第9話 不可避 ②

今、

外で何が起きたかー


確認?

俺がそんな事するはずもない


確認せずとも解る


それは、今、

この瞬間にも

世界中探せば、どこにでも

転がっているような出来事だ


以前、

何かで読んだ


この世では、

戦争前の平和だった頃でさえ


地球全体では一秒間に約二人

この国に限定しても僅か三十秒に一人の

ペースで人が死んでいた


今は流石に

その時に比べれば

もう少しだけ

ペースは早いか



とにかく、そんな

ありふれた出来事


いちいち考えるまでもない

取るに足らない出来事



そう思う事が


唯一の免罪符


自らの行動を、

どれだけ合理化しても拭いきれない

いつまでも付き纏う罪悪感から

解放される為の自己防衛行動


正しい事、

なのだろう


自らの身を

命を、


守ったのだから


俺の能力は

ある点では灯より有能だが

けれども、決して優しくはない


俺が能力を使えば、

幾らかの段階を辿るが


能力を使われた人間は

最終的には

一つの例外もなく


“不可避の死”に至る


この世の何処にも

存在しなくなる


結果だけなら

俺の能力と灯の能力は

同じに聞こえるかもしれないが


それは

似て非なるもの


俺の能力が

人を殺す事なら


灯は、それとは全く逆

その者達を

一人残らず


“救う”


俺が

今尚存在している事が

その証明だ



とても優しい

いや、優しさが過ぎる


ただの女の子だ



俺は暗がりに包まれた

廊下の奥、


脱衣場の入口を

鋭く睨み付ける


脱衣場の先

窓のない浴室

その浴槽に隠れる


灯の言を

忠実に守っているであろう


少年に意識を向ける


この世で

こんな糞まみれの世界で


誰かを守る

などと思う事自体が

実に甘い考えだ


極めて悲惨な末路

それしか思い浮かばない


その結果は

灯の心を酷く傷付ける


そして、その傷の深さは

共に過ごした時間に比例する


「だったら、

 いっその事ー」


出会って間もない、


失う傷が深くなる前に

絆を築く前に


俺の手で終わらせる事が

賢明なのかもしれない


今、灯の事は

ちぃ姉や華が抑えてくれている


この時間を使えば


再び力を

発現させる


俺の能力は

決して優しくない


灯の様に

一切の苦痛を与えないとは

言えない


けれど、それでも

苦痛は

ほんの一瞬だけだ


後には

安らかな眠りが待っている




そう思って、

一歩を踏み出した




その時だった





微かな音


空気を切り裂く様な

独特の音が


耳に届く


この場所は高層階

しかも、灯の部屋は破壊されている為

そこから吹き込む風の音にも聞こえるが

慎重に聞けば、少し違う


その音は明らかに

意図して抑えられている音

だが、完全な無音ではない


そこまで認識出来れば

答えは自ずと出る


先程、ちぃ姉が認識した

サイレントヘリだ


俺は深い溜め息を一つ


それから、

踵を返すように

体を玄関に向けて

ゆっくりと歩き出した



音は今、

破壊された灯の部屋辺り


そこから中の様子を

伺っているのか


同じ場所、中空に

留まっているように聞こえる


明らかに

警戒している


と、すれば

恐らくは、


連絡の途絶えた斥候の三人を捜しに出て

その結果


このマンションの麓にあった

同胞の無惨な死体を見つけたのだろう


無抵抗の女子高生に銃口を向けておいて

なんとも都合のいい事である


しかし、彼らは

このマンションに脅威があると判断しても

どの部屋かまでは特定出来ていない


まして、

その脅威が

こんな幼気な見た目の

女子高生であるとまでは

夢にも思わないだろう


その証拠が

灯が先程取り込んだ彼だ


俺は敵を敵だと認識出来る

しかし、

彼らは俺を敵だと断定出来ない


全く悪い冗談だろ?


