二番目な僕と一番の彼女

和尚

序章

プロローグ


 突然だが、僕の高校には佐藤一さとうはじめが二人いる。

 俗に言う同姓同名というやつだ。

 ネットで検索しても、沢山の『佐藤一』さんが検索結果に出てくる。かのウィキペディアにすら出てくるほどである。居すぎだろう佐藤一さん。


 さて、同じ高校に二人いるということは、自然と比べられるということだ。

 これは仕方ない。

 当たり前だが、佐藤一が佐藤一くんを呼ぶときにどうするか迷う。おそらくどちらも同じことを思っているだろう。


 一人の佐藤一は、平凡な少年だった。

 しかし、もう一人の佐藤一くんは、ただの佐藤一くんではなかった。


 まずは容姿端麗、高身長に整った顔立ち、遠くから見てもはっとさせられる程のオーラ。

 次に運動。その体格を生かしてバスケ部に入ると、瞬く間にレギュラーを勝ち取る。

 更には勉強も、中間試験では上位10番以内に入る。

 なおかつ、性格も悪くなく、上位グループにいながらにしてアニメや漫画にすら理解があるという強者だ。


 幸か不幸か、僕と彼の間では戦う前から序列はついていた。

 彼が佐藤一で、僕は『二番』。


 口さがない人間が言い始めて、単純がゆえにあっという間に広まり、そして僕自身が否定することもできなかったあだ名。


 これは、そんな『二番』な僕が、誰かにとっての一番になるお話。



 ◇◆



!今日はバイト無かったよね?家行ってもいいかな?」


 ホームルームが終わり先生が退室した後、あふれんばかりの笑顔で、そう言ってクラスどころか学年で人気の彼女――南野千夏みなみのちなつが僕に話しかけると、一瞬クラスの時が止まったように感じた。


 決して大きな声では無いものの、彼女は目立つ。

 学年一というには、好みの問題もあり賛否両論あるが、可愛いと言うこと自体に賛成しないものはいない。


 肩にかかるかかからない程度の透き通るような黒髪に、感情によってころころ変わる大きな瞳、バランスの良い小さな鼻。よく口を開けて笑うのに下品に見えない可愛さの唇。

 背は高すぎることも低すぎることもない、170センチちょいの僕の目線の少し低いところにあるので160センチ中盤だろう、胸は制服の上から目立つ程の大きさではないがスレンダーな体型の割に方で、校則違反をギリギリまで攻めた少し短めの膝上のスカートの裾からは、透けるような白い肌、しかしてそこに不健康さは全く無く、健康美そのものといった彼女の雰囲気と合わさってより魅力的に見せている。

 その上で運動も勉強もできるというハイスペック女子。


 対して僕はと言うと、目立たない男子生徒である自覚がある。

 昼を食べたりする友人はいるし、休み時間に近くになったクラスメートと軽く会話したりはする。

 でも、帰宅部で、学外で遊ぶほど仲のいい友達はおらず、僕のことを一番の友人というやつは居ないだろう自信がある。

 悪目立ちするほどの陰キャでもボッチでもなく、何かのイベントで目を引くほど一芸があるわけでもない。

 髪を上げたら実はイケメン属性があるわけでもなく、むしろちゃんと美容院に行って、朝それなりに整えて、中の中くらいになる程度。


 そんな僕に、同学年どころか、先輩男子にすら人気があり、それでいて女子にも悪く言う人間がいない学校屈指の人気者である彼女が、名前で親しげに呼びかけるのは、高校という閉鎖された世界で、ある程度のランク分けがされた一年生の冬、三学期では大事件の火種になりうるものだった。


「は?え?なんで二番と南野が? どういう関係?」


「佐藤間違えしてんじゃ、とか? 流石に本人前にそれはないか」


「……やっぱりあの二人」


 ザワザワと声が聞こえる。


 正確に表現するならば。


 訳知り顔の女子グループ。

 興味深そうな女子グループ。

 不快そうな男子グループ。

 驚いている生徒たち。

 興味なさげにしつつ興味を隠し切れていない生徒たち。


 に分かれている。


 何にせよ目立っていると言うわけだ。

 もしかしたら入学して以来、一番視線を浴びているまである。


 尤も、こうなるのは、僕も彼女もわかっていた。


 彼女は物語のヒロインに引けを取らないほど可愛いと僕は思っているが、無自覚系ヒロインほどに自分の影響を意識して無いわけではなかったし、自分がどう見られているかも空気も理解しているからこそ、今の立ち位置の中で敵を作ることもなく人気者のままでいる。



 そして、そんな彼女が、朝から実はずっとそわそわしていたのを僕は知っている。

 いつも以上に僕のスマホが、太ももから僕にメッセージの受信の振動を伝えていたのがその証拠だ。


『(千夏)いよいよ今日だよね』

『(千夏)ゆっこ達にはもう今日は一緒に帰らないって話してるから』

『(千夏)実は昼休みでも良かったんじゃ、ううん、でもだめ、今日は一緒に帰るだけにして一晩寝かせたほうがいい』

『(千夏)おーい』

『(千夏)……何かドキドキしているのが私だけみたいでずるい』

『(千夏)ずるい』


『(ハジメ)いや、授業中だから』


『(千夏)ハジメは私より授業が大事なんだ』

『(千夏)へー』

『(千夏)ふーん』

『(千夏)わたしはこんなにもあいしているのに』


『(ハジメ)悲報、授業を真面目に聞いているだけで最愛の彼女がヤンデレ化した件について』


 普段から気安いやり取りだし、関係性を隠している中でメッセージアプリは僕らの高校生活を繋ぐものだったが今日は特に頻繁だった。

 軽い口調に隠しきれない緊張、と、自惚うぬぼれでなければ嬉しさをにじませている彼女。


 そんな一つ前の授業中のやり取りを思い出して口元を緩めると、僕は、南野千夏の目を見て笑って答えた。


「もちろん良いよ? ただ、ついでに夕食の材料買っていきたいからスーパー寄って帰っても良いかな?」


「今日の献立こんだては何にしよう」


「金曜日は肉が安いから、ガッツリ系もありだね」


 実際買って帰るつもりなので嘘ではないが、敢えてこの場で言うほどではない。

 親しさを聞かせるためのやり取りにクラスの喧騒けんそうが増すのはあえて無視した。


 いつもの彼女の友人には先に根回ししてあるし、僕の数少ない友人は元々こう言う話題に興味がない。一応伝えてあるが。



 さて、改めまして、僕の名前は佐藤一さとうはじめ

 この高校に二人いる佐藤一のうち、『二番』と言われている方だ。


 でも彼女はこんな僕を彼女の中の一番にしてくれた。


 どうしてこんな僕に彼女が輝かんばかりの笑顔を向けてくれているのか、それは季節を少しばかりさかのぼらなければならない。


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