第3話 四季彩町 ③

枯れ葉舞う並木道を

灯は足早に歩く


目指す場所は、

この並木道を抜けた先


少し、

というと多少なりと

語弊があるほど古びているが

まだ営業している商店


昔ながらの佇まいの店舗は

住居兼ねている為

酷く手狭なせいか、


品揃えは

大手コンビニや大型スーパーには

遠く及ばない


だが、それでも、

古くからの常連の他

誰かの要望に応じた仕入れの為

ここにしかない珍しい商品も多く


また、10年程前に代替わりをした

この40代を少し越えたばかりの

おば様と呼ぶには

少しばかり抵抗を感じる店主は


先代同様、

実に面倒見がよく、人情味に溢れ、

誰に対しても裏表のない

極めて優しい人物


そして、子供には特に

祖母のように、或いは母のように

接していた


そんな店主の人格を慕ってか、

特段、子供達の人気は高く、

客足は、なかなかに途絶える事がなかった



そんな店主の人格は

母でもある前店主の影響を

大きく受けている


前店主、

彼女も極めて温厚であり

面倒見が良かったと言われている


それを象徴するように

こんな昔話がある



曰く、

「近所に住んでいた不遇な少女の為に

 売り上げなどを度外視して

 “施し”のような事をしていた」


などと、先代店主本人が

既に他界した今になっては、


果たして

どこまでが本当かわからない事だが


彼女は、娘である現店主に対して

この話を幾度となく聞かせ


それを一種の

教訓の様な物としていた


という事だった



だからこそ、

彼女は今、このような

厳しい時勢に際しても尚

せめてもの慰みに、と、

誰に対しても明るく接す事を、

常に心掛けている



だが、

そんな彼女の優しさに肖れない

来店を歓迎されない人物達が

一部、いる




灯が並木道を進み、数分の後、

漸く商店の前へと辿り着いた


辺りは既に暗くなってしまっている


そして、特に採光の窓もなく

電灯などが灯っていない店内は

それより更に暗い


こんな状況で、

店内に足を踏み入れるのは

正直、躊躇われる


だが、灯には

そんな時間さえも惜しいものだ



1つ、大きく深呼吸をして

つまりは意を決して

灯は暗い店内へと足を踏み入れる


「こんばんは…」


声量は極めて控えめだが

灯は来店を知らせる挨拶を

店の奥、店主の住居へと投げ掛ける


すると、程なくして

奥から店主が訝しげに顔を覗かせる


店内を見渡し、そして、

店内にいた灯を見つける


瞬間、店主は

極めて不快に顔を歪ませ

挨拶の返事代わりに「チッ」と

舌打ちを1つ


それから、

明らかに不機嫌な態度、

横柄な足取りで

レジ台の椅子にドカリと

態と音を立てるように座ったのだった


それは、

温厚で人情味溢れるという

彼女の評判からは一番遠い姿だと言えよう


それから、といえば

店主は腕を組み、客である灯を

“一瞬たりとも見逃さない”

