第4話 四季彩町 ④

人を殺める事を主目的に

人が作り出した悪意の雨


3発の弾頭から分離した

幾十、幾百もの子爆弾は


“他に比べれば”ではあるが

未だ形の残る建物の多い四季彩町


その街並みを

他と同様の瓦礫の山に帰す事こそ

及ばないまでも


かつてそこに暮らした者達の

歴史おもいでの大半

そして、残った者達の生活の基盤を

壊し尽くすには


それこそ

十分な破壊の規模だった


灯は、そんな町の片隅

逃げ込んだ自宅の浴室で


いつの間にかに固く閉じていた

瞼をゆっくりと開ける


数十秒ほど遅れて、

何とか生き延びる事が出来た実感が

漸く湧いてくる


それと同時に

胸元に強く抱いていた

せめても、と守りたかった存在


少年、トワの方へと、

恐る恐る視線を落とす


果たして彼は無事だったのかー


辺りには、

浴室に整然と並べられていた

シャンプーボトルの類いは勿論


僅かに剥がれた

天井の瓦礫が

散らばっている


その1つ1つは

さほど大きくはないが

もしも直撃すれば


怪我する事は免れない


そして、

薬も満足に手に入らない

今の、この状況下では


普段なら気に止めない様な

小さな怪我であっても

ろくに治療も出来ず


結果として

致命傷になりかねないのだ



【目の前で、

 誰かが死ぬ】


そして、

その結果


【再び、独りになる】


その事実は

灯にとってすれば


自らが死ぬ事などよりも

遥かに辛い事実だった


彼の安否の確認を

一瞬でも躊躇してしまうのは

至極当然の事だった




それにー

そもそも灯が死ぬ事はーー




ともあれ、

ゆっくりと落とした

灯の視線の先で


彼はー


固く瞼を閉じ

身体を小さく縮こませ

震える腕を、灯の身体に回して


必死に恐怖に耐える

トワの姿があった


彼は、

言うまでもないが

まだまだ幼い 


下手をすれば

死ぬかもしれない恐怖は

常ならば 


取り乱し、泣き喚いたとしても

何ら不思議ではないだろう


しかし、彼は

戦〈おのの〉いてこそいるものの


涙を滲ませながらも、

目は固く閉じ

声は必死に堪えながらも、

口を開けるという


極めて

冷静な対応を取っていた


それは、

真意は不明だが

昔から長く謂われのある

空爆に対する対処法


つまり、彼は


決して、生きる事を

諦めてなどいなかったのだ


それは、

言葉を飾らず

加えて、言い方は悪いが


生への執着の証拠だ



とても“もう大丈夫だ”とは

断言し難い状況だが


一先ずの目の前の

危険は去ったと言える


灯は

未だ嵐の終わりを悟っておらず

震えるトワの頭を優しく撫でる


トワはその瞬間さえ

ビクッと身体を強張らせたが

自身の頭に触れたそれが、何か

誰の手かを理解すれば


この上ない安心に

灯の身体に回した腕


しがみついていた為か

意図せず籠っていた力は

一気に緩み


言葉にならない声を漏らし

堪えていた涙を溢す



彼の、そんな穢れのない

無邪気な顔を見れば

思わず灯の目頭も熱くなるものだ



それは、恐らくは

本能に持ち合わせた“母性愛”

