第6話 全てが終わった話 ②

「ッ」


玄関の扉が開くと同時に

サーチライトによって

私の身体は隈無く照らされる


構えられた銃の先に付いた

三束のライトの集積点に

私は居て


車のヘッドライトにすら思えるような

その強烈な眩い光束に

思わず手を翳したくなるも


その無意識な欲求を

より強い意識によって

何とか抑える


「ーーー!!」



次に、出所からして

只今、この部屋に押し入った者

恐らくは男性の声で

何かしらを怒鳴られる


その言語は

確実に日本語ではなく

また、発音形態から

映画や授業などで聞いた事のあるような

英語ですらない事は明らかだ


つまりは、

今、何を怒鳴られていたとしても

私には理解は不能でー


だいたい、

故郷の言葉かは知らないが

世界の公用語足る英語の語学力すら

世界から見ても

遅れていると言われる、ここ日本で

それ以外の言語で喋られても


理解出来るはずがない


「ーーー、ーーーー!」


先程、

怒鳴った声とは違う声

次の瞬間には、

私からライトの照準が外れる


入って来た彼らに気付かれないよう

慎重に、横目で状況を確認する


すると、入って来た三人のうち

真ん中に居た一人が

左右に居た仲間らしき者達の持つ

ライフルの銃口を押えて

私を銃の照準からも外してくれたようだ


「ーーーーーーーーーー!」


再び、先程と同じ声で

恐らくは真ん中の彼が声を発する


恐らく、というのは

入って来た者達 三人が三人共に

防毒マスクに、簡易的ではあるが防護服姿

こちらから見れば、目元しか分からず

加えて、遠目なので

中身が彼なのか、彼女なのか

それどころか、今は誰が喋ったか

動きがなければ判別が不可能なのだ


だが、それでも今、

喋ったのは十中八九、

真ん中の彼、


「ーーー、ーーーーーーー?」

「ーー、ーーーーーーーーーーー…」


「ーー…」


「ーーーー、ーーーーー~?」

「ーーー!」

「ーーーーーーーーーーー?」

「ーーーー…」


彼は残りの二人に諭すように語りかけ

そのまま一言二言、三人で

何やら言葉を交わす


声のトーンからして終始穏やかな談

一瞬だけ緊迫感が感じられたが

身振りからして、一人が

空気の読めないジョークでも言ったのだろう


その後、

真ん中の彼は、私へ向き直り

そのまま私の元へ、

ゆっくり近付いてきた


私は少し身構えた動作を

“見せる”

出来るだけ弱々しく、

しかし、生を諦めたくない


そんな素振りを

可能な限り、自然に


そんな私の変化に

彼も気付いたのか、少しだけ足音が変わる


そして、

「コ、ワラガラ、ナイデ、クダ、サイ」


片言の酷く拙い日本語

続けて


「ワタシタチハ、アナタノ

 テキ、デハ、アリマ、セン」


優しく、語りかけながら

歩を進めてくる


彼の良心は、

素直に素晴らしい


こんな世界になってからは

極めて希少で、崇高とすら言える



だが、何とも

甘い



この世では、

見た目に囚われてはいけない



欲しい物は、奪ってでも

時には殺してさえ手に入れる必要がある



だから、

私の欲しい物をぶら下げて

無用心に、無防備に

近付いてきた彼は


はっきり言って

【馬鹿】としか言いようがない



利用できる物は

全部利用する


私の弱者のような見た目も、

性別も

相手の良心でさえー



彼はそのまま

私の元へとたどり着き


目の前にしゃがみこみ

私の顔を覗き込んで

私の容態を確認しようとする


弱々しくも、警戒心を解かず

敵意を剥く私を宥めるように

手振りを交えて「ダイジョウブ」と

私の安心を促してくる


それでも彼の差し出した手にも

警戒心を解く様子のない、私に

彼は観念したように


彼は深い溜め息の後、

自分の防毒マスクを外そうとする


「ーーー!!」


瞬間、

入り口で待機していた仲間の一人が

声を発する


相変わらず言葉も理解出来ず

また、よく聞き取れなかったが


それに対して

目の前の彼が反応した事から


恐らく、

彼の名前か

大方「危険だ」か「やめろ」

とでも叫んだのだろう


「ーーーー」


彼はそんな仲間を宥めるように

“彼等語”を口にする



そして、

ゆっくりとした動作で

マスクを外した彼の顔を見て

私は少しだけ驚いた



色黒で、

とてもアジア圏の顔つきではない


だが、それよりも、

見た目から受ける印象として

歳が、私と大して

変わらないからだったからだった


そういえば

と、思い出す


確か、

共和国の同盟国に

所謂、途上国、

それも少年、少女が戦地に行かないと

立ち行かない国があった


彼らは自らの意思で戦地に赴くわけでなく

戦争特需、共和国からの賃金を目当てに

戦争に参加する


強制ではないものの

理由はごく消極的なもの


“本国に残して来た家族の為に”

とか、言えば尤もらしいが


悪く言えば

“口減らし”

