第73話 マクライドの真意
「シローさん、無事ですか!」
ゴブリンの絶命を確認した俺は、シローさんに声を掛ける。
「ユウ君!
私は大丈夫だが……それは?」
助け出した親子を抱えながら、唖然とした表情を浮かべるシローさん。
そうか、”改良版”はまだシローさんに見せたことが無かったな。
「まほーけん、だよっ♪」
日本代表の赤いジャージ姿のリーサが誇らしげに胸を張る。
「魔法剣? リアル世界でか!?」
「わお!」
レミリアさんも驚きの表情を浮かべている。
俺は改めて剣を上段に構えると、ゴブリンに向かって吠える。
「掛かって来い! ゴブリン共!」
ぶおっ!
呼応するように、ショートソードから火の粉が散った。
刃の入っていないアルミ製のショートソードにリーサの”エンチャント”を掛け、さらに炎系魔法を重ね掛けしたのだ。
ゴ、ゴブゴブッ!
炎を噴き上げる剣に一瞬躊躇する様子を見せたゴブリンだが、叫び声を上げながら飛び掛かってくる。
「はあっ!」
ゴブリンごとき、剣技スキルを使うまでもない。
ザンッ
ボオッ
燃え上がるショートソードがゴブリンを捉えた瞬間、炎に包まれる。
どさっ
悲鳴すら上げる間もなく炭化したゴブリンに目もくれず、連中の只中に飛び込む。
「遅いっ!」
ザンッ!
ザンッ!!
「す、すげぇ……」
「ゲームみたい……」
観客が驚く声が俺の耳に届く。
国の対怪異部隊にもリアルで魔法を使える人間はいないはずだから、みんな始めて見る光景だろう。
……あとの説明が大変な気がするが、今はモンスターの退治が最優先である。
「ふんっ!」
ドガッ!
向こうの方ではルークさんがショルダータックルでゴブリンを吹き飛ばしている。
ぶ、武器も使わずに?
「ユウ! 増援がきよるぞ!」
規格外なルークさんの戦い方に目を奪われた瞬間、ミアが警告の声を上げる。
「ちっ!」
体を起こそうとしているオーガーの影から、さらに10体ほどのゴブリンが出現しようとしていた。
「リーサ! スキルポイントは気にしなくていい! 出し惜しみは無しだ!」
「うんっ!」
「心得た!」
「ミ、ミアは少し手加減してくれ?」
俺たちは新たに出現したモンスターの群れの対処に向かう。
*** ***
「まったく……相変わらずユウたちは規格外ね」
獅子奮迅の活躍を見せるユウたちを見て、少々あきれた様子のブレンダ。
「手伝うわ」
ユウたちがモンスターを抑えている間に、観客を避難させるのだ。
ブレンダは観客を誘導しているシロー夫妻の元に合流していた。
「ルークさんって、リアルでも戦えたんだ……」
「あら、言ってなかったかしら?」
世界でも有数の対怪異部隊を持つイギリス。
ルークはその司令官も兼務している。
部隊の錬成も行うルークが、リアルで戦えないわけがなかった。
「私の解析では、封印が破れモンスターが”溢れた”ダンジョンは2つ……競技用ダンジョンに不備があったようね。魔法陣の設定が甘いのよ、まったく」
避難誘導を手伝いながら、タブレットを操作するブレンダ。
「出現したモンスターの数からして、その2つはもう空っぽと考えてもいいわ。
ただ……」
ブレンダのほっそりとした指がタブレットの画面を滑る。
「同様に封印状態の競技用ダンジョンがスタジアムの地下にまだ7つあるわ。
観客の避難が終わったら、狩りに行った方がよさそうね」
「そちらは私たちで対処しよう」
「ユウっちとリーサたんミアたんに頼ってばかりじゃいけないからね!」
大きくうなずくシローとレミリア。
「だけど……」
眉間にしわを寄せながら、ユウたちの戦いの様子を見つめるブレンダ。
「ホーノオ!!」
「”闇の炎”よ!」
ゴオオッ!
ちょうどリーサとミアの”魔法”が数体のゴブリンを消し飛ばしたところだ。
おおおおおおおおっ!?
