第72話 溢れ出る災厄

「……え?」


 一体何が起こった?


 ルークさんと斬り合った体勢のまま、固まってしまう。


【あ、あれは……モンスターでしょうか!?

 ドームの地下から、モンスターが5体……10体……次々に出現しています!!】


「な!?」


「なんだと!!」


 イヤホンから聞こえたアナウンサーの声に鳥肌が立つ。


 ダンジョンからモンスターが溢れて来た?

 大阪湾トンネルプロジェクトで遭遇した”災害ダンジョン”の時のように?


「フェリナ、”外で”何が起きている!?

 というか、無事か!?」


 慌ててフェリナと通信をつなぐ。

 オペレーター用の管制ブースは、スタジアムのグラウンド部分に設けられていたはずだ。スタジアムの地下からモンスターが溢れて来たのなら、フェリナがいる場所は危険かもしれない。


「フェリナお姉ちゃん!」


「返事をするのじゃ!」


 フェリナに呼び掛けて数秒、応答がない。

 顔色を変えたリーサとミアも駆けつけてくる。


「フェリナ!!」


 ザ……ザザッ


 その時、イヤホンがわずかなノイズ音を立てる。


『……聞こえますかユウさん』


「フェリナ、無事なのか?」


『はい、現地は混乱状態で回線がつながりにくく……こんなこともあろうかと準備していた予備回線に切り替えました。安全な場所に避難していますのでご心配なく』


「よ、良かった~」


 安心したのか、ぺたんと座り込むリーサ。


「ふぅ……心配したぞ。

 それで、状況は?」


『ふふっ、ご心配ありがとうございます』


『数分前、スタジアムの地下からモンスターが出現しました。

 協会本部からの公式発表はいまだありませんが、地下に封印されていた競技用ダンジョンからモンスターが溢れ出たのだと思われます』


「やっぱりか……」


 ダンバストーナメント以外の全競技が終了したとはいえ、競技用ダンジョンとして準備されたダンジョンはまだ多くがクリアされずに残っている。

 本部の話では、大会終了後エキシビジョンとして、選抜されたダンジョンバスターによる攻略配信を行う予定とのことだったが……。


『ダンジョンの管理が甘かったのでしょう、まったく……』


 イヤホンからフェリナのため息が聞こえる。


『警備役のダンジョンバスターと、念のため待機していた国の対怪異部隊が対処していますが……』


 ブンッ


 俺のスマホ画面に映像が転送される。

 スタジアムの記者席と思われる場所からの映像で、避難したフェリナのスマホで撮られたリアルタイム映像のようだ。


 グラウンドの端に設けられた地下ゲートから、十数体のコブリンが出現し、数十人のダンバスが対処に当たっている。

 負傷したのか、仲間に抱えられて下がるダンバスもおり、状況はあまり芳しくないようだ。


『伊丹の駐屯地から派遣される増援部隊が30分後に到着するらしいので、恐らく大丈夫だと思いますが』


 映像はグラウンドからスタンドへ移る。

 当初はパニックに陥っていたと思わしき観客は、警備員に先導され避難を始めている。


 観客に被害はなさそうで、良かった……そう思った瞬間、思わぬことが起こる。


 バンッ


 突然スタジアムの照明が半分程落ちる。


「なっ!?」


 メキメキッ!


 轟音と共にスタンドの出入り口の一つを破壊しながら出てきたのは……。


「オ、オーガー!?」


 巨大な体躯を持つオーガーと、数体のゴブリンだった。


 奴らの近くには、避難中の観客が……小さな子供の姿も見える。


「っっっ!?」


 どくんっ


 心臓が大きく跳ねる。

 20年前、両親と住んでいたアパートごと全てを飲み込んだモンスターの群れ。

 俺の人生を変えた……ブレイクインパクト。


 普段は心の奥底に封じている地獄のような光景。

 湧き上がってきたフラッシュバックに、視界が暗くなりかけるが……。


「ユウ……!」


 ぎゅっ


 リーサの暖かな手が、その恐怖を抑え込んでくれた。


「っっ……ふぅ」


 ありがとうリーサ。

 あの人たちを、助けないとな!!


「フェリナ! 俺たちをダンジョンの外に戻してくれ!

 ”リアルスキル”で対処する!」


『了解です!!』


「こちらでも状況は把握した」


「私たちも手伝うわよ」


「みんなを助けよう、ユウ!!」


「余に掛かれば、鎧袖一触じゃ」


 仲間たちの声が頼もしい。


『準備が整いました……競技用ダンジョンから強制脱出します』


 フェリナの声とともに視界が暗転し、次の瞬間俺たちはスタジアムの地下に戻ってきていた。



 ***  ***



「ひいいいいいっ!?」

「きゃああああああっ!?」


 巨大な人型モンスターの出現に、パニックに陥る観客たち。


「くそっ、オーガーだと!?」


「あんなの、どうしようもないってば!」


 観客の避難を手伝っていたシローとレミリアが絶望の叫び声を上げる。

 リアルスキルを持った対怪異部隊を除き、現実世界に降臨したモンスターに対処できる人間はいない。


「せめて、時間稼ぎを!」


 ぶんっ!


 スタンド入り口のゲートを破壊しながら出現したオーガーに向かって、腰に下げたボーラを投擲するレミリア。

 リーサがプレゼントしてくれたアイテムで、少しだけ魔力を込めたよ☆と彼女が言っていたから、モンスターにも多少効果があるかもしれない。


 オガッ!?


 狙いたがわず右脚に絡みついたボーラのお陰で、オーガーがバランス崩す。


 ズズンッ


 盛大に埃を巻き上げ、数体のゴブリンを巻き込みながら転倒する。


「上手いぞ、レミリア!」


 この隙に観客を避難させることが出来るだろう。


「さあ、私に捕まって!」


 オーガーの出現に腰を抜かしてしまった親子に走り寄り、抱き上げるシロー。


「シロー!!」


 その瞬間、レミリアの悲鳴がシローの耳に届く。


「なにっ!?」


 慌てて振り向くと、一体のゴブリンがこちらに向かって剣を振り上げていた。


「くそっ!」


 せめて親子は守ろうと、ゴブリンに背を向けるシロー。


 ……だが、覚悟していた痛みは来なかった。


「はあああああああああああっ!!」


 ザンッ!!


 光輝くショートソードの一撃が、ゴブリンを真っ二つにしたからだ。

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