第40話 転生魔王

「ふおおおお……本当に、魔王ちゃんなの?」


「マジかよ……」


 がおおおおんっ


 呆然と立ち尽くす俺たちをよそに、ドラゴンの姿に戻ったドレイクが中層からこんがりと焼けたクリスタルを両腕いっぱいに運んでくる。


「おお、でかしたぞドレイクよ」


 がうがう♪


 ドレイクの頭を撫でながら、クリスタルの1つを手に取るミアライーズ。


 ぱきっ


 躊躇なくクリスタルに噛みつくと、カニを食べる時のように器用に犬歯で表面を割る。


 ずるっ……ちゅるるるっ


「おお、此度のマナは美味いな! まるでエビルワームの酒蒸しのようじゃ!」


 ……味の想像は全くつかないが、この魔王様は食事をしているんだろうか?


「えっと……あの、ミアちゃん?

 あのあと、どうなったの?」


「!! リーサ、思い出したのか?」


「うん、まだ途切れ途切れだけど」


「おお、そうじゃ!

 あの時は助かったぞ、リーサ」


 ぱあっと顔を輝かせると、リーサの頭をなでなでするミアライーズ。


「うっ……あの時はわたしの方が大きかったのに」


「ふ、そなたはずいぶんちんちくりんになったな」


「むき~っ!」


 魔王ミアライーズとの最終決戦、リーサが”主”の攻撃からミアライーズを庇い、重傷を負った後。

 向こうの世界で何があったのか。


「聞かせてくれないか」


 俺は地面に座り込むと、リーサを抱いて膝に乗せる。


「ユウ……」


「そうじゃの、まずは余がそなたに救われた後……」



 ***  ***


「リーサ!?」


「がっ、ぐはっ……ユ、ユウ」


「しゃべるな!」


 血だまりの中に倒れ伏すリーサを抱きあげる。

 だが、その脇腹には大穴が開いており、俺の使える回復魔法で治療は出来そうになかった。


『ぬ、主様!? 一体何をするのじゃ!

 余は思い残すことなくこの者たちに討たれるつもりだったのに……!』


 主とやらの攻撃で、主塔に開いた大穴。

 そこから密雲が垂れこめる空に向かい、絶叫する魔王。


『くくく……いやなに、その者たちのお陰でが終わったのでな。不要な邪魔者を掃除するのは当然だろう?』


 どこからともなく、怪しい声が聞こえてくる。

 威厳があるわけでもなく、大音声でもない。

 それなのに魂を鷲掴みにされるような恐怖を覚える。


『主……貴様は!!』


『さて……邪魔者は消えてもらう!』


 ゴウッ!


 漆黒。

 巨大な魔力の奔流が俺達に迫ってくる。


『く……逃げるがよい!』


 パアアッ


「な……!?」


 致命傷を負ったはずのリーサのキズが塞がっていく。


『余を、舐めるなアアああああああああぁっ!!』


 バシュッ


 魔王の絶叫と共に、俺たちは転移させられた。



 ***  ***


「そちら側の事は、そなたたちの方が詳しいであろう?」


 ミアライーズの言葉に頷く。


 彼女の転移魔法により、リーサの工房まで戻ってきた俺たち。

 深い傷を負ったリーサは一命をとりとめたものの、その容体は予断を許さなかった。


 俺は方々に手を尽くし、リーサを治療しようとしたのだが……。

 突如訪れた転生の”終わり”。


 それを悟ったリーサは、俺に形見を託し……俺は元の世界に戻った。


「ぐすっ」


 あの時の事を思い出したのだろう。

 涙ぐむリーサを優しく撫でてやる。


「余は主……魔界の邪神に利用されておったのだ。

 人間は争いを望む悪だと吹き込まれてな。

 まあの、ヤツの作る飯が美味かったのもあるが」


 少し頬を染め、ヨダレを垂らすミアライーズ。


 ……このネコミミ魔王様、邪神とやらに餌付けされていたのか?


「そなたたちを逃がした余は、邪神に戦いを挑んだ。

 数か月に渡る死闘の末、余は邪神を封じることに成功したのだが……余も深手を負ってしまっての」


「ここまでか……そう思った時、何やら旨そうな匂いを感じたのじゃ。

 その匂いに釣られ、ふらふらと彷徨っていた余は長い旅の末、ここにたどり着いたというわけじゃ」


「けぷっ」


 山積みのクリスタルを食べ(?)終えたミアライーズは、やけにかわいいげっぷをする。


「して、ここはどこの世界なのじゃ?」


 ミアライーズのネコミミがピコピコと動き、尻尾がハテナの形になる。


「はうっ!?」


 あまりのあざといポーズにリーサがのけぞっている。


「…………」


「…………ねえユウ、もしかして」


「ああ」


 オリジナルマインでスキルポイントの産出量が減少していた原因は。


「ミアライーズ、お前がスキルポイントを食べてたからなのか……」


「……なぬ?」


 俺の言葉に、可愛く首をかしげるミアライーズなのだった。



 ***  ***


「という事でだ、ミア。

 お前が食べていた”マナ”は、この世界では”スキルポイント”と呼ばれていて、とても重要な資源なんだ」


「ふむ?」


 がうがう?


 魔王様……ミアがスキルポイントを大量に横取りしていた。

 その事実が分かった俺たちは、ミア達を連れて表層まで戻ってきていた。


「ミアちゃんがスキルポイントを食べすぎたら、おうちのローンが返せなくなっちゃうから、食べちゃダメだよ!」


「ほう、なかなか愉快な事態になっているようじゃな?

 希代の勇者殿が住居の代金に困るなど。

 国に出してもらえばよかろう?」


「こっちの世界では、リーサたちはタダの一般人なの!」


「なんと!

 そのちんちくりんな姿も、世を忍ぶ仮の姿というわけじゃな!」


「ちんちくりん言うな―!」


 がうがう!


 俺の後ろで微妙にかみ合わない会話を繰り広げるふたり。

 魔王ミアをコアから引き離せば、スキルポイントの産出量が元に戻ることを確認した。


「じゃが、ここから離れれば余はすぐにお腹がすいてしまうぞ?」


 そう、スキルポイントをマナとして摂取する魔王様。

 彼女が満足するくらいのスキルポイントを買っていたら、すぐに破産してしまう。


「大丈夫! ユウがたくさんスキルポイントを稼いでくれるから!」


「ほう」


 やはりそうなるのか。

 腹ペコ魔王様のために、俺はもっと働く必要があるのか。


「それに、スキポが足りないならご飯を食べればいいんだよ!」


「人間のメシか?

 確かに余の身体はいま、人間に近づいているともいえるのじゃが」


「ユウのごはんはすっごく美味しいよ!」


「なぬっ!?」


 ……これでもミアは、リーサの命を救ってくれた恩人である。

 むげには出来ない。

 俺は頭を悩ませるのだった。


「え? はっ?」


「な、何ですかユウさん?

 その可愛い女の子とワンちゃんは!」


「余はミアライーズ! ミアと呼ぶがよいぞ!

 ユウの……ヒモだ!!」


 がうがう!


「えええええええええええええええっ!?」


 かくして、魔王ミアライーズは俺のヒモになった。

 ちなみに、ドレイクは現実世界に戻ると赤毛の大型犬に変化したので、騒ぎになることは避けられたのだった。

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