第10話 久しぶりの更新です!

「東京に、行ってほしいんだけど」

 直道から依頼を受けたのは、先週の木曜日のことです。

「東京ぐらい、別に」

「本家に、会う、浅草の、あの」

「ああ」

 表向きの会話を済ませました。

 結界内なら、別に男言葉を用いなくても、かまわないが、対外的なイメージ、男らしい、弓道部の部長、武士道、文武両道の感じは、崩したくないんです。

「でもその、わざわざ、常磐線をのりつがなくても。

 上野までの特急があるじゃない」

「物忌、かたちがえ、鬼門からいたりしもの、徳川の世終わらす」

 ん?、とわたしは言う。

「そういったことを、かつてある人から聞いたことがある。

 寛永寺、日光東照宮、水戸の東照宮、鬼門をふさいだのに、滅びは水戸からやってきた。

 大平の、ねむりをさますじょうきせん。 

 たったしはいでよるもねむれず、 

 だっけ。

 黒船でなく、慶喜は終わりが始まることを告げる最後の審判。


 徳川幕府、江戸幕府は自壊したんだ、自決をもって、他国からの侵略をつっぱねた。


 尊王攘夷は、今でも通ずる。

 このまま、外国人が増えれば、この水戸が受け入れ続けてみろ。

 尊王攘夷を是とした水戸藩は、尊王攘夷のまま、天をあおぎ見て異国をはらいて、でいいのに、今じゃあ首相にべったりだ」

 そこまで一気呵成に言い切ると。

「疲れた。着いたら起こしてくれ」

 だから、と言い残し、まだあどけない、10代に見えない、小学生みたいな横顔を、背中に受ける。

「いやなぁ、少女漫画ならともかく、この状況、誤解を生むって」


 この人、俺が子役だったってこと、知らないんですよ。

 そもそも、東京から水戸へくだった時はびっくりしました。

 ここが水戸?、って。自分が住んでいたところよりはるかに都会ですもん。駅前にマルイあるし、ディズニーストアあるし。

 東京と言っても幅広いです。東京、というと出てくるのは華やかなイメージ、それこそ麻布とか、六本木、銀座、渋谷と言った、ほとんど人の住んでない場所を選ぶ、あげるひとが多いんですけど。


 俺が住んでいたのは、いわゆる、スラム街みたいなところです。

 浅草、とひとことで言っても、花やしきあたりの華やかなエリアから、花街、かがい、はなまちとも呼ぶすれた場所までさまざまです。

 俺の母親は、最後の芸者と呼ばれた、すごい人です。赤いマフラー、襟巻きをした、毛糸なのにカシミアに見えるようなその布の中に扇子と三味線のバチを入れては、浅草の夜に繰り出していきました。片目の見えない老人がいて、毎晩、

「やぁ、小町さん」

と呼びかける程度には美人でした。俺、自分の母親より美しい人は、芸能界にもいないと思う。ブスばっかだし。

 母が顔をやられたのは、嫉妬が原因だと思っています。

 ヤクザ、しかもホンモノの、でなく、新たに入ってきた勢力、紛れ込んだ流れものの中に、おたずねものの鉄砲玉がいて。母に入れ込んだ人がいたそうです。

 それを妬んだ誰かが塩酸、ではなく、簡単に手に入る家庭用の漂白剤を手に取り、あれって、危険物取り扱いの免許がいらないから、誰でも扱えるんです。

 で、母の目玉に向かって投げつけてきました。そのことが原因で、母は永久に視力を失い、まるでオペラ座の怪人に出てくるファントム、あるいはフランケンシュタイン博士の作りし名前のない、醜い怪物に成り果てました。


 その頃には、小町さん、と呼びかけてくれた白い老人は姿を消しており、バックアップ、強力な後ろ盾を失った母を精神病院へと連れて行ったのは、水戸の親戚だった、とあとで聞きました。ちょうど笠間の方にいい病院があるから、と連れて行くついでに、親戚連中が、俺の扱いで揉めまして。

 だから、東京に住んでいた俺は、ゴミ溜めみたいな場所から、東京育ちのシティボーイのふりをして、カースト上位にまぎれこんだわけです。


 浅草では、小さいながらも劇場がいくつかあります。

 子供の頃からタップを習っていたぼくにとって、浅草の街はどこも劇場でした。目の見えなくなった母の手を引いて、あちこちで小遣い稼ぎをしては、界隈の料理屋さんで飯を食い、そこらじゅうにいる「先生」から、学校で習わない高度な数学をおそわり、結局は、日比谷の高校まで無試験だったはずが、水戸一高に通うことになったのは、母が倒れた影響が大きいんです。日比谷に行って、東大、司法試験と進む予定が、だいぶ狂いました。


 ふたたび起き上がった母は、もうすでに、人ではなかったんです。こうでもしないと、言わないと、精神を痛めつけたくなります。自分がもっと丁寧に面倒を見ていれば、母はあんなことにはならなかったのに。


 長い文章ですが、読んでくださってありがとうございました。

 直道との東京旅行がどうだったかは、また、更新します。

 更新をお楽しみに。


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