最終話 デート

「おはようございます~アレン様~」


「おはよう~」


 リビングに入るとすぐにクロエが笑顔を向けてくれる。この生活ももう慣れてきたけど、毎朝誰か挨拶をしてくれるのはとても幸せなことだ。


「今日もアレン様が大好きなココアーデですよ~」


「ありがとう」


 テーブルに座ると向かいに座っていたアリスがジト目で僕を見つめる。


「朝から熱いわね~」


「ち、違うよ!」


 これも毎朝のやり取りだ。いつもアリスにからかわれている。


「今日はどうするの? アレンくん」


「う~ん。アリスはどうしたい?」


「私はのんびり街を歩きたいかな~」


「分かった。そうしようか」


 短く会話を交わすとアリスが少し顔を赤らめて「うん」と答えた。風邪を引いているなら無理しなくていいのに、遠回しにダンジョンには向かいたがらないのだ。これもアリスの優しさだと思う。


 ゲルサス子爵と【絶望の銀狼団】が捕まってから十日が経過して、僕達の生活もガラッと変わった。


 一番変わったのは、堂々と街を歩けること。もう一つはセリナさんの家でみんな一緒に暮らしていることだ。


 もう安全になってアリスは家に戻るのかと思いきや、それはしたくないと迷宮都市に残る選択をしてくえた。


 クロエの奴隷の件は、まだもう少し働いてもらってから解放することになっているが、クロエが望むなら今すぐにでも構わないと伝えている。でも彼女はちゃんと自分を買い取ってくれた額が稼げる額は頑張ってから解放されたいと話していた。


 僕達は気が向くままに暮らしながら、時にはダンジョンに向かったり、時にはみんなそれぞれに好きなことをしながら過ごしたり、時にはセリナさんの仕事を手伝ったり、時にはみんなで街を散策したりしている。


 アリスの体調があまり良くなさそうなので、今日は街を散策する。


 クロエはセリナさんの仕事を手伝おうと朝食を食べてからすぐに家を出てしまった。


「僕達だけ残ったね」


「う、うん……」


「どう? 歩けそう?」


「えっ!? だ、大丈夫よ!」


 空元気が丸見えのアリスが立ち上がり、支度をしに部屋に戻って行った。


 僕も自分の部屋に戻り、出かけるために支度をする。


 ダンジョンに堕ちる前と、堕ちてからもこんな生活を送れると想像だにしなかったけど、硝子に映る自分のフランクな衣装に、小さく笑みがこぼれた。


 部屋を出ると、丁度アリスと鉢合わせになる。


 普段は戦いやすい格好をしているアリスだが、今日は女性らしい可愛らしい衣装だ。


 いつもの軽鎧ではなく、白いワンピース、長い紫の髪を一つにまとめてポニーテールにしている。僕が今まで出会ったどんな人よりも美しい。


「あ、アレン?」


「!? ご、ごめん! い、行こうか!」


「う、うん!」


 アリスと並んで階段を下りていく。普段ならそんなに気にならないのに、どうしてか今日はものすごく気になって仕方がない。


 家を出て、ゆっくりと大通りに向かう。


 いつもよりも半分くらいの速度で歩く。カタカタッとアリスの靴の音が隣から聞こえて来る。


 いつもならたわいのないことを話したりするけど、今日はアリスも静かで僕も何の話題も見つからないまま、変な気分のままいつもの大通りを歩いていくと、僕の手を引く感覚があった。


