第8話 現実世界にて(洋士1回目復活編③~取調べ~)

 千種が部屋を出ていって、洋士は夕食まで一度寝ることにした。


 疲れた……眠い……


 リクライニングベッドを倒し、眠りに落ちる寸前、ノックの音で目が覚めた。


「はい、どうぞ」


「失礼します」


 中に入ってきたのは、若い、自分と同じ年齢くらいであろう女性と、50代くらいの中年男性の2人組だった。

 2人ともスーツを着ている。


「あの……あなた方は……?」


 ベッドから起き上がろうとした洋士を、中年男性がやんわりと制した。


「ああ、伏見さん、そのままで結構ですよ。失礼、私たちは警察の者です」

 そう言って、2人は警察手帳を見せた。


「東警察署の高蔵寺こうぞうじです」

 若い女性警察官は、背筋を伸ばしてそう名乗った。


「私は、春日井かすがいといいます。私らは所轄の刑事をやっとります」

 中年男性は、自己紹介を済ませると、少し、はにかむような、照れくさそうな顔をして、洋士に言った。


「失礼、そこにある椅子をお借りしてもよろしいですか?」


「どうぞ」


「ああ、ありがとうございます。それでは失礼して……」


 高蔵寺と春日井は、そばにあった椅子に腰掛け、手帳を取り出した。


 春日井がニコッと笑った後、洋士に質問を始めた。


「無事、意識が戻られたと聞き、お話を聞きに伺いました。お医者様の許可は得ております。少し、お話しできますかな?」


「はい……」


「それでは、お話を伺わせてください。あなたは5日前の2月8日に、勤務先の……え~っと、あ、そうそう、スノウホワイト製薬10階非常口の外にある喫煙スペースから転落した、間違いありませんか」


「はい、間違いありません」


「その時の状況を、詳しく教えていただいてもよろしいですか?」


「……あの日、私は……おそらく夜の22時40分頃、喫煙所で煙草を吸い終えたときに、急に後ろから背中を強く押されました。手すりにぶつかり、慌てて振り返ったところ、今度は両肩を強く押されて、そのまま……」


「ふ~む、その時、相手……つまり、犯人の顔は見ましたか?」


「……いいえ、薄暗くて見えませんでした。ただ……」


「ただ……? 何か特徴でも?」


「笑っているように見えました。それから、肩幅ががっしりしていたのは覚えています、男性じゃないかと……思います」


「なるほど、相手の顔はわからなかったと……」


 高蔵寺刑事は、何もしゃべらず、一生懸命メモを取っている。


 春日井刑事は猫背をさらに前に傾け、洋士に近づいた。


「伏見さん、形式上、私らは嫌な質問もしなければならんのです。気を悪くしないでくださいね」


「はあ……」


「ご家族は?」


「いません。両親は俺が18の時に交通事故で亡くなりました。今は天涯孤独です。」


「誰かに、ひどく恨まれているようなことはありますか?」


「いえ、特には……思い当たりません」


「金銭の貸し借りは?」


「ありません、借金はしていませんよ」


「ああ、それは良いことですな。それと――」


 春日井刑事は、洋士から一旦目を逸らし、話しにくそうな顔をした。


「事件当日、お酒を飲みましたか?」


「いいえ……」


 洋士は鼓動が早くなるのを感じた。何だか、嫌な予感がする……


「頭がボーッとするような薬、例えば花粉症の薬とか向精神薬とか……」


「飲んでません!! 刑事さん、これは殺人事件でしょ!! どう考えても!!」


「伏見さん、どうか落ち着いてください」


 春日井刑事は、眉間を掻きながら、申し訳なさそうに話を続けた。


「私らは、このを、と、、2つの面から捜査しています」


!? そんな馬鹿な! 俺は確かに……誰かに……」


 興奮したせいか、頭痛がぶり返してくる。


「防犯カメラに写っていないんですよ、それらしき人物が、ね。また、守衛さんにも確認しましたが、入館証なしに、あなたの会社に入った者はいない。あの非常口の外に出るのも、中に入るのもセキュリティカードが必要となるんです」


 言われてみれば……内部の人間でないと、喫煙所にはいけない……

 俺を突き落としたのは、会社の人間なのか?


「しかし、あなたは嘘をついているようには見えない。医師の話だと、あの日あなたからアルコールや薬の類いは検知されなかったそうですからな」


「だったら、最初からそう言えば……!」


「興奮しないでください、お身体に障ります。いや、本当に申し訳ない、お詫びします。私どもも殺人未遂事件として捜査しますよ。またお話を聞きに伺うかもしれません。その時はご協力をお願いいたします」


「早く犯人を捕まえてくださいね、頼みますよ!」


 普段は人に対して声を荒げることなどない洋士だが、苛立ちを隠すことができなかった。


「それじゃあ、失礼します。お大事に」


 刑事たちは、ぺこりと頭を下げて退室した。


 ふざけやがって! 何が「」だ! 俺は誰かに


 洋士は両手で顔を覆った。


 何で殺されそうになるんだ? 早く、あの薄ら笑い野郎を捕まえてくれ!

 そうじゃないと、直ったところで、仕事にも行けやしない……


 誰か俺を助けてくれ……父さん……母さん……


 この時、洋士は、18歳の時に亡くした両親だけではなく、も思い出したのだった。


 ―――――――――――――――――――――――


「春日井さん、どう思います?」


「わからん、正直、自殺の線が濃いと思っていたが、あの態度が演技だとは思えん」


「では、殺人未遂事件だと?」


「だが、伏見さんを突き落とすことができた人間は、現時点では存在しない。こいつは骨が折れるぞ」


「何だか不思議な事件ですね」


「ああ、不思議だ。これ以上、何も起きなければいいんだがな……」


「身辺警護は?」


「事件とも事故とも断定できていないんだ。許可など下りんよ。まあ、いずれにしても、このが何なのか、それを調べるのが儂らの仕事だ」


「了解です」


 金山大学附属病院の駐車場から、釈然としない顔をした2人の刑事を乗せたパトカーが去っていった。



 ―――――――――――――――――――――――


 2023年3月8日

 新しい小説の連載を開始しました。

 よろしければ、お読みください。


「俺は宇宙刑事ギルダー! 公務員さ!」


 https://kakuyomu.jp/works/16817330654159418326





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