3話



 結論から言うと、子猫の体調は問題なかった。



 コンビニから歩いてすぐの場所に、その獣医さんはあった。

 電話をした佐藤です、と受付のお姉さんに声をかけ、南野さんが子猫を診せる。


 若く優しそうな男性の獣医さんだった。

 高校生の僕らに対しても丁寧に説明して、危なげない手付きで静脈注射を打っていった。


 もしかしたら、何かの病気だったりしないか、少し不安だった僕の気持ちが伝わったのか、獣医さんはにこやかな顔でゆっくりと告げた。


「うん、大丈夫だね。栄養失調になりかけだけど、ひとまず点滴を打って、後はゆっくり寝かせれば元気になると思うよ」


「良かった」「良かったです」


 僕たちは顔を見合わせて、ほっと一息をついた。


「君たちは良いことをしたね。ありがとう」


 大人に面と向かってお礼を言われるのは初めてで、ちょっと照れてしまった。

 僕の家で預かることを言うと、受付のお姉さんがどこかに電話をして、猫の初心者セットというのを近くから取り寄せてくれる事になった。


 猫を入れて持ち運びできる簡易ケージと、猫用トイレと猫砂、爪とぎと、餌と水の器。

 買いに行こうかと思っていたが、ここで受け取れるというのなら非常に助かる。

 少し待ち時間が必要と言われて、僕と南野さんは、二人で待合室の長椅子に並んで座っていた。


「お金、半分払うね。調べてみて金額びっくりした」


「いや、いいよ。僕のところで預かるし、その辺は気にしないで」


「え、だめだよ。うちが拾って、佐藤くんは巻き込まれただけなんだから」


「大丈夫、むしろさ、飼い主を探すっていう方が僕にとっては難題だから、そっちはほぼお任せになっちゃうけどごめんね」


「それは勿論だけど、その、いいの? ご家族にも迷惑かけちゃわない? 本当に今更だけど」


 彼女が気にするのも尤もだろうなとは思った。

 ただ、その心配はいらない。それをどう話すか迷っていると、こちらを見ていた彼女は首を振った。


「あ、ごめん、何か言い辛いなら良いんだ、ありがとう。甘えるね、ただ、お金は半分払わせて、今は持ち合わせがないけど、後で払うから。これは譲れない」


「…………わかった。じゃあここはひとまず出すけど、割り勘で」


「ありがとう、やっぱり優しいね、佐藤くんは」


 そう言ってこちらの目を見て話す彼女から、少し目線をそらして、この言葉を言うか迷った。

 僕と彼女は、偶々子猫が捨てられているところに居合わせただけ。


「佐藤くん? ごめん、何か気に触った?」


 首を傾げ、僕のそらした目線の先に南野さんの顔が映る。

 その大きな瞳で見つめられると、少しばかりのお節介の気持ちが大きくなった。

 そして、やはり最初から感じた違和感が的外れじゃないような気がして、呑み込むには既に気持ちが悪かった。


 勘違いなら勘違いでもいいか、そう思って僕は南野さんに身体を向けた。


「あのさ、南野さん、ちょっといい?」


「え? はい」


 改まって名前を読んだ僕に、南野さんが少し緊張したように返事をする。

 そんな南野さんに僕は思ったままに言葉を紡ぐ。



 僕の言葉に、南野さんは黙った。

 僕の違和感は正しかった。

 顔立ちが変わったわけではない、笑顔もそのままだ。

 でも少しだけ、彼女の身に纏う何かが揺らいだ気がして、最後まで言い切る。


「勘違いかもしれないから聞き流してくれても良いんだけどさ。誰とでも、平等に仲良くなろうと頑張りすぎなくてもいいと思う。今日はじめて喋った僕が言うのも何だけど、南野さんは十分皆に好かれてると思う」


「…………」


 南野さんの方を見ると、少し驚いた表情で固まって、瞳を大きくしていた。


 大して仲良くもない冴えない男子からの言葉だが、本心だ。

 言われたことの意味を咀嚼する時間も必要だろうと、僕は何も言わずに無言の時間を待つことにした。


 そこから、猫用品が届いたのと、検査が終わったと呼び出しが来るまで、南野さんは一言も喋ることはなかった。

 僕もまた、沈黙に身を委ねていた。

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