「アリス?」


「あ、アレン! あ、あれ食べたい!」


 彼女が指差した場所は、大きな果物の飴が売っている露店だった。


「う、うん! すぐに買ってくるから、あそこで待ってて!」


 彼女をベンチに向かわせて、僕は露店に走って飴を購入する。


 イチゴやモモ、バナナと色んな種類の果物が売っている。


 中でもアリスが好きなモモを一つ、僕が好きなメロンを一つ買った。


 拳くらいある飴を二つ持ってベンチに来てアリスに渡した。


「あ、ありがとう……」


「ど、どういたしまして…………」


 今日はなんか色々変な気がする。


 少し高鳴る胸を抑えながら甘い果物の飴を舐め始めた。


 果物の外側にある飴部分が少しずつ溶けていき、中の果物を噛みしめると果物の甘さが口の中に広がっていく。


「アレン?」


「うん!?」


「た、食べてみる?」


 半分程食べた飴を僕に向けてくるアリス。


 何だか断るに断れなくて頷いて応えてしまった。ついでじゃないけど、僕が食べていたものと交換する形になっていた。


「りょ、両方味わえるね」


「そ、そうだね」


 …………。


 アリスの食べかけのモモ飴を食べる。甘酸っぱさが口の中に広がっていくが、そんなことよりも自分の心臓の高鳴る音に自分が驚く程だ。


 きっと昨日、セリナさんが変な事をいったせいだ。




 ◆




 昨晩。


 食事中にセリナさんがおもむろに口を開いた。


「ねえ。アレンくん?」


「はい~?」


「アリスちゃんとはもう付き合ってるの?」


「「ぷふーっ!?」」


 あまりにも突然すぎる言葉に、飲んでいたお茶を吹き出してしまった。


「あら? そろそろだと思っていたのに、もしかしてまだなの?」


「セリナさん!? お、お、お付き合いなんて! 無理ですよ!」


「えっ!?」


 アリスが目を大きくして僕を見つめる。


「そ、そもそも僕なんかとアリスではあまりにも釣り合わないですし――――」


「僕みたいな男は好きじゃないの思うんです~って感じ?」


 セリナさんが僕の真似をして僕が言うつもりだった言葉を話した。


 そもそも孤児である僕が、貴族令嬢のアリスと釣り合うとは全く思えない。


 それに冴えない僕なんて、そういう対象として見ていないはずだし……。


「うふふ。アリスちゃんも大変だね~」


「…………ご馳走様でした」


 アリスは怒ったように立ち上がり、部屋に戻って行った。


「ああ~」


「セリナさん! なんてことを言うんですか! アリス……怒ってしまったじゃないですか……」


「ふふっ。少年。青春だね~」


「はあ……青春も何も僕達はそういうの何もありませんってば……」


 そもそもアリスが僕なんかを好きになるってありえないからね……。


「アレン様? アリス様ではなく、アレン様はどう思っているんですか?」


「えっ?」


 クロエの質問に不意打ちを喰らったかのように、僕は衝撃を感じた。


「もしアレン様が仰るようにアリス様が興味がなかったとして、アレン様はアリス様をどう思っているんですか?」


「ぼ、僕は…………」


 考えたこともなかった。


 女性に興味がない訳ではない。僕も男として生まれていずれは彼女や奥さんができたらいいなと思ったこともある。


 でも僕は孤児で、ダンジョンの底で暮らしていた身だ。


 僕なんかが誰かを好きになる資格があると思ったことがない。


「アレンくん? 私はずっと君を見てきたよ。それに色んな人を見てきたけど、一つだけ言えるのは、アレンくんは自分が思っているより自分を卑下しなくてもいいんじゃないかな? アレンくんもみんなと等しく誰かを好きになっていいし、誰から好意を向けられる存在だと思うよ」


 セリナさんの言葉に何も言えないまま、気が付けば部屋でボーっと窓の外を眺めていた。


 迷宮都市の家々が所狭しと立っていて明かりが付いている家とそうでない家が並んでいる。その上の空には星々が美しく輝いていた。


 アリスが僕をどう思うかよりも、僕がアリスをどう思うか。


 僕は一晩中、モヤモヤする気持ち抱えて夜空を眺めた。




 ◆




「そろそろ行こうか」


「あ、ああ」


 飴を食べ終えてからまた大通りを歩く。向かう目当ての場所もなく、ただアリスと並んで迷宮都市を歩く。


 普段からダンジョンで鍛えているのもあって、普通に歩く分には疲れたりもせず、長時間歩き続けた。


 アリスは……僕なんかと一緒に散歩して楽しいのだろうか?