そんな心境を、まるで隠す様子もなく

鋭い眼光で睨み付けている


とても、

客に向ける視線ではない事は

言うまでもないが


それにしても、少し

恐怖すら感じてしまう


何故そんな視線を向けられるのか

灯は痛い程理解はしているが

それでもやはり堪えるものだ


灯は商品棚から

適当な缶詰を2つ取り

重い足取りでレジへと向かった



灯がレジ台へ缶詰を置くと

店主が少し遅れて立ち上がる


そして、またも

「チッ」と舌打ちしてから

灯が持ってきた缶詰を検めて


「8連ドル、それか30共元」


それだけを

灯へ言い放った


「………はい…」


灯が母の財布から

紙幣を全て抜き出して

レジ台へ置くと


すかさず店主が

「舐めてるのか?」と語気を強めて

灯に詰める

そして「んっ」とレジに貼られた紙を

指差してから「読め」と言わんばかりに

目配せをしてくる


仕方なく、灯が紙に書かれた文字

「【日本国円】お断り…」

と声に出すと


改めて、店主は

「8連ドルか30共元」

と告げてくる


無論、

そんな物持ち合わせていない灯が

何も言えず、ただ俯いてしまっていると


そうして、重たい沈黙が流れ

それが数分、

いや数十秒だったかもしれないが

灯にとっては数時間とも思える沈黙を


店主は嫌味ともとれる深い溜め息で

軽く破り


レジ台に広げられた

数枚の日本国円の紙幣を全て受け取ってから

灯の選んだ缶詰をビニール袋に詰め

これまた少し乱暴にレジ台へと置いた



成す統べなく項垂れる、

憐れな灯に同情し

仕方なく折れてくれた


と、言えば

少し聞こえはいいが


正直、このまま

ここに居られたら迷惑だ、


そう、

感じたのかもしれない


事実、店主の態度を見る限り、

ではあるが


そんな感情が、少なからず

感じ取れるのだ


ともかくとして、

目的を達成した灯は

商品が入ったビニールを手にすると

それを大事に抱えて、


未だに

冷たい視線を送ってくる店主に

灯は深々と頭を下げた


そうして、灯が

足早に帰路につこうと

店の出口へと歩きだし

歩数が数歩を数えた時だった


灯にとっては

全くの予想外の事が起こった


「あぁ」と店主が声を出す

店内の客は灯のみ


それが自分に向けられている事は

この段階では明白ではない


ここまでの店主の

灯に対する態度を見れば

単なる独り言の可能性すら

あるのだ


「【雨】がくるな…」



そんな

他愛のない

“呟き”とも“ぼやき”ともとれる

この店主の一言が耳に入った瞬間


灯は思わず走り出していた


ここまで来た道

並木道を灯は、全速力で

一気に走り抜ける


最早、

上がる息すら疎ましい


一瞬だけ空を確認するも

そこには煌めき出した

満天の星空が広がるばかり


雨が降る気配は勿論

何ら異変は感じられなかった


だが、それでも灯が

足を止める事はなく


僅か1分足らずで、灯は

自宅のマンションに辿り着く


そのままエントランスを走り

続いて、階段を駆け上がる


こんな時だけ

自宅が高層階である事が

恨めしく思えて仕方ない



その道中、こんな時


【ちぃ姉】が居てくれたらー


などとも考えてしまう


こんな時には

【ち、ぃ姉】の聴力が

何より役立つ


それに加えて【詩織】も居てくれたなら

まさに百人力と言って過言ではない




しかし、

まぁー…



「どちらも私が、

 殺してしまったんだけどね……」






〔んー…〕


『どう?ちぃ姉』



〔音の方角からして…

 発射元は大陸側

 確実に共和圏ね…〕


[あいつら…

 まだそんな物を残してたのか…]


〔数は…1、2、3…

 多分、4発でしょう

 確実に狙いはここでしょうね…〕


〔でも…〕


[無駄な事を…そんな物じゃ、

 到底、灯は殺せない

 散々と試して、それでも奴らは、

 まだそれも理解してないのかよ…]


『…その必要はないんじゃない…?』


〔どうゆう事だ…?〕


〔灯以外…も目的だったら…〕


[…?]


〔1発だけ軌道が違うのよ…

 明らかに高度が高い…〕


『うん…、

 それに凄く嫌な臭いもしてきてる…

 これは…多分…』


[は?それは…]


〔灯だけが目的じゃない…

 きっと…彼らの狙いはー〕






灯が階段を全速力で駆け上がり

やっとの思いで自宅の階へ辿り着いた時


階段を登っている時に

微かに聞こえだした

独特のジェット音が


嫌な確信を持たせるように

灯の耳に明瞭さを増して

届き出す


灯は自室のある階、

その外廊下へと


漸く戻ってきた


それから、灯は

一切休む事なく

コンクリート柵から身を乗り出して、

息も絶え絶えになりながらも

すぐさま、再び空を確認する



そこに、煌めく満天の星達に混じる

異様な長さの尾を持つ

“箒星”を見付ける


「あれだ…」


1つ、2つ、3つ…


その一見低速で飛行する

3つの“箒星達”は

まるで示し会わせたかのように

同時に飛ぶ向きを変える


「狙いは…、多分じゃなくても

 ここ、いや…

 私、だよね…」






『しおりん、どう?見えた?』


[あぁ、2人の予想通り…

 形から見て、4発とも多分、

 クラスタだ…、それに…]


[灯がまだ気付いていない

 高度が異様に高い奴の弾頭にだけ

 あの独特のマークが描かれている…]


『やっぱり…』


〔科学兵器…よね…〕


[多分な…

 華、中身は分かるか?]


