第32話 エルフ
クロエが奴隷になった理由はかなり酷いもので、彼女の仲間たちが大勢捕まった時に仲間の命を天秤に掛けられ、彼女が奴隷になることで他の仲間を逃す契約を交わしたそうだ。
商品として奴隷となった彼女は、幸いにも美人としての価値が高く、傷物にはされずに済んだと本人は淡々と話した。
一緒に聞いていたアリスもセリナさんも眉間にしわを寄せていた。
「まさか、精霊を操れる人族がいるとは思わなくて……私達のことわざに精霊に好かれる人に悪い人はいないという言葉があるんです」
「ふう~ん。それでそれなの?」
鋭い目を光らせて指差すのは、僕の右腕を大事そうに抱きかかえたクロエの腕だ。
「私は奴隷ですから、これからご主人様のアレン様の隣にいるべきですから」
「…………」
「あはは……クロエ……あまりくっつかれると……その……」
当たってます…………。
「アレンくんもデレデレしないの!」
「え!? で、デレデレはしてないよ!?」
「してるわよ! ふん!」
ええええ!? アリスがどうして怒るのかが分からない。
僕がクロエのことを呼び捨てにするのも、奴隷に対して『さん』を付けるのもおかしいとのことだ。
とにもかくにも、こうしてクロエも僕達の仲間となった。ただ奴隷という枷があるし、僕のことをずっと『アレン様』と呼んでいるのが気になるけど、こればかりは仕方がない。
セリナさんからは偽善で解放するのは禁止されていて、せめて金貨六十枚分の利益を回収してから解放するように言われた。
金貨六十枚というとんでもない額だけど、僕達がより深くに潜れるようになれば、十分に稼げる額だ。
「みんな。明日からダンジョンに向かってもらうけど、ここ暫くは歩いて向かってもらうよ。アレンくんは常に周りをチェックしてアレンくんを見張っている存在を確認すること。いいね?」
「はい」
「普通ダンジョンに潜る冒険者は三日間くらい潜ったりするから、そこを意識して動いてもらうといいかな」
いつも〖ワープ〗で移動しているので気にしたことはないけど、やっぱりダンジョンに潜ったら数日は生活してくるんだな……。
その日は新しい仲間のクロエを祝して歓迎会をした。
セリナさんが作ってくれる料理はどれも美味しくて、幸せな気分になった。
◆
日が明けて、クロエの新しい武器の弓矢をもらい、ダンジョンに向かう。
ダンジョンの入口が見える場所にある茂みの中から人の気配を感じる。聞き耳を立てると息の音すら聞こえてくる。
視線も僕達に向いている気がするので、セリナさんの狙い通りに事が運んでいるようだ。
そのままダンジョンに入り、人目がない場所で〖ワープ〗を使い一気に二層にやってきた。
「凄い……これが古代魔法〖ワープ〗……」
〖ワープ〗のことをクロエにも話していて、それを聞いた時、彼女は古代魔法だと言っていた。
この世界で転移魔法が使える人は数少ないけど、〖テレポート〗という魔法と〖ワープ〗という魔法があり、二つは明確に違うらしいけど僕にはイマイチわからなかった。〖ワープ〗が使えるのは今のところ僕だけだろうとのこと。
「まだフロアボスは現れていないみたいね」
「昨日言っていた大きな魔物ですか?」
「うん」
「う~ん。それなら――――」
クロエが両手を握りしめ、祈りを捧げ始めた。
数十秒後に目を開けた彼女は笑顔を浮かべてとある場所を指差した。
「アレン様~あっちから大きな気配がしますよ~」
「えっ!?」
「さあ、早く早く~」
僕の手を引くクロエに何が何だかわからず追いかけていく。
後ろから追いかけて来るアリスから睨まれている気がする……。
クロエが話していた場所に着いたが、何もない。
「多分ここで現れますよ~」
「本当!? 凄いね……」
「えへへ~ダンジョンの精霊さんが教えてくれましたから」
ダンジョンの精霊さん?
その場から待機して数分後、地面から禍々しい気配が周囲に放たれ始めた。
「ッ!? アリス!」
地面から盛り上がってくるロックゴーレムにアリスが走り込み、僕も精霊を放つ。僕の精霊四体とは違う精霊が二体共に飛ぶ。緑色の大きな鷲と、水色の空飛ぶ鯨だ。
「私も援護します!」
アリスの邪魔にならないように精霊達の援護が始まる。
ロックゴーレムが姿を現した頃には――――その場でボロボロと崩れ去った。
「本当に現れたわね……クロエちゃんって凄いよ……」
「あら? 信じていなかったんですか?」
ちょっと拗ねたクロエがアリスに話す。
「信じていなかったわけではないけど、当たったらいいな~くらい? でもこうして見せてもらうと信じるしかないね」
「えへへ~アリス様に信じてもらえて嬉しいです」
「わあっ!?」
今度はアリスの腕に絡んだ。クロエってああやってくっつく癖があるのかも知れない。
今度は五層に移動していつもの狩りを続ける。
ある程度狩りを終えたら、奈落に戻り休息を取り、また五層で狩りを続ける。
そして、僕達は次なる層――――六層へと足を踏み入れた。
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