あと、ここまでの俺らの会話や

俺や灯の行動を見れば


流石に分かる事か



俺の固有実験体名

【V-003】の【V】は

【vision】の略


つまりは

視力を含めた【視覚】に関する能力を

所謂【神】に近付けた

俺は、その実験体だ


視力は計測不能


一応言っておけば

平地で約4Km先、

高い場所に居ればー

仮に地上100mからなら約40km先にある

10㎝四方の紙に書かれた文字も

判読できる


無論だが、

ここまで見てきたなら

私が【ただ視力が良いだけじゃない】

って事は


理解していると

思ってるがな



つまりは、

そういう事だ


それで考えれば

自ずと答えはでる


【H】は【hearing】つまり聴覚

【S】は【smell】は嗅覚

【T】は【taste】は味覚

ってな感じだ


但し、

勿論の事だが

俺らは、あくまでも

【劣化版】に過ぎない


本物の…、

本物と言っていいのか

多少議論はあるが

【シキガミ】の域には遠く及ばない


まぁ、誰も見た事のない【モノ】に

近付けようとか

控えめ言っても、

正気の沙汰じゃねぇよな


……


そうだ、

だって当たり前だろ?

神様だぜ?


存在さえ眉唾なのに

近付けるとか、どうかしてるっての


だが、あの

【有能極まる】敷辺ゆかり医師【様】はー


何だよ?

あ?


勿論、皮肉だ


まあ、奴は

その神とやらに

実際に会って、あまつさえ

会話もした事があると豪語していたが…


多分、

どうしようもない程に

イカれてただけだろうな……



さて、そろそろ

場面を戻そうか


名前を出すこと自体

胸糞悪ぃから

これ以上の敷辺の話や

俺や、ちぃ姉達が受けた

実験と称して受けた、

あれこれは

今は一先ず置いておこう


………


あ?


『何があったか

聞きたい』


だって?



はぁ…


悪い事は言わないから

止めておけ


多分、軽く見積もっても

お前が想像する

100倍は酷い話だからな


言っておくが

これは、お前の為だ


聞いた後で

知りたくなかった


なんて、

言われたくねぇ




そもそも、

これから長い時間

俺や、ちぃ姉達とも関わるんだ


聞いてしまったら、

きっと、

関わり方を迷っちまうぜ?



……


よし


良い判断だ


それが

正解だよ


さて、


改めて、

場面を戻そう




俺は

灯の自宅であるマンション

玄関から出た、すぐ外の廊下

分厚いコンクリート製の

落下防止柵を背に


狙撃から身を守っている


この落下防止の柵は

構造上、外廊下をも支える物

対物ライフルや

ヘリに搭載されている

大口径機関銃の弾丸は別としても

歩兵が携行する通常装備の弾丸であれば

突き通す事は難しい


俺は弱々しく

装う


完全には無効化しきれてないソマンガスで

息が多少苦しい事は

事実ではあるけれど


曝露された時間から逆算して

半減の更に半減以下の濃度まで発散している


死ぬ程の濃度は

既にない


ここで弱者を装いながら

【能力】を発現させたまま

相手の出方を待つ


サイレントヘリが来れば

その操縦士と

ただ【視線】を合わせればいい

歩兵部隊が先でも、同様だ


後手に回るのは好きではないけれど

俺から下手に動いて、

撃たれるのは御免だ


決して死ぬ事はなくとも

撃たれれば、【痛み】は

確かにあるからな


何より、

灯の身体が

これ以上に傷付くのは

耐えられない



そう考えていた時だった


不意に

階段を駆け登ってくる

複数の足音が聞こえ出す


一人、二人、三人、四人…

そこで俺は数える事を止めた


少なくとも人数は一桁ではない


同時にサイレントヘリの

独特の羽音が近づく


どうやら、一丁前に

しっかりと連携しているらしい


率いている指揮官は

多少ではあるが、

有能の部類に入るようだ


耳を澄ませば

足音は迷いなく

ここを目指している


以上の事から

考えられる事は三つ


可能性の一つ目、

指揮官は狙撃兵と共に

ここを見ている


二つ目は、

歩兵の中に

指揮官はいる


そして、最後、

指揮官はヘリに搭乗している


そのいずれかー



「やれやれ…」


心で思うだけのつもりが

思わず声に出た


はっきり言えば

面倒極まりない


彼等が如何に有能であれ

万策を労し、奇を衒っても


結果は

揺るがない


俺の勝ちだ



実に

つまらない事

だが、


【必然】

なのだ



一度、有能と認めはしたが


敵の正体が何か分からない内に

感情のまま突っ込む


これは

下策中の下策だ


その一点で言えば

指揮官は限りなく無能だ


重ねて言うが

俺の能力は【視】


【視覚】は

人の知覚の割合として

8割以上であり


他感覚を全て合わせた割合の

4倍以上だ


加えて、

俺の能力【視】“も”

単に【命を奪う】“だけ”じゃない


あ?


あぁ、

そうだな


“も”


だな



灯、望来

華、ちぃ姉“も”


【造られた】感覚は

一つだが


【能力の応用】

というか


使い道は、

決して一つでない



それらは

今、俺の口から言うもんじゃない


聞きたいなら

本人にでも

聞いてみればいい


秘密?


あぁ、

別に隠してるとか

知ったからと言って

どうこうはない


その証拠に

俺も、灯も

出し惜しみはしてないだろ?



ただ…、まぁ、

何だ



聞かれないと

自分から言いたくないだけだ


能力が

人並みを外れれば

外れる程に



人は恐怖するものだから


そして、

人は


一度でも恐怖した対象になら

何だって…


それこそは

どんな酷い事ですら

言っていいものだと


勘違いをしている



そんな

残酷な生き物だからな




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