というものだろうが


本質は

それとは少し違える


無論だが、

灯は子供を産んだ経験などない

母にも、まして誰かの妻にさえ

なった事はない


灯とトワの関係には

血の繋がりというものは皆無で

親子どころか、姉弟ですらない



ただの他人である



極めて客観的に考えるなら

この時、灯の中に芽吹いた感情、

トワに向けている愛情とやらは


例えるならば

道端に捨てられていた

仔犬や、子猫を見つけた時に向ける、

同情などの方が余程近しいだろう



実質、

灯がトワを助ける義理はない



確かに、

交わされた約束ではあるが

灯が約束を交わした人物は


既に、

この世にはいないのだ


たとえ果たさずとも、

誰に叱責される事もない



何よりも、

助けるメリットが全くないばかりか


むしろ

助ける事で、余計な危険を被るという、

デメリットだけは明確にある



普通に考えれば

このトワという少年は

灯にとってみれば手枷足枷になる


そんな者など

捨て置く事が定石だ



だが、

灯は決してトワを見捨てたりしない



“良心”と言えば

多少格好がつく話だと思うが


勿論、

それだけではない


敢えて、

一言で語るならば

トワという少年は、灯にとって

【特別】なのだ



さて、

といった所で、灯は

これからの事を考え出す


先程の爆撃で

今いるマンションは

少なからずは、ダメージを負っている


もしも、

それが致命的なものならば

最悪、今すぐにでも

建物から脱出する必要がある


そうでなければ、

いや、それでも

先程の着弾時の衝撃の近さから

少なくとも、この部屋での生活は

放棄せざるを得ないだろう


同じ建物の中に

使える部屋があれば

そこに移ればいい


幸い、ここには設備がある

水は地下水を汲み上げて

ろ過する装置が備わっているし

電気は屋上のソーラーパネル

予備で地熱を利用した半永久発電がある


【環境に影響を極力与えない

 エコでクリーンなマンション】


【既存のライフラインに頼らない】


との、謳い文句通り

単体でも機能する建物


まぁ、その実

こういう時代を予測して建てられた

とも言われるものだけど…



『少しだけ、話は逸れたけど

 つまりはね…、

 この世界は、もう

 貴方の知ってる世界じゃない…』


『え?どうして、か…

 原因を絞るのは、少し難しいな…』



〔一つは、原因不明の疫病ね…

 ほら、教科書にも載って

 学校とかで習ってるから

 知っていると思うけど

 数十年前に世界的に蔓延した

 伝染病があったでしょ?

 致死率は低かったけど

 感染力が極めて強かった肺炎の一種…〕


〔その時は発祥から数年で

 取り敢えずは事なきを得たけど…

 今から数年前、再び

 その伝染病が蔓延したの…

 毒性を…大幅に増した状態で…ね〕



[発生源は間違いなく、

 世界一の人口を抱える

 大陸の共和国だった]

 

[けれど、それを証明する手段はない

 それでも疑いだけが膨らんで、

 結果として

 それを口実に、確証のないまま

 世界一の軍事力を持つ合衆国が筆頭となって

 発生源と目された国に対して

 大規模な制裁を断行

 所謂“嫌がらせ”を始めたんだ…]



〔本来なら、国際法上

 そんな勝手は通らないの…

 けれど、以前の紛争で

 機能不全が明らかだった国際連合…

 腐敗しきった保健機関…

 世界各国はうんざりしてたのね…〕



『始めに行われたのは

 徹底的な排除政策

 “売らせない、買わせない、

 行かない、来させない”

 を合言葉にした明確な締め付け政策を

 合衆国は圧倒的な軍事力を後ろ楯として

 各国に“要請”した…』



[当然、この国も参加したさ…

 合衆国と、この国は一番の同盟国

 だったからな…、

 けれど、それからは、

 本当に胸糞悪い展開になったのさ…]



〔合衆国の奇襲的かつ

 一方的な政策に憤慨した共和国は

 それでも軍事力は一対一では

 海の向こうの合衆国には及ばない…

 だから…、身近な合衆国の同盟国を

 狙い始めたの…〕



『突然の宣戦布告、

 共和国と隣接する半島は数日の後に

 海峡を跨いだ島も

 一ヶ月と持たずに制圧された…

 そして…

 いよいよ日本への進攻が始まった…』



〔当然、日本も進攻を阻止しようと

 自衛隊が防衛線を築いた…

 だけど、当時軍事力を制限されたままの

 この国と、合衆国に及ばないまでも

 軍事力に制限などかけていない共和国

 一時的には拮抗したけれど

 まずは人員が桁違い…

 たとえ武器があっても扱える人がいない…

 継戦能力には差があり過ぎて

 元々、勝負にすらならなかったの…〕



[それだけじゃない…

 共和国や他の国からの侵略を

 日本が受けた際には

 共に戦うとの約束を

 合衆国は一方的に破棄したんだ…

 何せ、日本が攻撃を受ける少し前には

 在留していた兵士を

 合衆国は密かに引き揚げさせていたんだ…

 半島が数日で制圧されたのも

 大きくは、これが原因だった…]


