4話
僕がトイレと小物を抱えて、南野さんがケージに入れた子猫を抱えて歩く。持ち手があるので助かった。子猫はケージの中で運ばれながらまだ寝ているようだった。
10分程の距離だが、持ちにくいトイレを抱えて歩くのは中々に重たい。
本当は、全て自分で持って、ここで分かれるつもりだったが、僕の手の長さでは流石にケージとトイレの同時持ちは難しかった。
来るときとは違って、無言の中を歩く。
本格的に日が暮れ始めて、南野さんがどんな表情なのかはわからなかった。
「キミは、何だか不思議な人だね」
そう、南野さんが口を
玄関を開けて、トイレの入った箱を下ろす。
「結構自分じゃ平凡だと思っているけど?」
「言い方が悪かったか、佐藤くんは、人のことをよく見てるんだね」
「そうかな? そんなことないと思うけど」
「だってさ、うちのこと、すぐ見破ったじゃん」
ぴしり、とまるで犯人を言い当てる探偵のように、僕を指さしてそう言って、続けた。
「それにさ、さっき言われてから色々思い返してみてたんだけど、佐藤くんって学校でも目立たない感じで色々してるよね? 掃除の時だったり、ちょっとしたクラスの行事のときとかも、何となく人数足りてなさそうなとことかにすっと入ってるっていうか、何というか、目立たないんじゃなくて、目立たないようにしてる」
「そう聞くと、まるで凄い能力を抑えてる系主人公みたいで、それは買いかぶり過ぎな気がするけど」
どうやら、無言の時間は回想と分析だったらしい。
怒っているわけではなかったのかと思いながら答えて、そして、内心なるほど、とも思った。
僕が気づくことは、彼女もまた気づくのだ。
僕のこれは見破った、というほどのことではない。南野さんに違和感、というか少しの無理を感じ取ったのは、多分同族に対する親近感に近いのではないだろうか。
彼女は誰からも好かれるように仮面を被っている。
嫌われないように、敵を作らないように、なるべくニュートラルでいられるように。
あたかもゲームで好感度コントロールをするように。
対して僕は、目立たない立ち位置にいる。
とは言っても本気を出せば目立てるとかそういうわけでもないけど、敢えて目立とうとすることもなければ、深入りすることもない高校生活を送っている。
入学当初は少しばかりの悪目立ちをしたものの、それも季節を跨ぐほどではなかった。
孤立するほどにも目立たない。一芸でも目立たない。
勉強でも赤点補習になるわけでもなく、目立つほど上位の成績でもない。
運動も、悪目立ちするほど不得意ではなく、程々に体育の授業をこなす程度。
だからだろう、ある意味で僕は南野さんにとってはクラスメートの中で最も関わりが薄い人間だったはずだ。フォローするほど孤立もしない、自分からは近づいてこない。そんな顔見知り程度のクラスメート。
それにも関わらず、
分け隔てなく接している。と言えば普通のようにも思うが、少しばかりの違和感を覚えた。
僕が防衛本能的にそうしているように、彼女もまた、別の方法で立ち位置を調整しているんじゃないかと、そう思った。
別に放っておいても良かった。
ただ、僕にも可愛い女の子には優しくしたいという気持ちも無いとはいえないし、それに、彼女は一度も『二番』と呼ぶことも、話題として聞くこともなかった。
だから、無理をして窮屈になりそうなくらいなら、こんな他に見ている人も居ない状態で、目立たない僕の前でまで、無理を通す必要はないとそう言いたくなっただけだった。
「他人に嫌われるの、怖い?」
幾分か肩の力が抜けているような気がして、せっかくならとそんな質問をしてみる。
「そうかもしれないけど、ちょっと違うかも……ねぇ、佐藤くんってこの後時間あるかな? 迷惑じゃ、なければなんだけど」
それに対しての回答は、先程までの距離感から少し近い気がした。
「僕はいいけど、そっちこそ大丈夫なの? 門限とか」
ここは僕の家だ。
時間があるかというと、猫のトイレを組み立てて準備をする他は、今日のところは後は課題をやったり漫画を読んだりゲームをするくらいだった。
つまり時間はある。ただ、彼女はそうもいかないだろう。
遅くはないが、早くはない時間だ。
「何かさ、ちょっと勢いで話したくて、お邪魔していい、のかな?」
正直、目立たない童貞男子からすれば、願ってもない話なのだろう、現実味はないが。
「いいよ。 えっと、ただ一言、これだけは念のため言っとくけど、親は帰ってこないから」
「う、全然知らないのに何を、と思うかもしれないけど、目線や今日のこれまでで、佐藤くんは無理にそういうことしないと思ったから、うん、信用してる………………大丈夫、何かしようとしたら潰すから」
「前半部分が台無しな脅しをありがとう」
夜に男女が二人きり。
そういうつもりはないが、念のため伝えると、返ってきた、何を、とは言わない脅しにキュッとなった。
――――何が、とは言わないが。
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