ならば、

事は簡単だ


オマケに俺には

彼らが取るであろう戦略は

手に取る様に解る


同胞の死体の位置、状態から

このマンションの上層階から

転落した事は

さすがに判別出来ただろう


ならばヘリの支援のもと

歩兵部隊が虱潰しに上層階を

確認する


貴重な隠密ヘリまで投入されたという事は

今、それなりの数の

一般装備の歩兵部隊が

先ずは上層階を目指している

という事になる


そして、

どこか戦況を見渡せる場所には

支援の為、現地指揮官と共に

狙撃兵等が配置している


本部は、

遠い


重装車は

本部近辺に配置


装甲車は

謂わば彼らの切り札であり

寝床でもある


敵が未知なら

みすみす狙われかねない位置には

配置しない


概ね、

そんな所かー



確かに

理不尽だとは思う



しかし、最早、

驚きはない

憤りすら湧かない


感情は極めて

平坦なもの


淡々と

事を為すだけだ



さてー


玄関へと歩を進めながら

先ずは自分の置かれた状況の確認だ


背後の、暗がりの廊下には

奴らの仲間の遺体が二つ


一つは灯の能力での脱け殻

もう一つは、同士討ちによる射殺体


それらをどうにか利用する手を

考えてはみたものの


いまいち良い考えは思い付かない


ならば、

利用するなら


この

【灯の身体】

だろう


【俺の実体】なら

恐らく無理でも


今、俺が操る

【灯の身体】


見た目は、

年齢以上に幼い

つまり、弱々しく


小動物の様な見た目は


敵の警戒心を解く

囮としては最適である


そんな事を一番に考え付き

友達の身体を

迷いなく利用しようとしている俺は


“最低”以外の

何者でもないのだがー



俺はまず、

そこらの粉塵で着ている制服を

不自然にならない程度に軽く汚す


自らの内に、

確かに感じる


灯の存在に

「ごめんな」

と小さく謝りながら


適当に汚し終えると


体制を低く保ち

玄関の扉を

一応は音に気を付けつつ

ゆっくりと開けて


そのまま

扉を押し開けて

外廊下へと

身体を投げ出すように倒れ込む


それから

いかにも弱々しい存在だということを

この場面を見ているかもしれない

誰かへ最大限アピールする為


地べたを這いつくばるように

ゆっくりと進む


目指すは、

目の前の落下防止為

ある程度の高さと厚みで造られた

コンクリート製の柵


普通に歩けば

僅か数歩

つまり、二秒にも満たないが


這っている為

その十倍以上は掛かる


「撃つんじゃないぞ?」

そう心の中で二、三度繰り返す


弱者の姿を騙った事が

功を奏したか


何事もなく

目的の場所へと辿り着いた


俺は柵を背に

身を隠す


もちろん、

力が抜けるような仕草

見た者がそう感じる様に


最大限の演技を続ける事を

忘れる俺ではない


それでも

一先ずは、最初の難関は突破した


この背にしているコンクリートの

厚みから強度を考えれば


弾丸が通る事は

考え難い


あぁ、もちろん

決して不可能ではないとは付け加えようか


例えば、

連邦製の【ASVK】や

連合製なら50口径以上を使えば


多分、

容易な事だ


さて、

現時点に於て

最も警戒すべきは、


ここを見ているかもしれない

現地指揮官クラスの将兵と

狙撃兵である


彼らに見つかれば

その瞬間に狙撃されたとしても


不思議はない


但し、

それは彼らが仮に常人であれば

俺の事を、明確な敵であると

認識出来た場合に限る



ただ、

動く物全てを狙撃する者も

ゼロではない


その場合、

そいつが

余程のバカか


もっと悪ければ

指揮者、狙撃手共に

既に頭のネジが飛んでる狂人か


或いは

誤射を恐れない

強靭な精神力の持ち主


即ち

生粋の軍人であるか


その三択


そうでなければ

“大抵の場合”という前提こそ付くものの

【社会的弱者】とされる少女

更には【無抵抗】の者を誤射した事実は


狙撃手に対して

軽視できない

精神的ダメージを負わせる結果となる


下手をすれば

それがトラウマとして植え付けられ

引き金を引く指を鈍らせ

果ては二度と引き金を引けなくなる


そんな可能性を孕んでいる


そんな全軍の士気に関わる指示を

“マトモな”指揮官は忌避したいところだが


戦時中の、それも

“敵”に人間性を期待すべきじゃない


まぁ、


仮に撃たれた所で

代わりに消えるのは

誰かの命


すぐに甦る俺にとっては

大した問題はないけど


流石の俺でも


痛いのは御免だ


何より、

それが自覚も感覚も

記憶さえないものであっても


灯が痛いのは

それよりも、


もっと


御免だ



そうは言っても


今のところ、

展開は概ね

予想通りといった所かー


五人揃っていれば

負けはまず、あり得ない


けれど、

予想外は十分起こり得るし


何より

今は灯を抑える事に

ちぃ姉達は神経を注いでいる



援助は

期待出来ない



その点、少しだけ

不安がないとは言わないけれど、な


索敵に関して言えば

視力以外は並みの俺は


こうして身を隠すタイプの戦場は

正直言えば、得意じゃなかったからなー




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