[まぁ、その約束は

 百年以上前に結んだ

 カビまみれの約束だったから

 信じる方も信じる方だがな…]



『でも…、彼らは

 その約束を守るって、繰り返し、

 それも声高に宣言してたんだから

 信じるのも無理はないよ…』



〔そうね…、

 でも、実際援軍は来なかった…〕



[死に物狂いで向かってくる相手に

 海は、空は、瞬く間に制圧されたんだ…

 そして、あえなく上陸されて

 いよいよ地上戦となった時…

 やっとの事、合衆国からの応援物資

 あの兵器が届いた…]



〔…………〕



『その昔“アラモの戦い”で戦死した

 合衆国の国民的英雄

 “デイヴィット クロケット”

 その名に因んだ、悪魔の兵器

 正式名称【M29】

 通称は【デイビー クロケット】』



[つまり奴らは、日本が

 共和国の主力を誘引して

 もろとも自決しろと言ってきたんだ!!]



〈……………………!!〉



[…………悪い…

 俺とした事が

 思わず冷静さを失ったみたいだ…

 もう一つ悪いが…

 俺は少し…頭を冷やして来る…]



『しおりん…』



〈……………〉



〔望来ちゃん…、悪いんだけど、

 詩織に付いてて貰っていい?

 少し、心配で…〕



〈…………………!!〉



〔ありがとう…

 それじゃあ、お願いね…〕



『ちぃ姉…、

 しおりん大丈夫かな…』



〔きっと、大丈夫よ

 望来ちゃんが付いてるもの…〕



『そっか…、そうだね

 きっと…』


『っと、ごめん

 また置き去りにしちゃったね…

 それに、びっくりしたでしょ?

 でも、しおりんの事

 悪く思わないであげて…

 普段は、すごく冷静で

 無闇に感情的になったり、あんな大声を

 出したりする子じゃないんだよ?

 しおりんはすごく優しくて…

 すごく強い子なんだ

 でも…

 あの子のお父さんは、共和国との開戦当時

 自衛隊にいたんだ…

 陸上自衛隊の…大隊長…

 それで…』



〔あの子は…詩織は

 “俺らの為に、親父は戦ってる”

 って、何度も何度でも

 誇らしげに繰り返してたの…

 詩織にとって、国の為に戦う父親は

 紛れもない英雄だったのね

 でも…遺品が…

 認識票が届いて…

 【高温】で所々溶けかけてた認識票…、

 でも、名前だけは…

 かうじて読み取れてしまって…

 それが何を意味していたかも…〕



『それに気づいた瞬間の、

 しおりんの取り乱し方は

 本当に凄かったね…

 ちぃ姉、私と灯

 三人で全力で抑えても無理だった…』



〔でも最後、詩織を正気に戻したのは

 望来ちゃんだったわね…

 詩織にしがみついて、大泣きして…〕



『そうだった、そうだった…

 それで、しおりん

 “何で、お前がそんな泣くんだよ?”

 って言って…

 そのしおりんの言葉に

 私達も、思わず涙が溢れて…

 その後、五人で抱き合って

 気が済むまで泣いたっけ…

 懐かしいな…』



〔そうね…、だから

 詩織は望来が付いているから

 今は大丈夫、きっとね…〕



『結果だけを語るなら

 日本は共和国を退ける事が出来た

 敢えて政治家風に言うなら

 【全ての国民の

  尊大な愛国的献身と

  自らの命さえ厭わない

  英雄の“献身的な自己犠牲”】

 によってね…』



[何が献身だよ…

 馬鹿馬鹿しいにも程がある

 そもそも民間人の犠牲者の多くは

 “同盟国”合衆国からの援護射撃の名の下に

 無数発射されたミサイルの

 ほぼ無照準の爆撃が原因じゃねーか…

 奴らは【M29】を

 使う事を躊躇った保守派の日本の政治家を

 “使わなければ”との理論に傾けさせる為に

 態と不必要な量の爆撃をした

 奴らは【M29】を

 地上発射すればどうなるか

 “検証結果が欲しい”との腹案と、

 戦後に日本が余計な考えを起こす事を

 阻止する狙いで、な…]



