第41話 魔王様の降臨

「…………それで、仕方なく連れ帰ったと」


「ほう! お主はレグルスランドに連なる者じゃな!

 300年ほど前に一度会ったことがあるのう!

 なんと言ったか……そう、白銀のルリア!」


「…………」


 あのクールなブレンダが、頭を抱えている。



 オーブの周りに空間のひずみを発見し、調べたところひとりの転生者が倒れていた。スキルポイントの産出量は元に戻ったようですが、詳細はまた報告させていただきます。



 そう監視所へ伝え、ロンドン魔法学院に戻ってきた俺たち。

 さっそく事の真相をブレンダに説明しているのだ。


「私の故郷せかいに伝わる女神の御名を知っているとは……デタラメではなさそうね」


 ぐううううっ


 先ほどから腹を鳴らしているミアに、俺が持っているスキルポイントを食わせてやる。


「うまいっ♪」


「ミアちゃん食べ過ぎ!

 足らない分はこっち食べてて!」


「ぬ!? やけに味気ない食物だが……」


 この数時間で2万ものスキルポイントを食われた。

 ヤバイ。

 家計のピンチを悟ったリーサが、露店で仕入れたイギリス名物のキュウリサンドをミアの口に押し込んでいる。


「それで」

「この子……魔王がスキルポイントを食べまくっていたからオリジナルマインのスキルポイント産出量が減少していたと、そう言いたいのね?」


「状況的に、ほぼ間違いないですね」


 こめかみを押さえたままのブレンダの問いに、しれっと答えを返すフェリナ。


「……こんなぶっ飛んだ事実をダディに報告しろと?」


 ブレンダの口調が素に戻っている。

 彼女の父、ウィンストン卿はイギリス政府の重鎮だ。


「それがあなたの仕事でしょう?」


「ぬあああああああっ!?

 魔王が我が国に降臨しました、などど言える!? アナタ!!」


「あ、魔王のことは内密にしておいてください。

 こちらの要求は報酬の支払いとミアちゃんの身分保障および、ドレイクちゃんへの検疫許可です」


「日本政府への入国申請はこちらでしておくのでお気遣いなく」


 涼しい顔で次々にブレンダへ要求を突き付けるフェリナ。

 こういう時の彼女は頼りになる。

 俺だけだとブレンダに押し切られていたかもしれない。


「待ちなさい!

 彼女の素性を隠した状態で、どうやって”原因”をダディに説明すればいいのよ!?」


「だから、それを考えるのがあなたの仕事ですって」


「のおおおおおおおおうっ!?」


「オリジナルマインの不具合を、この程度の報酬で解決してあげたのです。

 あ、この要求が受け入れられない場合、ミアちゃんをオリジナルマインに戻しますね?」


「お? 腹いっぱい食べていいのかっ!?」


「だああああめえええええでえええすううううう!?」


 ……どうやら交渉(?)はこちらの勝ちらしい。


 その後ブレンダがどう父親に説明したのかは知らないが、ミアは転生者として存在を保証され、俺の扶養家族として日本国籍が認められるまでの1か月間、学院生として過ごすことになったのだった。



 ***  ***


「ほう!! この世界は物凄く発展してるおるのじゃな!」


「でしょ?」


 リーサと同じ魔法学院の制服を着て、一緒に歩くミアはリーサの姉妹のようだ。


 今日は日曜日、俺たちは観光を兼ねてロンドン随一の繁華街、ピカデリーサーカスに繰り出していた。地域のシンボルである女神エロース像を中心に、たくさんの劇場や露店が立ち並び、人々でごった返している。


「む……ホットサンドだと?

 余、10個くらい食べたいのじゃが!」


「食べ過ぎ!」


 ミアが露店があるごとに立ち止まるので、観光は遅々として進まない。


「まあ、これはこれで楽しいですね」


 優しい笑みを浮かべながら二人を見つめるフェリナ。

 彼女も新しい妹が出来たようで嬉しいのだろう。


(ねこみみミアちゃんとキツネ耳リーサちゃん……なんて可愛いのかしら!)


 フェリナから漏れてきた心の声に、100%同意しておく。

 リーサは単体でも神がかり的にかわいいが、ミアとじゃれ合っている姿は通常の数倍カワイイ。


 現に二人の姿に振り返り、写真を撮っている観光客もいる。

 む……見物料をとった方がいいだろうか?


「No! Pickpocket!(ドロボー!)」


 思わずそう考えた時、辺りに女性の金切り声が響き渡る。

 何事かと振り返ると、観光客の女性からブランドバッグを奪い取った男が一目散に通りの向こうに駆けていく。


「誰か! 捕まえて!」


「くっ!」


 身体を動かしかけるが、俺たちのいる場所から現場は遠く、しかも泥棒はパルクールを嗜んでいるのかビルの壁によじ登り、隣の街区へ逃げようとする。


「つまらん奴、行楽気分が台無しじゃの」

『”風よ”』


「!!」


 ほっそりとしたミアの右腕が、泥棒の方へ向けられる。


 ひゅっ!


 見えない衝撃波が逃げる男を襲い……。


「ぐはっ!?」


 衝撃波に弾かれた泥棒は、あえなく地面に落ち警察の御用になった。


「……さて、行楽再開じゃ!」


「リーサ! 次はアレを食べてみたいんじゃが!」


「う、うなぎゼリー?

 ちょ、ちょっとおすすめできないかな~」


「なぜじゃ? スキュラの触手和えみたいで美味そうではないか」


「うえぇ!?」


 実は現地の人もほとんど食べないらしい、ゲテモノメニューを見つけて歓声を上げるミアとドン引きするリーサ。


 助け舟を出してやろうと、リーサたちの元に向かおうとした時。



 ぞくっ!



 得体の知れない寒気が背中に走った。


「アカシ ユウ君。

 奇遇だね、こんな所で会うとは」


 慌てて振り返る。

 そこにいたのは……。


 くすんだ金髪をオールバックに撫でつけ、グレーのスーツを一部の隙もなく身に着けた男性。

 人好きのする笑みを浮かべており、一見すれば保険会社の営業マンのようだ。


 だが、双眸から放たれる光はこちらを値踏みするようで。


「おお、我が娘も元気そうだな。

 確かもうすぐ誕生日、だったかな?」


「お義父さま……!」


「良かったらお茶でもどうかね?

 この近くに行きつけのアフタヌーンティーの店があるんだ」


 そう言ってにっこり笑ったのは、フェリナの義理の父でノーツ財閥の総帥。

 マクライド・ノーツその人だった。

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