第7話 触れてはいけない悪魔

「ーーー!」



彼は隠せない戸惑いを

叫ぶように、口にする


何故か?


私が、彼に飛び付き

その首に腕を回したからだった



「ーーーーーーーーーー~?」


次に声を発したのは

玄関で待つ、二人の内のどちらか


声色から、

少し茶化すような印象を受ける


何を勘違いしたやら…


「ーーーーーーーー?」


直後、違う声質

玄関に居る、

もう一人が喋ったようだ


「ーーー?、ーーー?」


何かを確かめるように、

二度、同じ単語を繰り返す


その発音は、

私では上手く出来そうにないが

恐らくは、私が今

抱きついている彼の名前か



どうやら、

異変に気付いたらしい…



それでも、私は内心、

“凄く勘がいいな”と

そう思った



まぁ、私が支えているとは言え

戸惑った声を最後に

一言も声を発さないどころか

全身の力が抜けたように弛緩しきった

彼の身体は

どうしても隠しようがないし、


それ自体は

多少暗くても、遠目でも

確認は出来る


例えば、

力なく落ちた腕

とかね



そう、


彼の…


うーん…


私自身、

言い方はよく分からないし

それにどんな呼称があるか分からないけど


所謂、彼の“魂”?

“中身”?“自我”?


まぁ、

呼び方は何でもいいけど、


それは既に、

【私の中】に存在する


つまり、

私へ手を伸ばした彼は


私の腕の中で

もう、


【死んでいる】


正確には

肉体は【空っぽの器】になった


って事だけど



「ーーー?」


茶化したように声を発した彼も

勘のいい彼の様子から

漸く事態を、少しだけだが

把握する


とは言っても、

その声色からも

緊迫感は、未だに少し薄い


半信半疑、

と言ったところだろう



私は、再びライトで照らされる

勘のいい彼が

私に銃口を向けたようだ


「ーーー!ーーーーーーーー?」

「ーーーーーーーーー!」


その状態で

二人が何やら問答をする


ひどく狼狽えているように聞こえるのは

多分、勘違いではない


少し遅れて、

もう一つのライトも私に向けられる


私は即座に、

彼の【抜け殻】、

その背中を玄関の彼等に向け

そのまま彼の身体を盾にするように

彼の影に身を隠す


「ーーーー!ーーーーーーー!!」

「ーーーーーーーーーー【don't touch】…」


彼等が何やら叫ぶ

恐らく、一つは

私を強く詰る言葉だ、


もう一つは…

正直どうでもいい


それにしても、

彼等もまた【甘い】



私の行動から

“この彼”が、どういう状況か

それを推察する事は簡単な事


生きているか、死んでいるか

それを判別出来なくとも


自ら動く事は出来ない状態

だという事は分かる



そして、彼の“身体”は

私の手の内にある



それが正しく判断出来たなら

残酷だけど、彼に当たってでも

構わずにでも撃って


私を殺す事が正しい判断


それで、万に一つ、

彼に弾が当たらず

その上で、私を殺せたなら


その可能性が数%でもあるなら


賭ける価値は

十分にあるというもの



仮に

誤射で彼が死んでも


少なくとも、

私を殺せて


彼の“遺体”は

回収できる



そう判断できたなら



躊躇する理由は

皆無のはず





でも、それでも、

きっと

彼等は撃てないだろうけど…


別に、

彼等が悪いわけじゃなく


何より、邪魔をする

【良心】が悪いのだ


若しくは、

彼と過ごした

【時間】


生死の境を共に歩き

生き残れた事を喜び合った


そんな、

【かけがえのない時間】



それらは、もれなく

“非情な”判断の邪魔になる




ともかく、これ以上

時間を掛ける事は無意味で

私にとっても

良策ではない


私は彼の防護服の中

その他、装備品を漁る


「ーーーーーーーーーーー!?」


勘の良い彼が再び叫ぶ



うるさい



はっきり言って

理解できない言語なんて

雑音にしか思えない



正直、

黙らせるだけなら簡単だけど…


例えば、この彼の遺体から

拳銃を使って撃ってやればいい


だけど、それは

絶対に避けるべきでしょ?


