第4話 ヤゴット村にて(シェスタ幼年編③)
「シェスタ、今から村長のところに行く。準備をしなさい」
父の声で目を覚ましたシェスタは、まだ半分寝ぼけていた。
寝ぼけ眼で父を見ると、ガステルがベッドの横に仁王立ちしていた。
シェスタは、目をこすりながら聞いた。
「何しに行くの?」
「お前が2歳になったからな。村長に報告しなけりゃならん」
「お母さんは?どこかに行ってるの?」
「母さんは畑に行っている。いいから、早く準備しろ!」
ビクッ!
シェスタの身体が一瞬震えた。父の顔をおそるおそる見ると、今まで見たことのないような怖い、厳しい顔をしている。一気に目が覚めた。
シェスタはベッドから飛び降り、着替えようと服を探した。
「昨日渡した服を着ろ。早く!」
「はい!」
泣きそうになりながら、シェスタは誕生日プレゼントでもらった服に着替えた。
着替えている間も、父は仁王立ちでこちらをにらみ続けている。
昨日とは、まるで様子が違う。
ここは絶対に言われたとおり行動した方がいい、シェスタは本能的に理解した。
「着替えたか。よし、行くぞ。外は初めてだが、緊張するか?」
「ううん、大丈夫だよ」
「そうか」
父が少しだけ微笑んだのを見て、シェスタも少しだけ微笑んだ。
シェスタは、外に出るのが待ち遠しくてしょうがなかった。
2年もの間、外の世界に思いを馳せていた。
どんな人が住んでいるのだろう?
大きい村なのか?
何か珍しい、前世で見たことのないものが見られるだろうか?
そして……
煙草は売っているだろうか?
喫煙所はあるだろうか?
シェスタには、妙な自信があった。
肉体の年齢は2歳でも、精神年齢は28歳、そこらの子供や若造と一緒にしてもらっちゃ困る。適応能力では負けないぜ。
家のドアを開けると、まず最初に広い道が目に飛び込んできた。遠くには森や山がある。
小さな丘があり、斜面が段々畑になっていた。
所々に家らしき建物がポツポツと建っていた。
「よし行くぞ、ついてこい」
「うん」
シェスタは、父の後ろをキョロキョロしながらトコトコついていった。
「村長さんの家はどこにあるの?」
「まっすぐ歩くと、そのうち大きい家が見えてくる。それが村長の家だ」
「ふ~ん」
思ってたよりも、前世の田舎と風景は変わらないな……
異世界だから、もっと違う風景を楽しみにしていたのに……
少しがっかりしながら空を見上げたシェスタは、違和感を感じた。
空が曇っている……いや、曇りじゃない……あれは天井だ!
シェスタには、空がコンクリートのような色をした天井に覆われているようにしか見えなかった。
大きいドームの中にいるような感覚に襲われる。
太陽は? 雨は? いや、そもそもあれは何だ? 本当に天井なのか?
質問しようと思ったが、父はどんどん前に進んでいく。
まあ、いいや。
そもそも空のことを疑問に思うことがおかしいと思われてしまう。
何しろ、この世界では初めて外に出たのだから。
そのうち、誰かに聞いてみよう。
シェスタは気を取り直し、遅れまいと必死に父についていった。
―――――――――――――――――――――――
やがて、父の言ったとおり、大きな家が見えてきた。
ガステルは門の前で、仰々しく叫んだ。
「
すぐに家からメイドが現れ、門を開けた
「村長がお待ちです。こちらへどうぞ」
案内された部屋には、初老の男が立っていた。
「ホッホッホッ、久しいのう、ガステル」
「お久しぶりです、カミーダ村長」
ガステルは片膝をついて、村長に頭を下げた。
シェスタも、挨拶をするべきだ、ということは理解していたが、村長の顔を見て固まってしまった。
部長!
あの目、鼻、口、もみあげが内巻になっているところ!
そっくりすぎて気持ち悪っ!
「その子が、ガステルの息子か?」
「はいっ! 我が息子、シェス――」
父の紹介を遮るように、シェスタは村長に対して最敬礼した。
「カニー・ガステルの息子、カニー・シェスタと申します。いつもお世話になっております!」
「……」
しまった!
条件反射だ!
2年経っても直ってなかった!
危うく名刺交換までしそうになった!
ちらりと父を見ると、目を丸くして固まっている。
村長も同様に、口をあんぐりと開けていた。
「……父がお世話になっております」
言いつくろったつもりだったが、余計に変な雰囲気になってしまった。
「ホッホッホッ、ガステルに世話になっているのはわしの方じゃよ。随分と礼儀正しい子だ、良く育てたのう、ガステル、ホッホッホッ!」
「はっ、もったいない言葉でございます」
ふう、どうやら何とかごまかせたようだ。
シェスタは胸をなで下ろし、父に倣って片膝をついた。
「ふむ、シェスタよ、そなたももう2歳、立派に成人じゃなぁ」
「ありがとうござ……えっ?」
俺2歳だぞ? 0が1個足らないぞ?
それとも、この世界では、俺はもう大人なのか?
……ってことは、煙草吸っていいの?
「どうした? 何か疑問があるかの?」
「……いいえ、ありません、光栄でございます」
「ふむ、シェスタよ、そなたは何になることを望む? 父に倣って
「私は父に倣って、
「ホッホッホッ、そうか、そうか、良きかな良きかな」
「恐縮です」
ちらりと父を見ると、またもや目を丸くして固まっている。
ダメだとは思っているけれども、ビジネスマナー研修で培った話し方が止まらない……
「して、ガステルよ、シェスタにウイローの才能はあるかの?」
「はっ、親バカかもしれませんが、潜在能力は私より上かと」
「ほう、それは楽しみじゃ。それでは弓を用意せんといかんのぉ。わしが用意してやろうかの」
「ありがたき幸せ、よかったな、シェスタ」
シェスタは微笑みながら、まったく別のことを考えていた。
ウイローって何だろう、聞いてみようかな……
―――――――――――――――――――――――
突然、村長とカニー父子の会話を遮るように、大きな叫び声と鐘の音が聞こえてきた。
「
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2023年3月8日
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