第15話 マイル商会誘致計画

 マイル商会は、ガーレットのお屋敷近くにある繁華街、ゴルドー街に拠を構えていた。


 ガーレットとフレアは、ふたりで馬車に乗り、半日かけてゴルドーへ向かうこととなった。


 フレアは馬車の車窓から何度も顔を出したりして、景色を楽しんでいた。


「馬車なんて久しぶりです」


「あまり遠出はしないのですか?」


 ガーレットもあまりお屋敷から出ない引きこもり気味な生活を送っていたので、似た者同士かと思い聞いたのだが、どうやら理由はそういった性格によるものではないらしかった。


「ここからゴルドーまでの馬車の運賃ってちょっと高いんですよねぇ、距離的に遠すぎるわけではないですけど、庶民がそんなにホイホイ行くことはないですね…商人だったらまだしも」

 

「………なるほど、そうでしたのね」


 ガーレットは頷いた。庶民の金銭感覚というものを、彼女はまだ理解しきっていなかった。


 半日かけて、馬車はゴルドー街へ到着する。


 ゴルドー街は、領地内では1番の都会である。道いっぱいに人が歩いており、並んだ商店はどこも賑わっていた。


「うわぁ……都会ですね……」


 フレアは気後れしそうになりながらも、村代表として来たのだから、と覚悟を決めた。


 一方ガーレットは、久しぶりに街へ出て思い出した。そうだった、自分はこうした人混みが苦手だったから家に籠っていたのだと。

これからアシナ村をそんな自分が苦手なタイプの街並みに変えてもらうように頼みに行くと気づき、モチベーションがわずかに落ちた。


 人混みに揉まれながら、ふたりは街の好立地なところに立つ、立派な建物の前へ着いた。看板には『マイル商会』。商売は上々らしい。


「ここが……」


 息を呑むフレア。ガーレットはそんな彼女を尻目にさっさと中へ入る。


「話はもう通してありますから、さっさと済ませましょう」


「えぇー勝負のときですよ!粘りましょうよ!」


 フレアは慌ててガーレットに続いて中へ入った。



 そうして、使用人に通された応接間、しばらく待っていると身なりの整った男が現れた。


 男は頭を下げる。


「ごきげん麗しゅうガーレット嬢。先日のパーティではご贔屓にしていただきありがとうございます」


「お久しぶりですわ、ジェイルさん」


 ガーレットは、にこやかに笑いかける。ちなみに先日の件がなんのことか彼女はわかっていない。


「は、はじめまして!アシナ村から来ました〜」


 フレアは立ち上がってなるべく丁寧に、自己紹介をする。ここで好印象を与えておきたいところだった。


「ははは、話はおおかた伺っていますよ、どうぞリラックスしておかけください」


 マイル商会の代表、ジェイルは笑みを絶やさず話している。まさに商人然とした振る舞いであった。


「は、はい!アシナ村をマイル商会さんのお力でその、再開発というんでしょうか、また賑わいのある商店街にしていただけないかと思いまして……えっとこちらが資料です!」


 フレアは緊張しながら、自身がまとめたマイル商店の誘致計画書を提出した。出店してもらいたい店、街の将来像などが熱量を持って描かれている。


「ええ、ええ……こちら拝見いたしますね」


 ジェイルは、渡された紙をながめる。紙はアシナ村では手に入りにくい貴重品であったため、フレアは書き損じのないよう時間をかけて丁寧に書いていたのだが。


 ほんの1分程度目を通して、ジェイルは紙を机に置いた。


「ご意見ありがとうございます。いやぁ非常に素晴らしい計画でしたね。感服いたしました」


 ジェイルはにっこりと笑いかける。フレアはその言葉に目を輝かせる。


「じゃあ……!」


「ええ、こちらでじっくり検討いたしましょう」


「やった!」


 フレアは好感触をえて、ついガッツポーズをした。ジェイルはその様子をニコニコと眺めている。


 一方、フレアとは反対に、ガーレットはつまらなそうにため息をついた。


「私たちはプロの商人ではありませんのよ。そういったお世辞や駆け引きはごめんですわ。検討だけして実行しない気でしょう」


「え?」


 虚をつかれた顔をするフレア。ジェイルはまいったな、といった仕草で後ろ頭を撫でる。


「いやぁこれは失礼いたしました。さすが御貴族さまは手厳しい」


「手厳しいのはどちらだこと。それで端的に問題点を並べてくださります?気を遣ってもらわなくてけっこうですのよ」


 ガーレットは、ピッと計画書を指差す。ジェイルは肩をすくめた。


「はは……そんなふうに言われると逆に困ってしまいますな厳しい言葉なんて身内以外には滅多に使いませんから……まあしかし、一言で言うなら……」


 フレアは背筋を凍らせた。一瞬ジェイルが鋭い目になったからだ。そして放たれる凍てつくひとこと。


「なにひとつ現実的ではありませんな」


 ガーレットは、目を瞑って座っていたソファの背もたれに深く沈み込んだ。


 なんと厳しい試練だこと、と。

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