だって、撃ち返されたりしたら

せっかくの防護服に穴が空いたり

防毒マスクが壊れたら

全く意味がないし


何より

この彼に悪いからー



私は、それがどれだけ回りくどくて

難しいやり方だとしても





それを選ぶー






ほどなくして、

私は目的の物を探し当てる


筒状の物、


独特の形だから

すぐに、これだと

私にも分かる


実際、何度か

使った事がある



私は、それに付いているピンを抜き

「一、二…」と数えた後、

床を滑らせるように

玄関に向けて、それを投げる


それから瞼を固く閉じて

両手で耳を

強く塞ぐ


「ーーーーーーーーーーー!!」


玄関で勘のいい彼が叫ぶ


その直後、



甲高い破裂音ー


100万cd以上の激しい閃光を放ち

170db以上の大音量パルスが響く


【閃光手榴弾】或いは

【スタングレネード】


呼び方は色々だけど、


その音は、

火山の噴火音を間近に聞くに

匹敵するほど

その車のベッドライトの数百倍の閃光は、

視界を完全に奪う



どちらも効果は限定的で

一時的な物とはいえ


こんなのが

制圧用の

非殺傷兵器だと言うのだから


全く、笑ってしまう


玄関から

うめき声にも似た声


判断の自由は、

どうやら奪えたみたい


まぁ、

仮に即座に瞼を閉じれば

視界はどうにかなったとしても


防毒マスクをした状態だと

さすがに耳は塞げないもんね?



もっとも、あの一瞬で

そこまで判断出来る人なんて

ほとんど居ないけどー



私は彼の懐からナイフを取り出し

立ち上がる


密閉された屋内

硝煙、正しくはアルミニウムの粒子が

未だ、私の視界すらも悪くしている


今、この場に、

私の仲間はいない


つまり、

私以外の物音は

全て、彼等から出た音


私はゆっくりと玄関へと歩を進める



数歩進んだ時、

彼等の姿が、煙の向こうに

うっすらとだが確認出来た


厄介なのは、

二人とも肌の露出が全くない事だ



「本当は、痛い思いとか…

 させたくないんだけどなー…」



彼等は忙しく銃口を動かし

ひどく警戒している


ただ、視界を失っているのか

私が近付いているのに

気づきもしない


動かれるのは

面倒な事だけど


まぁ、

無理もないけどね…



こんな時、

詩織がいてくれたらなー…

なんて



私はナイフを構えると

タイミングを計って体勢を低く走り出す


狙いは、とりあえず太腿

出来る事なら防護服だけを斬って

肌を露出させれば…



まずは往路、

通り過ぎざまに

一人目の太腿辺りを切る


そして、

玄関の扉で折り返し


復路で、

もう一人の大腿辺りを斬る



うん、


イメージだけは

何となくだけど、出来た




私は、脳内で

予行していた通り


二人の間を走り抜け

すれ違いざまに

一人目の太腿を斬っー…




『わっ!ちょっと…何?

 いきなり大きな声出して…』


『え?

 灯は何でそんな危険な事を?

 そんな事より?

 最初の彼はどうしたのか?

 って…』


[見れば分かるだろ?

 当然、死んだんだ]


[………………]


[どうした?そんな顔して…

 あー…、そうか

 お前は自分が

 今、何故ここに居るか

 まだ、ちゃんと分かってないんだな?]


〔…………〕


[なら、俺が説明してやる

 ………って言いたいとこだが

 それは華に任せるよ]


『え…?え!?私?』


[あぁ、俺はまた

 余計な事言ってしまいそうだし

 その度に、また望来に噛みつかれるのは

 ごめんだ]


〔詩織…〕

『しぃちゃん…』


[なんだよ…、俺だって、

 ちゃんと学習するんだぜ?]


『わかった!任された!

 えー、コホン

 じゃあ私が説明するね』


『君の疑問に答えるには、

 ざっくり簡単にしても、先に、

 二つ説明しなきゃいけない事が

 あります』


『そして、それは、

 私達の事と、

 この四季彩町の事です』


『まずは、

 この四季彩町について』


『この四季彩町は、かつて

 色彩村と呼ばれていました

 そして、その前がシキサイ村

 片仮名表記だった時は、

 意味が死期際だったり、

 色罪だったり、まぁ

 総じて、いい意味ではないよね…』


『それで、そこには

 一柱の神様がいました』


『その神様は、様々な

 人智を越えた

 所謂、神通力を持っていました』


『曰く、【彼女】は

 その目で、対象の過去を全て“見通し”、

 その手で、“触れた”者の全てを奪い

 それを“喰らう”

 ってね…』


『ここまで、大丈夫?』



『ん?…うん、

 私達は、その神様を模して

 造られたんだ…』


『………』

〈…………………〉


『おっと、望来ちゃん…

 急に抱きつくと危ないよ?