とか、ね


そして、彼等は

所謂【傭兵】

とは少し違う


本質はそれに似て非なるもの

敢えて言葉を飾らないで言うなら


【奴隷】

かな


だから彼らの配置先は

最前線のみで

捨て駒という印象は考えるまでもなく


彼等が今、着用している

防護服が正規品質でなく簡易的なのも

それが理由だとも言える


たとえ、死んでも

替えが効く消耗品


それが周知の事実


だけど、きっと彼等は

そんな事すらも

知る由もないのでしょうね





『不思議そうな顔、してるね

 共和国は、事実上撤退して

 停戦の協定は結ばれた

 でも、今でも攻撃は続いている…

 知りたいのは、そのカラクリ?』

 

[そんなの、簡単な話だ

 彼らが【正規軍】じゃないからさ]


『え?あぁ、うん

 だから、つまり…』

『ちょっと、しおりん

 それは端折過ぎだよ

 ますます混乱してるじゃん』


[理解力が足りてなさ過ぎなんだよ]


〔詩織…〕


[なんだよ、ちぃ姉

 今度のは俺は悪くないだろ?]


〈…………〉


[ん?

 痛っ、なんだよ望来

 ちょ、痛いって

 止めろよ…]


〈……………〉


[痛っ、わかった

 わかったから止めろ

 俺が悪かったから]


〈…………………〉


『〔………〕』


[ったく…

 っておい、そこ

 二人とも笑うな!]


『笑ってな…いよ…』

〔ええ、笑って…なんて…〕


[言葉も儘ならねぇくらい

 笑ってるじゃねーか…

 こいつの噛みつき

 知ってるだろ?

 全く笑い事じゃねーんだから]


〈……………………〉


〔フフ…、そうね…

 でも詩織も懲りずに

 余計な事を言うんですもの…〕


『そうだよ、

 しおりんの自業自得だよ…』


〔それに、相手が望来ちゃんなら

 さすがに詩織も、

 手はあげられないでしょう?〕


〈…………〉


[ったく、あー

 わかった、わかった

 もう余計な事言わねーから…

 華、早いところ続き話せよ

 またそいつ置いてきぼりな顔してるから]


〈…………〉


『え?あぁ

 ごめんね、

 また置き去りにしちゃって』


『そうだねー…

 分かり易く例え話にしようか』


『例えば、

 君が誰かを苛めたいと考える』


『え?そんな事は絶対にしない?

 だから、例え話だって

 “仮の”お話だよ』


[…阿保くさ……]


〈…………………〉


[ゴメンナサイ]


〈……………〉


『でも、君がその子を直接苛めれば

 もし明るみになった時には

 君が咎められる

 ここまで、大丈夫?』


『うん、それで

 自分が考えた悪事を

 知らない誰かが代わりに

 しかも、勝手な判断でしてくれたら…

 それはこれ以上ないくらいの

 好都合、だよね』


『うん、それで、

 共和国はそれを考えた』


『まだどれだけが残ってるか分からない

 共和国政府、通常なら使える軍隊組織は

 国軍だけど

 昔から存在した正規じゃない軍隊

 所謂【解放軍】って名前の軍隊だけど

 その独断先行って名目にしたの』


『もちろん、

 指揮系統は、今も共和国政府だけど

 公に口にしてるのは

 自分達の預かり知らないところで

 非正規の軍が勝手に暴走して

 今でも、勝手に戦争をしている

 って事になってるの』


『ひどく荒唐無稽に

 聞こえるかもしれないけど

 これは、これで現行の国際法だと

 咎めたり、裁く術がないのが

 今の現状、かな』

 

『だいたい、今の時代

 どこの国も、非正規な部隊の一つくらい

 持ってるもんだしね』


[全く、迷惑な話だよな?]


〔それでも、今この国にいる

 “解放軍”の隊員だけは

 少し可哀想よね?

 彼等には補給ルートも

 最早、退却ルートすらも残っていない

 その上、情報も限定された中

 ろくに情勢も分からず、

 当初下された命令通り

 ただ進軍を続けるしかない、

 そうしないと、物資が枯渇するから

 つまり彼等が生き残る道は

 戦って奪う、しかないのだもの〕


[表向きの停戦なんて、

 俺は最初から期待してなかったけどな

 非正規軍で進軍を続けながら、

 今でも共和国は、表向きは

 進軍放棄の姿勢だの

 暴走した軍の討伐に協力するだの

 ほざいているんだから…

 何とも面の皮の厚い事だか…]


『え?うん?

 だから、さっきから言ってるじゃん

 この世界は、

 とっくに終わってるって…』





彼が優しく微笑みかけて

「ダイジョウブ、

ダイジョウブ、ダカラ…」

と、カタコトながら

何度も口にしながら


私の頬へ手を伸ばす



端から見れば、彼は

敵国民に救いの手を伸ばす兵士


私が非戦闘員である事を考えれば

それこそ当然の行動といえなくもないが


まるで

“映画のワンシーン”


極めて感動的な光景でしょ?


彼に敵意がない事

これは、何より疑いようがない



けれど、


いや、


だからこそ、

か…



私は、これから

そんな彼の優しさを





【裏切る】





ー違う





【報いるんだ】



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