第5話 ヤゴット村にて(シェスタ幼年編④)
「戦える者は武器を取れ! 戦えぬ者は家の中に入れ! 早く!」
「北東の方角だ! 数が多いぞ!」
外では怒号が飛び交い、すさまじい早さで鐘が鳴らされている。
村長の家に行く途中、見張り台のような建物があったが、そこで鐘を鳴らしているのだろう。
「ガステルよ! 頼めるか?」
「お任せください、カミーダ様! そこにある弓と矢をお貸しくだされ!」
「自分のものでなくとも平気か?」
「ご心配には及びません。必ずやすべて退治して見せましょう」
「うむ、おぬしに任せた!」
ガステルはシェスタに向き合い、しゃがみ込んでシェスタの両肩をつかんだ。
「シェスタよ、聞いたとおりだ。父さんはこれから
シェスタは、恐怖のあまりガタガタと震えている。
父の言葉が右から左へと抜けていく。
「シェスタ!」
シェスタの身体がビクッと大きく震えた。
「シェスタよ、怖いのは無理もない。誰だって初めての
ガステルは優しい口調と表情で、諭すようにシェスタに語りかけた。
「僕も戦うの?」
「そうだ、シェスタ。父さんと一緒に、だ」
父の顔は、2歳の誕生日プレゼントをくれた、あの時と同じ優しい顔だった。
シェスタの心の奥底に、小さな、本当に小さな勇気の火が灯った。
心なしか、身体の震えが、すこし治まった気がする。
「……お父さん、僕は何をすればいいの?」
ガステルは満面の笑みを浮かべて、ひょいっとシェスタを肩車した。
「ガーッハッハッハッ! シェスタよ、それでこそ俺の息子だ! お前は周りをみて、どこから
ガステルは村長の部屋にあった弓と矢を持ち、シェスタを肩車したまま勢いよく扉の方に走っていく。
シェスタは、父がいれば大丈夫と、自分に言い聞かせながらも、やはり少し不安を感じていた。
何だよ、
この世界には、本当にそんなのがいるのかよ、嘘だろ?
まだ2歳だぞ、俺?
前世では、モンスタークレーマーの退治にも苦戦していた俺だぞ?
だけど、そんなことは言ってられない。
戦わなきゃ死ぬかもしれない。
また、死ぬなんて嫌だ。
父さんと一緒に、俺にできることをやるんだ!
―――――――――――――――――――――――
村長の家を出ると、動物の群れのような足音が聞こえてきた。
音の方角を見ると、緑色の小さな鬼のような生き物が集団でこちらに向かってきている。
それぞれ、手には小さな剣のようなものを持っている。
戦闘には大きい白いやつがいる。
あいつだけ見るからに強そうだ。
「お父さん、あれ!」
肩車されたまま。シェスタが右手の方角を指さした。
「ほう、ゴブリンか。あいつらは一匹ずつは強くないが、集団で来ると少しやっかいだ。どうやら、あの白いのがボスらしい」
「どうやって戦うの?」
「お前は、どこにゴブリンがいるか教えてくれ。見逃さないようにな」
「わかった」
こうなったら、やけくそだ!
やってやるさ!
「ギィ! ギィ、ギャッ、ギョッ、ゲヒャァー!」
この世のものとは思えない、耳障りな鳴き声でゴブリンたちは近づいてくる。
距離はおよそ40メートル。
「先手必勝だ、見てろよ、シェスタ」
ガステルは弓を3本同時に引き、ぶつぶつとつぶやき始めた。
「……我が弓に集まりしウイローよ、炎となって邪を滅せよ……」
「
同時に放たれた3本の矢先に火がつき、ものすごい速さでゴブリンたちを貫いていった。
矢に貫かれたゴブリンたちは炎に包まれ、灰となって崩れ落ちた。
ガステルは、一瞬で10匹ものゴブリンを討ち果たした。
「ギィッ? ギッギッギッ……ギィヤァーッ!」
残りのゴブリンは一瞬戸惑いを見せた後、散開し、四方八方から村を襲い始めた。
「お父さん、右後ろに4匹!」
「よしきた! 喰らえ!」
「あの家の裏側に5匹いったよ!」
「よし、
放たれた炎の矢が、ぐん、と軌道をを変えて曲がっていく。
家の裏側で、ゴブリンたちの断末魔が聞こえた。
「左後ろに4匹! 右前にジャンプしてきたのが3匹!」
「まかせろ!」
ガステルは、目にも止まらぬ早さで弓を引き、着実にゴブリンたちを殲滅していった。
時間にしてほんの5分程度で、ゴブリンたちの気配や泣き声はなくなっていた。
目の前には白いボスゴブリンが1匹。
「ギィ……」
「さあ、お前で最後だ、覚悟はいいか?」
「ギョッ……ロッ……スッ……」
「ほう、しゃべるのか、このゴブリンは。まあ何でもいい。わしのとっておきを見舞ってやろう」
そう言ってガステルは、前とは違う言葉をぶつぶつとつぶやき始めた。
「我が弓に集まりしウイローよ、聖なる光となって邪を滅せよ……」
「
放たれた矢は、白いゴブリンを貫いた瞬間、目もくらむような光を発して、白いゴブリンを消滅させた。
あたりにゴブリンの気配や鳴き声はない。
どうやら殲滅に成功したようだった。
時間にして10分もかかっていない、あっという間の出来事だった。
ガステルにも、シェスタにも、傷一つない。
「ふう、お前のおかげで退治できたようだな。よくやったぞ、シェスタ!」
「すごい……すごいよ、お父さん! すごい! すごい!」
昔テレビで見ていた特撮やアニメのヒーローを、現実に見てしまった、その驚きとかっこよさに、興奮を抑えることができなかった。
「お父さん、僕もお父さんみたいになれるかな?」
「なれるさ。明日から特訓開始だぞ。しっかりついてこいよ、ガーハッハッハッハッ!」
―――――――――――――――――――――――
「シェスタよ、父さんはあっちの家の周りに怪我人がいないか、念のために確認してくる。お前はこの周りを確認してくれ」
「わかったよ、お父さん」
「もういないはずだが、万一ゴブリンがいたり、怪我人がいたら大声で知らせるんだ、わかったな」
「うん、まかせといて!」
ガステルは丘の方の家に向かって歩いていった。
興奮冷めやらぬまま、シェスタは近所を調べて回った。
父の言うとおり、ゴブリンも怪我人もいない。
「怪我した人はいませんかー?」
念のために大声で確認したが返事がない。良かった、本当に良かった。
父のところに戻ろうと、調べていた家の角を曲がろうとしたとき、シェスタは背中に熱いものを感じた。
驚いて振り返ると、黒頭巾をかぶった者が、血のついた剣を片手に、足早に逃げていく。
あれはゴブリンじゃない、人間だ。
「……」
(あれ、声が……出ない……)
黒頭巾に声をかけようとして、声が出ないことに気づいた。
同時にシェスタは膝から崩れ落ちた。
身体が思うように動かない。
震える右手で、シェスタは熱さを感じた背中を触った。
右手が血だらけになっている。
(切られた? 嘘だろ! 誰に?)
意味がわからない。
助けを呼ばなくちゃ……
声が出ない……
息ができなくなってきた……
急に寒くなってきた……
目が霞んできた……
死ぬのか?
また、殺されるのか?
何故?
どうして?
何も悪いことはしていないのに……
今度は生まれ変わるのか?
父さん、母さん……
シェスタの意識が、暗闇の中へと落ちていった。
―――――――――――――――――――――――
2023年3月8日
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