第44話 フェリナの転機

「えーと、何だこれ?」


「ふお?」


 1か月半にわたるイギリス滞在。

 日本に戻ってきた俺たちは、その足でリーサの復学手続きを済ませ、久しぶりに我が家に帰ってきていた。


 季節は既に晩秋。

 木々は赤や黄色に染まっている。


 ハウスキーパーに依頼していたので、家の外壁も庭の芝生も綺麗に保たれている。

 それはいい。


 問題は母屋の隣に立つ、2階建てのプレハブで……。


 がらっ!


 一体誰がこんなものを……そう思った時2階の窓が開き、見知った顔が現れる。


「ユウさん、リーサちゃん!

 それにミアちゃんもドレイクも……おかえりなさいっ!」


 手をぶんぶんを振っているのは我らがギルドマスター、フェリナだ。


「とりあえず、2階に上がってきてもらえますか?

 お茶を淹れますので」


 ……ひとまず何か事情があるらしい。

 俺はリーサと顔を見合わせると、プレハブの2階に向かった。



 ***  ***


「ど、独立したあああああっ!?」


「フェリナお姉ちゃん、ノーツさんじゃなくなったの!?」


「ほう?」


 フェリナから話を聞くなり、叫び声を上げる俺とリーサ。

 ミアは何のことか分かっていないようだ。


「ええ、11月1日付でわたくしフェリナ・ノーツ改め、フェリナ・アカシアはノーツ財閥から独立しました」


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 ■個人情報

 明石 優(アカシ ユウ)

 年齢:25歳 性別:男

 所属:F・アカシアギルド

 ランク:B

 スキルポイント残高:81,200

 スキルポイント獲得倍率:560%

 --->増減予測:

   剣技スキル+10%、魔法スキル-25%、被ダメージ-N/10%、与ダメージ+N/10%

 口座残高:4,710,000円

 称号:ドラゴンスレイヤー

   災害迷宮撃破褒章

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「いつのまにか、ギルド名も変わってるし……」


「ギルドマスターは今まで通り、わたくしとなります。

 ユウさんたちの活動に特に支障はありませんので、ご心配なく。

 むしろノーツの意向を気にする必要はなくなったので、自由に動いて頂けるかと!」


「そ、そーではなく!」


 テーブルの上に身を乗り出すリーサ。


「その……よかったのか?」


 フェリナはマクライドに認められたくて大学を飛び級し、ダンジョンバスターギルドの経営にチャレンジしたと言っていた。

 先日の事があったと言っても、そう簡単に実家を飛び出せるものなのだろうか?


「ふふ、このあいだはお恥ずかしい姿をお見せしました」


 フェリナは穏やかな笑顔で部屋の中を見渡す。

 後悔しているようには見えない。


「もともと、20歳を迎えるまで……という約束だったんです。

 ノーツに残るのか、外に出るのか好きにしろと言われていました」


「義父……マクライドにとっては、わたくしは”道具”でしたので」


「それは……」


 難民キャンプで迫害されていたエルフの子供を引き取る。

 慈善家としてのアピールは、娘が成人したら不要という事なのか。


「ノーツ家に残って財閥の為に貢献という道も考えていましたが……先日の件で吹っ切れました!」


 にっこりと笑うフェリナ。


 10畳ほどのフェリナの私室には大きなベッドとソファーが置かれ、姿見の鏡にPCデスク。

 衣装ケースにはたくさんの服が少々乱雑に仕舞い込まれている。

 ……部屋の隅に積まれたデリバリーの空き箱に目をつぶれば、若い女性の一人暮らしの部屋だ。


「わたくしは鳥かごから解き放たれたんです。

 そのきっかけをくれたのは、ユウさん、リーサちゃん……貴方たちです!」


「……これからも、共に歩んで頂けますか?」


 いうほど簡単ではなかっただろう。

 心の中で葛藤もあったろう。

 だが、彼女という存在が枷から解き放たれ、後悔していないのなら。


「ああ、これからもよろしく、フェリナ!」


「えへへ、わたしはずっとお姉ちゃんが大好きだよ!」


「なんだかよくわからんが、よろしくの、麗しきエルフよ」


「はいっ!!」


 目尻に涙を浮かべながら返された笑顔は、今まで見た彼女の笑顔の中で一番輝いていたのであった。



「……ところでフェリナお姉ちゃん」


「なにかな、リーサちゃん?」


「お弁当ガラはちゃんと捨てなきゃダメって言ったでしょ!」


「はうっ!?」


 がさがさ

 デリバリーの空き箱に、容赦なくリーサチェックが入る。


「あ~! またお肉ばかり食べて!

 野菜もお魚もバランスよく食べなきゃ!

 お胸がおっきくならないよ!」


「ぐはっ!?」


「あ~、心配せずとも良いぞ、フェリナとやら。

 そなたは20歳、エルフ基準でも成長期は終わっておる。

 ぼでーらいんはキープされるじゃろう」


「ぬはっ!?」


「あ、もう! シャツにはちゃんとアイロンを掛けないと……!」


 ……さっそく二人の少女に説教されている生活力低めエルフさん。

 明石家はどうやらもっと賑やかになりそうだった。

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