 気が付くと、とある公園の前に辿り着いた。


「っ!? あ、アリス。ご、ごめん」


 ここは迷宮都市でも――――恋人達の聖地と呼ばれている公園だ。高台になっていて迷宮都市の外側が一望できる場所でもある。


 すぐに違う場所に向かおうとすると、アリスが僕の手を掴んだ。


「アリス……?」


「せ、せっかくだから……」


「わ、分かった……」


 アリスと一緒に公園の中に入っていく。


 周りにはカップルと思われる人で溢れている。


 空いているベンチに腰を掛けて、ここから見える広い平原を見つめた。


 いつもダンジョンで壁とどこに続いているかも分からない天井ばかり見つめていた。【絶望の銀狼団】に入ってから平原を見るのも久しぶりだと思う。


「アリス……ごめん……僕みたいな男と一緒にいても楽しくないよね……」


 違う。そういうことが言いたかったわけじゃない。でもどうしてかそう言ってしまった。


「…………アレンくん。私、そんなに暇な女に見える?」


「えっ?」


「……好きでもない男と一日中散歩したり…………しないわよ……」


「えっ!?」


 平原が夕焼けに染まり、僕達がいる公園にまで赤い夕焼けに包まれていた。


 そのせいか、アリスの顔が赤く見える。


「アレンくんってさ。どうしてそんなに自分に自信がないの?」


「……僕は昔から何ひとつ上手くできたものがないんだ。生まれてすぐに両親に捨てられ、物心ついた頃も孤児院の仕事を手伝っては失敗して、才能だってハズレ才能だったし、おかげで【絶望の銀狼団】に入ってしまったくらい…………僕は何一つ取柄のない男だから……」


「でも今のアレンくんは違うでしょう?」


「今の……僕?」


「毎日自分が決めた道を歩き、困ってる人はすぐに助けたり、誰も使えない魔法まで使えたり、ものすごく強いし、ルーンのことだってアレンくんしかできないよね。そりゃ……【絶望の銀狼団】に入ってからは色々大変だったかも知れないけど、今のアレンくんは自分が選んだ道をちゃんと歩ける強い男になったと思うんだ」


「そう……かな?」


「そうよ。セリナさんだっていつも言ってるじゃない。アレンくんのおかげで商売が上手くいって本当に助かっているって。その証拠にレグルス商会はいまや迷宮都市の中でも上位商会の一つだからね」


 それは最近知り合って人達からよく聞いている。レグルス商会は少数精鋭で、憧れる人までいるとのことだ。


「セリナさんも、私も、クロエちゃんも――――君がいなかったらダメだったんだよ?」


 アリスが真っすぐ僕を見つめる。


「君は決して魅力のない人じゃない。私が知っている限り、この世界で誰よりも魅力的な男だと思う。だからもっと自信を持って」


 僕を励ますために――――ではなく、本当にそう思っていると分かる。生きてきた時間の中で彼女と過ごした時間は短いけれど、ダンジョンで背中を預けて命を預ける仲として、彼女と過ごした時間はとても貴重で、彼女をよく知っているつもりだから。だからそれが彼女の本心だと分かる。


 ああ……そうか…………僕はアリスをどう思っているのか。僕は世界で最も彼女を認めていたんだ。誰よりも彼女が――――大切だったんだ。


「あ、アリス!」


「は、はい!」


「あ、ありがとう」


「…………」


「え、えっと……これからも僕なんかで良ければ、一緒に…………」


「僕なんかじゃない。君は凄いんだから」


 僕の右手に暖かい感触があった。


 繋がったアリスの暖かい左手は、今まで感じた事もない幸せな気持ちにしてくれる。


 僕達は沈んでいく夕陽を眺め続けた。




 ――――手を重ねながら。





 ――――【完結】――――


 最後まで【冒険者見習いはダンジョンの底に落ちて無能と思われた才能で成り上がる~才能【make progress】の意味を知ってダンジョンを攻略して運命の出会いを繰り返し、やがて英雄冒険者に成り上がる~】を読んで頂きありがとうございました!


 アレンくん達の冒険はいかがだったでしょうか?


 これからもアレンくんはアリスちゃんとクロエちゃんとイチャイチャしていくと思いながら……想像を膨らませてここで完結とさせて頂きます。


 もし楽しめたよという方はぜひ作品のレビューを頂けると御峰が喜び踊りあかします~!


 御峰はここまで色んな完結作、連載作を作っております。

 もしよろしければ、覗いてみてくだされば嬉しいです!


 ではまたどこかで! ありがとうございました!

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冒険者見習いはダンジョンの底に落ちて無能と思われた才能で成り上がる~才能【make progress】の意味を知ってダンジョンを攻略して運命の出会いを繰り返し、やがて英雄冒険者に成り上がる~ 御峰。 @brainadvice

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