10話
世の中にはタイミングというものがある。
物事が成功した人は言う。努力は必要だ。才能も必要だ。でも何より必要なのはタイミングが来るかどうかという運と、そのタイミングを引き寄せられる実行力なのだと。
◇◆
「千夏さ、最近真っ直ぐ帰るよね? まさかとは思うけど、オトコでもできた?」
気分は週末に向かおうかという金曜日の昼休み、そんな会話が教室の前の方から聞こえてきて、僕はつい聞き耳を立ててしまう。
何気なく周りを見渡すと、聞いていないふりを装って、完全に意識している男子生徒が多数いるのが、僕のいる教室後方の席からはわかった。
相変わらず大人気なのが、南野千夏という少女だった。
「いやー、それがさ、お母さんがちょっと過労で倒れて入院しちゃってさ、家のこととかもしないといけなくて…………」
「えっ? それってめっちゃ大変じゃん、大丈夫なの?」
「うん、知り合いで頼りになる人もいるし大丈夫。ただ、どうしても少しの間、付き合い悪くなっちゃうんだけどごめんね――――ついこの間までも猫を預かるからって全然だったし悪いとは思ってるんだけど、今度埋め合わせはするからさ」
そう言って
確かに、この数日はほぼ、というか毎日のように千夏は僕と一緒にいた。
友達付き合いとかは大丈夫なのかな? と思いつつ、その居心地の良さに甘えてしまっていたが、こうして
さて、そんな風に放課後、結構夜遅くまで――うちに居て遅くなった時は僕が送っていっている――一緒にいる僕と千夏についてだが、特に関係に変化はなかった。
仲は決して悪くはなかった。
ギクシャクするなどということもない。
むしろ、元々お互いの距離感というものに慣れつつあった僕と千夏は、かなりの時間を共にしても、違和感なく過ごせるようになってきていた。
ブブ――――。
今もまた、スマホの振動が通知を知らせてくる。
『(千夏)こっそり聞き耳を立てていそうな頼りになる男子くんに質問です』
『(千夏)本日のお品書きは何でしょうか?(ワクワク)』
『(ハジメ)帰りに材料買うけど、今日の献立は、豚しゃぶキャベツのミルフィーユ的なのとほうれん草のお浸しに決定しました』
『(ハジメ)今日安いみたいだし、後冷蔵庫の開けてあるポン酢使っちゃいたいんだよね』
『(千夏)既に美味しそうなんだけど……何か日に日に美味しくしっかりした料理になってくよね』
『(ハジメ)味付けが好みに合わせられてきたかな?』
『(ハジメ)だとしたら嬉しいんだけど』
『(千夏)うちが作ったのが唯一カレーだったのに比べて、ハジメの女子力の高さが憎い』
『(千夏)……でも美味しい』
『(ハジメ)作ってくれたカレー、僕も美味しかったけど?』
『(千夏)既製品の力に頼って、しかも一品を
『(ハジメ)今日も、買い物一緒に行く?』
『(千夏)行く』
『(千夏)一回ハジメの家で着替えて地味モードになってから一緒に行く』
『(ハジメ)ここ数日でどっちの
『(このメッセージは取り消されました)』
『(ハジメ)ここ数日でどっちの
『(千夏)よろしいw』
『(千夏)ふふ、うちはね、ハジメには南野じゃなくて、千夏って言われるのが嬉しいよ?』
――――。
『(千夏)あれ? 急に机にうつ伏せになってどうしたのかな?』
『(千夏)おーい』
『(ハジメ)わかってるくせに突っ込まないでよ』
『(ハジメ)ほら、携帯ばっか触ってないで友達のところに行きなさい』
『(千夏)はーい、行ってきまーす』
メッセージアプリというものは便利だった。顔色が相手には伝わらない。
(行ってきます、か)
その言葉に、
耳の赤さをコントロールする術は調べても出てこなかった。
そんな風な僕らだったが、僕は土曜日の一件から、未だ何も言えないでいた。
千夏もまた、何も言わなかった。
あの日、クレープを食べて、その後の出来事。
――――きっとあれがタイミングだった。
涼夏さんと知り合えて、認めてもらったのはとても良かったのは間違いない。あの時一緒に居られて良かったと思う。
でも、タイミングを見失って、ご飯の献立も、一日の出来事も、テレビを見ながらの感想も、ちょっとしたやり取りも自然とできるようになったのに。
千夏、とそう呼ぶことにも、ハジメ、と呼ばれることにも少しずつ慣れつつあるのに。
何故かその一言だけは言えなかった。
『僕の感情には名前がついていると思う。キミはどう? そして僕らは今、どういう関係なんだろう』
◇◆
世の中にはタイミングというものがある。
物事が成功した人は言う。努力は必要だ。才能も必要だ。でも何より必要なのはタイミングが来るかどうかという運と、そのタイミングを引き寄せられる実行力なのだと。
そして一文付け加える。
タイミングを見失った者のことを、俗に言う『ヘタレ』という。
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