『しおりん…』



[もともと

 信用しきって良い相手じゃなかったのさ

 それでも、裏切った事実には変わりない

 明確な敵より厄介な奴は

 味方の皮を被った背後の裏切り者

 だから、あの国だけは許せなかった

 だから…、俺の手で潰した…]



〈…………………〉



[望来…、わかってるよ…

 俺は冷静だ、感情のままに復讐して

 初めて解った事は

 “そんな物には全く意味がない”

 だったからな…

 寧ろ、あんな奴らの為に

 今でも消えない十字架を背負ってると思うと

 俺は……]



〈………………!!〉



[何だよ…望来…

 何が言いたい…]



〔“罪を背負っているのは、

 詩織だけじゃない”

 望来ちゃんは、

 きっとそう言いたいのよ

 勿論、私だって同じ気持ちよ…〕



[…………ちぃ姉達は…

 俺とは違う…

 誰一人として殺してないじゃないか…]



『うん、確かに私達には

 しおりんとか灯みたいに

 人を殺す能力はない

 でも、あの時

 しおりんを止められなかった私達も

 きっと同罪なんだ…

 それに、そんな重たい十字架

 一人で背負ったら潰れちゃうよ?

 私にも手伝わせてよ、ね?』



[……………灯………]



〔詩織、何故灯が私達を殺したか

 本当はとっくに気付いているんでしょ?〕



[…………………]



〔灯はきっと、

 詩織が背負っている十字架をー〕


[そんな事、

 とっくに分かってる!!]


[何年一緒にいたと思ってる!?

 俺が、どれだけ

 あいつの背中を見てきたか

 あいつは常に俺の前にいたんだ…

 無論、あいつの能力上

 敵に近づく必要がある事はわかってる

 だが、

 たとえ俺の方が有用な場面でも

 俺等に少しでも危険が

 及ぶ可能性がある場面では

 決して誰にも、先頭を譲らなかった

 俺らの代わりに撃たれて、刺されて…

 ボロボロになっても…

 それでも、あいつは泣き事一つ言わずに…

 常に…俺の前にいたんだ…

 そんな奴が、ただの気まぐれで

 俺達を殺す事がない事ぐらい…

 少なくとも俺が分からない訳がない…

 でも…、それでも…

 俺は奴が嫌いだ…

 あいつに殺されたからじゃない

 自分一人で全てを決めて、

 痛いのも、苦しいのも一人で抱え込み

 “これだけ近くにいるのに”

 俺達が文句一つ言う事も許さない…]



〔そうね…、でも

 それが灯の出した結論よ…

 灯が精一杯考えた末の

 最も灯らしい答え…〕



『確かに、これは灯らしいかもね

 優しくて、甘くて、

 何より残酷な答え…』



[認めたくねぇよ、

 認められる訳がねぇ

 認めてたまるか…

 俺は…、もっと灯と話したかった…

 同じ物見て、時間を共有して

 死ぬ時は…五人一緒がよかった…]



『え?水を差すようで悪いけど質問?

 それは全然いいよ

 それで?質問って?』


『えっと、私達は殺されて

 死んでるはず?

 なら、自分も死んでいるのか?

 って?』


『あ…、あぁそっか…

 ここの説明がまだだったんだった』



〔華…、それすらも

 まだ言ってなかったの…?〕



『あー…ははは…

 すっかり、忘れてました…

 んー…てへっ』



〔はぁー………全く…〕



『ごめんね、改めるけど

 ここは死後の世界なんかじゃないよ

 ここはねー…』

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