13話


 千夏は自分の部屋で目を覚ました。最近は流石に学校のある日は泊まらず、家に帰っている。

 物音がしていたのは聞こえていたので、お母さんはきっと会社にもう行ったはずだった。

 以前と違って、どこかお互い遠慮した空気の中で仕事で会わないわけではなく、お互いの時間も気持ちもわかった上で、お母さんは千夏を起こさないで仕事に向かう。顔を合わせないのは同じなのに、全然受け止める気持ちが違うからか、千夏は一人の家で起きる朝も、決して嫌では無くなっていた。



 千夏とハジメが隠さなくなったあの日から、早くも二週間ほどが経過していた。学期の初めはテストもあって中々遊びに行けないという不満はあれど、千夏とハジメの生活が激変したか、というとそんな事は無かった。


 正確に言うと変わりはした。

 堂々と一緒に学校に行けて、一緒に休み時間を過ごせて、一緒にお昼ご飯を食べることもできて、当たり前のように一緒に帰ったりもする。

 千夏が思い描いていた通りのハジメとの学校生活を送ることができていた。


 早紀たちにも、私たちは良いからとりあえず落ち着くまでは思う存分一緒にいていちゃついてなさいと言われている。

 そして、言われた通りに一緒にいるからなのか、根回しが上手く効果を発揮してくれているのか、それとも嵐の前の静けさというやつなのか、千夏とハジメが初日のように変な絡まれ方をするようなことも無かった。


 優子曰く、二人に自覚ないみたいだけど、ちょっと割り込むのは余程の剛の者じゃないと無理だと思うよ―、とのことだった。後、噂で聞いた話によると、初日の石澤の爆死が効いているらしい。


 ちなみに優子発案のお弁当イベントは、決行した結果として思った以上の効果を発揮した。

 正直千夏としては過去の自分にやめておいた方がいいと言いたい。何故かというと、本当に効果を発揮しすぎたからだ。

 ハジメは、千夏から見ても凝り性なところがある。


 関係性をアピールした当日は金曜日だったので、その日の夜から休日まで、千夏には色んな女の子とそれを介した男の子からの質問のメッセージが来ていた。その全てにハジメと付き合っている事を返していく。

 一方ハジメには、そもそもあまりアカウントを交換していなかった事もあって、そこまでメッセージの山は来ていなかったようだ。そのため、千夏が家で色々と返信している間に、ハジメは色んな動画やレシピ投稿サイトを覗いて、お弁当作りの準備にいそししんでくれていたらしい。

 土日は一緒に過ごしていたのだが、ちょっと練習中だからと見せてもらえなかったので、千夏も楽しみにしていた。


 結果として、翌週の月曜日の昼休み、敢えて教室の中で机をくっつけて広げたお弁当は、何というか凄かった。

 インスタに上がってるのを参考にしたんだけど、流石にあんな感じにはできなかった、とハジメが言っていたが、絶対それは途中で光加減とか見せ方を加工しているかなど料理ではない違いだと思う。

 それほどの出来だったのだ。


 具としては普通だった。

 普通とは言っても、高校生男子が作ったお弁当という意味では普通ではない気もするが。


 何故かお弁当で冷めているはずなのに少しふっくらして見えるご飯に、何か物凄く可愛い顔が海苔で表現されていた。

 形の良い卵焼き。美味しかった。

 千夏が好きな、バイト先のメニューにもあるらしい薄い豚肉でチーズや梅大葉が巻かれた焼き物。これまた美味しかった。

 そして色合いも考えてだろう、手作りのポテトサラダに、パプリカとブロッコリーが添えられていて。見た目にも気を使っているのが感じられる。

 更にはデザート用にと別の器でりんごが用意されていて、よくある兎の形になっていた。


 アピールしているのだから当然なのだが、敢えて他からも少し見えるようにしており、様子を伺っている中の女子グループから質問されるのは想定通り。

 最初は付き合っているらしい男女が手作りお弁当を囲んでいるということで、凄いね、手作りなの?という質問が千夏に来ていた。

 そして、それを羨ましがっている男子達の目線がハジメに集まっているのもわかっていた。


 今一度はっきり言う、千夏には絶対に作れない。


 ハジメに作ってもらってばかりで、うちは食べるの専門です、と言った時の教室の空気は忘れられないだろう。最初からソワソワしていた一人の女子が見に来ると、後はむらがるように皆見に来た。

 そして、写真を取っていいかという子や、作り方を聞いてくる女の子に一人ひとり丁寧に答えていくハジメ。


 元々、ハジメは受け答えは穏やかだし話の組み立ても説明も上手だ。凝り性だから色々調べていて、何を質問されても割りとすぐ答えられる上に、本気で聞いてきてる子には、参考にしたサイトとかも教えてあげている。