『なんか…果物みたいな匂い…

 これは多分…【ソマン】…かな…』


〔それは…だいぶ厄介ね…

 ソマンガスはVXやサリン程、

 残留性はないけど…

 毒性は他より、かなり強い…〕


[まず通常クラスタ

 絨毯爆撃で建物にダメージ与え

 後の科学兵器を隅まで行き渡らせ

 生き残った人達を根絶やしにする…

 ったく、相変わらず嫌なやり方だ……]


『でも、まぁ…灯は

 大丈夫、だよね…?』


〔そうね…、恐らく灯“は”

 大丈夫よ…〕


[……………]






灯は鍵を取り出しすと

それを自宅の鍵穴へ乱暴に捩じ込み

解錠し、素早くドアを開ける


上空に見えた飛行中のミサイルの位置、

速度を鑑みても


最早、他の何かを

気にする間がない事は明白だ


灯は靴を脱ぐ事もなく廊下を走り、

私室の扉を開けると

ベッドの上で、


震えながら丸まったトワが

すぐさま目に入った


彼は、

部屋の中でも聞こえ始めた轟音に

懸命に耳を塞ぎ、涙を一杯に溜めて

それでも、叫び出す事だけは

必死に堪えていた


そんな彼が

部屋に駆け込んで来た灯と目が合うと


一瞬の間を置いて、彼は、

それまで溢れないよう堪えていた涙を

溢れさせ、年相応らしい声で

「灯お姉ちゃん…」と

灯へ助けを乞う


自らは足が竦んでるのか

ベッドの上で両手を広げるのみのトワ

灯はすぐさま彼へ駆け寄り

無言のまま彼を抱える


この時、本来であれば

置き去りにした事への謝罪や


この状況下、幼いながら耐えた事への

激励と褒め言葉の1つでも

掛けてやるべきだろうが


いかんせん、この時ばかりは

その一瞬すら惜しかった


それを物語るように、

灯がトワを抱え

トワが灯の首へ腕を回した


その瞬間



窓の外、


音からして、

遥か上空、だが

すぐ近くの空で


ミサイルの起爆音としては小さいが

確かな破裂音が3つ響く


もう、一瞬の猶予すらない


独特の破裂音から

それが通常弾頭ではなく

クラスタ弾であると


直感的に、そう感じた灯は

彼を抱えて、廊下へと飛び出した


身体付きが、まだ幼く

華奢な灯にとってみれば


たとえ、

まだ5歳という幼児期のトワでさえ

抱えるには少し重たく感じるはずだが


無我夢中という状況下、

そんな事は微塵も感じる余裕すらなかった


あれこれと考えるより、

衝動的だが体が動いた

というやつである


ともかく、基本的な対処として

最低限だが、窓から離れる事、

それが何より優先だった


それが何より

クラスタに対する合理的で

最優先の策である


この世界では

非常時、正しく判断出来なければ

簡単に命を落としてしまう


灯はトワを抱えたまま

自宅の奥、浴室へと走る


この自宅で、構造上窓もなく、

外壁も

通常弾頭なら防ぐのが無理でも

クラスタ程度ならば十分耐えれる程の

最も強度があり、


かつ、常にバスタブに水を張っている為

万一火災が起きても、生存率が高く

或いは飲み水としても使える

水が容易に確保できる場所である


トワを抱えた灯が浴室へ駆け込み

浴室の扉を閉めた瞬間


壁伝いに

外での無数の爆発音と

それに伴う激しい振動が


2人を襲った


灯はトワを強く抱き締めて

嵐が過ぎるのを待つ



勿論、

クラスタ弾の子爆弾による破壊が

灯の私室か、リビングのどちらか

或いはその両方かはわからないが

確実に自体まで破壊が及んでいる事は

明白だった


だが今は

そんな事を気にする余裕がない



ただ、

嵐が早く過ぎ去って欲しい

と願い、祈るしかない



そうして、

どれ程の時間が過ぎたか


アインシュタインの

相対性理論を引用するわけではないが


恐らくは、数分の後

辺りはすっかりと静けさを取り戻すのだった


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