第7話 現実世界にて(洋士1回目復活編②~お見舞い~)

 洋士は会話ができるまで回復し、一般病棟に移ることになった。


 ICU集中治療室にいる間、洋士は医師や看護師から、いろいろな情報を聞いていた。


 怪我の具合としては、ビルの10階から落ちたとは思えないほど、奇跡的な軽傷で済んだらしい。

 それでも頭蓋骨にひびが入り、右手は複雑骨折、全身打撲、擦り傷、切り傷と怪我の見本市のような状態だった。


「頭蓋骨にひびが入っている」と聞いたときは流石に冷や汗が出たが、幸いにして内部に損傷はなかったため、自然治癒する、とのことだった。

 右手の複雑骨折も手術が成功し、後遺症が残る可能性もないらしい。

 

 洋士は、怪我の具合が自分の思ってた状態よりもかなり良いことに、心底ホッとしていた。


 あの時は確実に「死んだ」と思っていた。


 とにかく命が助かって儲けものだ。


 救急搬送されたときから、丸2日意識不明だったらしい。

 その間、ずっとブツブツと何かをつぶやいていたそうだ。

 病院での2日と、ヤゴット村での2年間、何か関係があるのか?


 まさかね……多分、夢だったのだろう。

「あんな世界に行きたい」っていう潜在願望でもあったのかな……


 気にしてもしょうがない、今は身体を治すことだけを考えよう。


 ―――――――――――――――――――――――


 一般病棟に移ったその日、上司の勝川かちがわ部長、千種ちくさ、そして後輩のはらが見舞いに訪れた。


「部長、わざわざすみません。千種、原、忙しいのにありがとう」


「うん、思ったより元気で安心したよ。仕事のことは忘れて、ゆっくり養生したまえ」

 部長は、内巻のもみあげを指先で遊びながら、神妙な面持ちで洋士を見ている。


 う~ん、もみあげが気になってしょうがない。切り落としたい。


「伏見君、これ同期のみんなからよ。ここに置いておくね」

 千種は、普段洋士に絶対見せない小悪魔スマイルを見せながら、果物の入ったかごを棚の上に置いた。


 ふ・し・み・く・ん? 何それ、誰のこと? 俺のこと?

 洋士は背中がゾクゾクした。


「先輩、仕事の方は任せてください。ゆっくり休んでくださいね」

 白い歯をキラッと光らせて、原は親指を上げた。


「ありがとう、原。頼らせてもらうよ」


「コホン」

 勝川部長が一つ咳をして、もみあげをいじりつつ、聞きづらそうな顔をしながら洋士に質問をした。


「伏見君、君の今回の件については、警察が調査している。当然君に事情聴取にくるだろう」


「はい」


「それでだな、その……何というか……自分から飛び降りたのか? 何か悩んでいることがあるのか?」


「違います! 私は自殺なんてしませんよ! 誰かに突き落とされたんです。詳しくは警察に話しますが、信じてください!」


「そうか……すまなかった、変なことを聞いて。不愉快にさせてしまったなら申し訳ない」


「いえ、お気遣いありがとうございます」


「うむ。ゆっくり養生しなさい。出勤できるようになったら連絡を頼む。それじゃ我々は帰るよ」


「あ、私は伏見君と少し話がしたいので、もう少し残ります。伏見君、ダメ?」

 千種は、上目遣い、猫なで声で洋士に問いかけた。


「ああ……い、いいよ……」


 普通の男ならこの顔を見るだけでドキドキしてしまうのだろう。

 しかし、嫌な予感しかしない。


「じゃあ、我々は失礼するよ」

「部長、ありがとうございました。原、ありがとうな」


 ―――――――――――――――――――――――


 部長と原が部屋を出た後、案の定、千種の態度がガラッと変わった。


「まったく……10階から落ちて死なないなんて、あんたどんだけ頑丈なのよ、ひょっとしてサイボーグ? 006?」


「サイボーグじゃねぇよ。しかもなんで006なんだよ、009だろ?」


「あんた、あんなにカッコよくないじゃん。火を吹くくらいしかできないわよ」


 こいつには怪我人を労る気持ちはないのだろうか?


「いいから寝なさいよ。リンゴ剥いてあげるから」

 そういって千種は鞄から果物ナイフを取り出し、慣れた手つきでリンゴの皮を剥いていった。


「へえ、上手いもんだな」


「なめるんじゃないわよ、はい、剥けたわよ」

 千種は剥いたリンゴを果物かごに戻した。


「えっ? 剥くだけ? 切ってくれないの?」


「『剥いてあげる』としか言ってないでしょ。切って欲しいなら『切ってください』と言いなさい」


「……切ってください」


「世話が焼けるわね」


 腹立つ! 言い負かしたい! だけど勝てる気がしない!

 洋士は奥歯を噛みしめて悔しさを耐えた。


「それで、何だよ? 何か言いたいことがあるから残ったんだろ?」


「うん、あのさ……洋士があそこから落ちたのってさ、私が出ていってからすぐなんでしょ?」


「そうだよ、ほんの1~2分後かな」


「私じゃないからね、突き落としたの」


「そんなこと思ってねーよ。俺180あるんだぞ、お前に落とせるわけないだろ。落ちる瞬間何となくだけど、相手の肩幅大きく見えたし、多分犯人は男だよ。っていうか、そんなこと言うために残ったのか?」


「違うよ! 私がもう少し、あの場所に残っていれば、洋士は怪我しなくて済んだんじゃないかって……」


 千種は、少し涙目になっていた。


「そんなこと考えるなって! 何だよ、らしくないな。お前が気にすることなんかねーよ!」


「……本当?」


「本当だよ。気にするな。それより、お前あそこで酒飲むのはやめとけよ、危ないから。今日は帰って、風呂にでも入ってゆっくり休んだらどうだ?」


「……ふん、大きなお世話よ。あんたこそ、病院で煙草吸うんじゃないわよ。じゃあね、洋士」


「ああ、ありがとうな」


 千種が出て行った後、洋士は大きなため息をついた、

 

 やれやれ、疲れたな……


 煙草吸いたいけど、ここじゃ吸えないしな…


 退院したら、全力で吸ってやる!


 ―――――――――――――――――――――――


 金山大学附属病院の地下駐車場、周囲に人がいないことを確かめて、千種は愛車に乗り、エンジンをかけた。


 我慢していた、涙が一気にあふれ出た。


「ぐすっ、ひぐっ、ふえっ、ふえ~~~~ん……洋士、元気だった、元気だった、ぐすっ、ぐすっ、うわぁぁ~~ん、洋士、よかった、よう……じ、よかった……ぐすっ」


 エンジン音に紛れて、千種の泣き声が、地下駐車場にかすかに響いた。




 ―――――――――――――――――――――――


 2023年3月8日

 新しい小説の連載を開始しました。

 よろしければ、お読みください。


「俺は宇宙刑事ギルダー! 公務員さ!」


 https://kakuyomu.jp/works/16817330654159418326

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