スタジアムに残った観客からどよめきが起こる。
いつの間にか、スタジアムのオーロラビジョンにもユウたちの戦いが映されている。
「私の推測では、マクライドはこの状況を故意に作り出している。
いったい何が狙いなのかしら?」
「ふむ……」
ブレンダの言葉に考えこむシロー。
ユウたちに任せておけば、対怪異部隊の増援が到着する前にモンスターを掃討できるだろう。
マクライドはユウの才能を高く評価していた。
リアルスキルを使えるダンジョンバスター。
ダンジョンバスターの新たな可能性を喧伝するため?
「でもさ、ユウっちとフェリっちはもうノーツの傘下じゃないよ?」
そう、彼らは既にノーツの元を離れている。
彼らを持ち上げたところで、ノーツの宣伝になるわけじゃない。
当初からこれを目的としていたなら、なぜマクライドはフェリナの出奔を容認したのか。
「ふはははは! 楽しいのう!!」
ブオオオオッ!
「こらミア、やり過ぎだ!」
ミアの魔法が数十の座席ごとゴブリンを吹き飛ばす。
「あ、あれって本物の魔法なのよね……?」
「おねーちゃんたち、ちょっとこわいかも」
「…………!」
保護した親子が見せた僅かな恐れ。
その表情を見た瞬間、とある予感がシローの中で芽生える。
*** ***
「残りはあのオーガーか……」
ウオオオオオオオオンンッ!
ブレンダから聞いた情報では、溢れたダンジョンは2つ。
Cランクダンジョンらしいので、モンスターもそろそろ打ち止めだろう。
「なら、アレを使うか……」
現実世界でオーガークラスのモンスターと戦ったことはない。
確実に仕留めるためには、いまの俺たちの全力を叩きこむべきだろう。
「リーサ、ミア!
「”戦技リンク”を使うぞ!
「!!」
「ほう?」
俺の指示に、驚いた表情を浮かべるふたり。
『わたくしの予測では、口座にストックしてある10万のスキルポイントも含め、手持ちのスキルポイントのほとんどを消費してしまいますが……いいんですね?』
「ああ!」
20年前に発生した”ブレイク・インパクト”
なすすべなくモンスターに飲み込まれていく街と、払われた多大なる犠牲。
現在でも溢れて来たモンスターに対処する度に、対怪異部隊に大きな損害が出ているのだ。
異世界から転生してきてくれたリーサたちのお陰で、人間はここまでの力を手に入れた。
それを皆に見せてあげたい。
俺はそんなことを考えていた。
「行くぞ……戦技リンク!」
ぶんっ
ショートソードの刀身が紅く輝く。
「どきどきするね……”ホーノオ”!」
「出し惜しみはせんぞ、”闇の炎”!」
リーサとミアの魔法が、ショートソードに纏わりついていく。
「これで……終わりだっ!」
俺はオーガーに向けて、全力で床を蹴った。
*** ***
(ユウ君たちが始めたダンジョン攻略配信……ダンジョンバスターの活動内容が大きくクローズアップされ、協会も動いた。私たちもそれに触発され、ダンジョンバスターの競技大会を企画した)
これまでの出来事を整理し、思考を巡らせるシロー。
(大きなビジネスチャンスとなる今大会……総合ダンジョンバスター関連企業であるノーツが絡んできたのは当然だろう)
(世界のダンジョンバスター市場におけるノーツのシェアはまだ2割程度……)
ダンジョンバスターは世界中に同時多発的に生まれたため、国によって制度が異なり、協会はあるものの統制が取れているとはいいがたい。
異世界からの帰還者や転生者の存在が、その問題をよりややこしくしていた。
(ノーツがシェアの向上と……市場の支配を狙っていると仮定したら)
策謀家であり野望家であるマクライドの事である。
単なる商売だけでここまでの事をしたとは考えづらい。
(考えられる狙いは、子飼いのダンジョンバスターを使っての実験と……転生者の”危険性”を見せるためか?)
その舞台装置が彼らなのだとしたら。
「……まずい!」
マクライドの企みに気づいたシローだが、全てはもう遅かった。
「くらええええっ!!」
ドガアアアアアアアアアアッ!!
戦技リンクで強化されたユウの剣技は、オーガーを真っ二つにするだけでは飽き足らず、スタジアムの客席を大きく破壊してしまったのだ。
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