 え?…うん…

 ハハハ…、大丈夫、だよ…』



[ったく、

 まったく見てられねーよ…

 は?どういう事だ?って

 聞いてなかったのか?

 今、華が言った通りだよ]


[“神を模して”私達は造られた

 勿論、人造人間って話じゃあない

 そうだなー…

 時期は、丁度

 共和国が、海峡を隔てた島を攻略した頃

 この国でも開戦の機運が高まった折り

 戦力不足は誰の目にも明らかだった]


[だから、国の偉ーい奴らは

 それこそ一生懸命に考えて

 それから、その中で

 一番、糞な案に落ち着いた]


[そう…、

 一番、糞まみれな案だ

 【人間を兵器化しよう】って

 どこかで聞いた事ある案だ]


[非現実的か?

 まぁ、ここだけ聞けば

 まるで大戦末期の特攻隊か

 それじゃなけりゃ

 どこかのアニメのような話だよな?]


[でも、奴らは本気だった

 まず集められたのは子供達

 勿論、

 そんな話で、よく聞くような

 身寄りがない子供なんて

 紛争地帯でもない、この国には

 ほとんどいない

 まぁ、しかし零ではなかったな]


[そこで、政府は他にも目を向けた

 集められたのは、半数は施設の子

 それから残りの半分は

 自衛隊員の家族、だった]


[何で…って?

 そりゃあ都合良かったからだよ

 騙して連れてくるにも…

 何せ、そんな家族、

 ひいては子供達は

 多かれ少なかれ、自衛隊の背中を見て

 育ってるんだからな

 愛国心ってのが、他の奴より高いんだ]


[ん?

 お前達もそうか?って?

 俺は確かにそうだ

 けれど…、

 ちぃ姉や灯、華や望来はー…

 まぁ、焦んなって

 順々に話すつもりだからよ]


[まず始まったのは

 手っ取り早い、投薬による人体強化

 所謂、色んな薬で身体能力を強化した

 兵士を造るって話だった]


[そして、これは、

 一定の効果が出た

 卓越した洞察力や、常識を越えた反射神経

 スバ抜けた身体能力や、高い治癒能力で

 生存率が大幅に上がった人間が

 出来上がりだ]


[そいつらを錬成して

 一個小隊の特別行動班

 【children】が

 約一年と満たず

 秘密裏に編成された]


[けれど…、これには限界があった

 知ってるか?

 薬のみで、精神やら代謝やら

 そこら辺を弄ると、後に

 色々と…

 不具合が起きてくるんだ]


[ん?だから言ったろ?

 “一定”の効果はあったってな…]


[そうして、適応出来た人間は一握り

 それらも、いつ不具合をきたすか分からない

 一人で十数人の敵兵を

 相手にしても不足はないが

 それでも、これでは共和国を相手にするには

 数が足りない]


[…]


[適合しなかった奴ら…、

 それに、異常をきたした奴ら、

 その末路、か…

 正直言えば、思い出したくないが…

 聞くか?]


[…あぁ、ありがとう…

 聞かないでくれて]


[そこで、そんな時

 ある人物に白羽の矢が立った]


[それが、

 この街、四季彩町の隣

 三彩の医師ながら

 【四季彩街の歴史研究者】

 との異色の経歴の持ち主

 名医と名高く、患者からの人望も厚い

 担当は外科から精神医学まで、と

 相当の努力と才能の塊

 しかし、その経歴に反して

 発表した論文の酷さから

 歴史の学会では、はぐれ者になっていた

 敷辺ゆかり、だった]


[そして、何故

 そんな人に政府が目をつけたかー、だが

 それは彼女の発表した論文の題による]


[その論文の題は

 【現人神と、その製造法について】

 だったんだ]





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