第42話 マクライドとの邂逅

「あちらの部屋にはたくさんのお菓子を用意している。

 好きなものを食べてもらって構わない」


「ふおっ!?」


 甘い香りに引き寄せられ、隣の部屋に向かっていくリーサ。


「…………」


 ミアはちらりとマクライドに視線を投げたものの、すぐにリーサの後を追う。


「さて」


 ぱちん!


 マクライドが指を鳴らすと、数人のメイドがやって来て隣の部屋に繋がる扉を閉めてしまった。


「こちらは大人同士の話をしようか」


 このお誘いを断ることは出来そうにない。


「……承知しました」


 俺はフェリナと頷き合うと、対面に腰を下ろす。


 マクライド・ノーツ。


 フェリナの義父で、巨大財閥の総帥であり、こんなことろで観光を楽しんでいるとは思えない。何らかの意図をもって、俺達に接触してきたのだろう。


「冷めないうちに飲みたまえ」


 メイドが運んできた紅茶に口をつけるが、緊張のあまり味なんてわからない。


「アカシ ユウ君」


「は、はい」


 マクライドから放たれる圧が増したような気がする。



「なんて君は素晴らしいのだ!!」



「………へ?」


 ばんっ!


 大理石で出来たテーブルに両手を突き、こちらに身を乗り出してくるマクライド。

 興奮のせいか、ブラウンの双眸が爛々と輝いている。


「僅か数か月でFランクからBランクへ昇格!」


 立ち上がり、大仰なポーズを取る。


「スキルポイントの獲得倍率が可変となる、というユニークも素晴らしいが。

 その謎を解き明かしていこうという向上心!!」


 謎を解き明かしてくれたのはリーサとブレンダですけどね。

 浴びせかけられる称賛にムズムズしてくる。


「とっさの機転で災害ダンジョンを消滅させただけでなく。

 オリジナルマインの不具合まで、たちどころに治してしまうとは!」


「は、はぁ……光栄です」


 両手で握手すら求められる。


 その圧に困惑するしかない俺だが、次にマクライドが発した言葉に場が凍り付く。


「君は窮地に追い込まれた方が、信じられない力を発揮するようだ。

 ……あの記事はのだが、気に入ってくれたかね?」


「……え?」


「な!?」


「大衆というのは成功者を妬むものだからね、躍らせるのは簡単だったよ。

 その圧力が、君をオリジナルマインへと導いた」


 マクライドに手を握られたまま固まっていると、にやりとブラウンの双眸が歪んだ。


「いやまったく……スキルポイントの誤振り込みも。

 その後のSランクダンジョンも。

 数多の”仕込み”の1つだったが、君は見事に花開かせてくれた」


「!!」


 今度こそ完全に頭の中が真っ白になる。

 あのスキルポイントの誤振り込みも、フェリナとの出会いも、この人の差し金だったというのか!?


「な、ななっ……!

 わたくしの所にSランクダンジョンの情報を流したのは、お義父様だったというのですか!? 無事に済んだからよかったものの、下手したらユウさんはあの時に……!」


「”道具”は黙っていろ」


 自分は義父に操られていた……その事実を悟ったフェリナが抗議の声を上げかけるが、ぞっとするほど冷たい声が彼女に返される。


「……っっ」


「これほどの大魚を釣り上げたことは褒めてやる。

 だが勘違いするな? お前は私が所有する道具の一つ。

 道具が私情を持つ事など、許さん」


「……な!」


 それが娘に掛ける言葉なのか。

 同じ娘を持つ親として、頭に血が上る。


「フェリナはそんな……!」


 道具じゃない!

 そう反論する前に、マクライドは俺の手を放して立ち上がった。


「これからも自由に動いてもらって構わない。

 期待しているよ……君の興味深い”魔”の子たちにもね」


「!!!!」


 この男は、リーサとミアの正体を知っている!?


 今日一番の衝撃に、声が出せなくなってしまった。


 ガチャリ


 そのまま部屋を出ていくマクライド。


 思わず追いかけたくなるが、あの様子では何も答えてくれないだろう。

 それよりもフェリナの事が心配だ。

 彼女はソファーに座ったまま下を向き、全身を震わせている。


「すまんフェリナ……君をがばってやることが出来なかった」


「いえ、謝るのはこちらの方です。

 わたくしは、お義父様の気を引こうと……認めてもらおうと上からの誘いに乗り、ユウさんをギルドにスカウトしたのですから。結果的にユウさんとリーサちゃんを危険にさらすことになってしまいました」


「気にする事はないよ」


 ぽん、とフェリナの頭に右手を置き、優しく撫でる。


「そのおかげで、俺はもっと稼げるようになり家も買えて……リーサに良い暮らしをプレゼントできた。感謝する事はあっても、恨んだりしない」


「ユウさん……ありがとうございます。

 わたくしも、を決めなくてはいけませんね」


「?」


「……でも、今だけは……胸を借りてよろしいですか?」


「ああ」


 ぎゅっ


 俺の胸に顔をうずめるフェリナ。


「うっ……うううううっ!」


 娘として、何の愛情を持たれていなかったとしても。

 フェリナにとってはマクライドが唯一の家族、だったのだ。


 彼女の悲しみが少しでも薄れるように、俺はフェリナの背中を撫で続けるのだった。



 ***  ***


「フェリナお姉ちゃん……」


 その様子を、隣の部屋からそっとうかがうリーサとミア。


「ふむ……さっきの男、不愉快じゃな。

 余の力が万全なら、一撃でチリにしてやるものを」


「そ、それはダメだよ?」

「それより、わたしたちの可愛さで癒してあげよう!」


「……せめてそのセリフは、両手に持った甘味を置いてから言うべきじゃな、大魔導士よ」


「はうっ!?」


 かくしてノーツ財閥総帥、マクライドとの邂逅は一瞬のうちに過ぎ去り……俺たちの立場に大きな変化をもたらすきっかけとなるのだった。

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