 何かその過程で少し女の子のアカウントが押し付けられそうになったのは阻止した。

 束縛? ううん違う、これは正当防衛よ。


 しかもクラスでは比較的人気が高いバレー部の遠藤くんが、実は親の仕事が忙しく料理を勉強中らしく、その日からハジメを尊敬するように普通に接し始めたことで、先日の相澤とのやり取りに加えて男子との交流も普通にあると見られ、ハジメのクラスの中での立ち位置が、よくわからない男子のクラスメイトから、実は料理が上手くて物凄く優しい南野千夏の彼氏、に確立した。


 他人ひとの物はよく見える、と言う話も聞いたりするが、それだけではなく、ハジメに対しての女子評価が上がっているのを感じていた。

 というかちょっと上がり過ぎじゃない? と思う千夏がいる。

 料理だけで、とは思わないが、皆全然興味なかった癖に、とは思う。自分だって偶然の出会いが無ければ同じだったことは考えない。


 そして、ハジメもハジメで無駄に誰にだって優しいのだ。もっと塩対応でも良いのに、と言ったら何を言っているんだこいつはという目で早紀達に呆れられた。



 ◇◆



 後少し変わった点としては、千夏に告白してくる男子が先輩でも別のクラスの同じ学年でも少し増えた。優子達曰く、お弁当は凄すぎるくらいだけど、他クラスの男子や先輩までのパンチ力は流石に無いかぁ、とのこと。


 千夏としては彼氏が居ることを公にしているのもあって、知らない人からの呼び出しなどは基本無視しているが、それでも急に言われたり、知り合い経由で頼まれてしまうと断りきれないものもあった。

 正直面倒だし疲れるけれど、こじれるとハジメにもヘイトが行きそうだからちゃんと応対している。


 ただ、彼らはわかっているのだろうか。


『そもそもさ、ハジメが彼氏になったってわかった上で、今のタイミングで告白してきてる時点で色々無しだよね』


 そうボヤいた千夏に、早紀が言った言葉が全てだとは思う。

 

『佐藤を見て、自分でもいけそうとか思っている時点で自己評価高すぎって感じだし、いけそうって思えるまで言って来れないヘタレも、そもそも相手が大事に想ってる人を低く見てるのが態度に出てる時点で友達としてすら無しって気づかない。うん、何もかもアウト』


 完全に同意だった。

 ハジメで妥協したとか言ってる人は、全員に良さを語ってやろうかとすら思う。

 というか誰を連れて来られても、千夏にとってハジメより魅力的と思える人はいない。


 千夏の思考は、段々とハジメに対する周りの評価から、ハジメに対しての想いへと移行していく。



 ◇◆



 数えきれないほど、とはまだ言えないけど、何度身体を重ねても、ハジメはいつだって千夏を適当に扱うことはなかった。

 後、弁当作りでも分かったが、ハジメは根が凝り性なのだと思う。料理も一つ一つ覚えていって丁寧だし、バスケも同じ様にずっとコツコツと続けているからこそ上手いのだろう。


 だからなのか、段々とその、千夏の気持ちの良い部分が回数を重ねるごとに把握されている気がしていた。友達が話しているのをよく聞く耳年増だった経験からすると、もっと何というか、自分本位なものだと思っていたのに、ハジメは決して勝手に動かない。


 そんなハジメだから、全然嫌じゃなくて、受け入れてしまう、溺れてしまうのだ。

 当たり前だけど、そんな事は、正直誰かに言いたいけど誰にも言えなかった。


 自分だけがわかっていればいいという独占欲と、もっとハジメを知ってほしいと思う心と、物凄く自慢したいのに言えないこの千夏の女心をハジメはきっと理解はしていないだろう。

 まぁ理解して欲しいわけじゃないけれど。


 隠れて付き合っているみたいな感覚が無くなって、高校でもオープンにして、時間が経てば落ち着くものだとばかり思っていたが、千夏の恋心というものは落ち着く気配がなかった。


 なのにそこまで変わらないで淡々としているハジメはずるい。

 ――――そう言って、甘えてしまう自分はもっと、ずるい。


 いつだって居てほしい時に居てくれて、かけてほしい言葉をかけてくれるハジメに、千夏は同じだけのものを返せているのだろうか?

 朝の用意をしながら、ぼんやりとそんな事を考える。


 今日学校に行ったら、休みが来る。

 テストも無事に終わったことだし、ハジメと、変装をする必要もなくなってから初めてのデートに行く予定だった。とても楽しみだ。


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