第31話 奴隷
豪華な部屋で高価そうなソファにセリナさんが座り、僕とアリスはその後ろから守るように立って部屋中を警戒する。
セリナさん曰く、部屋の中に仕掛けがある場合もあるらしい。その時は二人を連れて奈落にワープで逃げる予定だ。
そんな心配をよそに、ノック音と共に執事が一人、一目でわかる高そうな服を着こんでふてぶてしい表情を浮かべた太った体を持つ男性、後ろからセリナさんが落札したエルフさんと護衛が三人一緒に中に入っていく。
(っ!?)
座り込んだ太った男性の後ろに立つ護衛。禍々しい気配を放ちながら僕達に敵意を剥き出しにして睨みつけているのは――――アンガルスだった。
あの頃はアンガルスがどれくらい
必死で彼に注目しないように目を逸らす。
「お会いできて光栄です。ゲルサス子爵様」
「ぐほほほほ!」
大きく膨らんだ腹が笑い声で波を打つ。
「レグルス商会のセリナと申します」
「噂は聞いておるぞ~何度か貴重な魔石をわしに売ってくれたとな?」
「もちろんでございます。迷宮都市で商人として味方に付くのなら、脆弱なベリアル子爵家に着くよりはゲルサス子爵様に付いた方がいいと判断しましたから」
「ぐほほほほ! よきよき!」
二人の会話からして、ベリアル子爵家はライバルというところか。それと僕が渡した魔石は全てここのオークションに出ているようだ。
「これからも貴重な物を仕入れたら持ってきますので、その時はよろしくお願いします」
「ほっほっほっ。その時は色を付けてやろう」
それにセリナさんが満面の笑顔を浮かべて深々と頭を下げた。
ご満悦になった子爵はその場から立ち上がり部屋を後にした。それと一緒にアンガルスともう一人の護衛も一緒に外に出る。
彼は最後まで僕達を睨みつけていた。
「失礼致します。本日は奴隷の購入をありがとうございます」
「こちらこそ、素晴らしい買い物になりました。奴隷は有効に使わせて頂きます」
「こちらの魔法の羊皮紙が契約書になっております。この娘の詳細はこちらになっております」
細々としたエルフさんのことが書かれている。名前はクロエ・オブリビオン。精霊魔法や弓術が使えて、スリーサイズや処女などが書かれている。
チラッと見た彼女は、悲しげな表情を浮かべていた。
「ではこちらが金貨六十枚になります」
袋から金貨六十枚を取り出すと、居残っている護衛一人が驚いたように小さく口笛を鳴らす。
金貨一枚でも凄いのにそれを六十枚も目の前に出されて驚くのも無理はない。
「確かに六十枚確認できました。こちらの契約書の譲渡致します。こちらに手を」
契約書の上部に執事さんが手をかざし、下部にセリナさんが手をかざすと羊皮紙が虹色の光が広がって、所有者という項目にセリナさんの名前が入った。
見守っていた護衛がエルフさんの背中を押すと、彼女はゆっくりこちらにやってきた。
僕は事前に準備していた手枷を付けて鎖を繋いだ。
外で待っていたメイドさんに連れられて屋敷を後にして、彼女を連れてセリナさんの家に戻っていった。
◆
「アレンくん? どう?」
「周りには誰もいません」
周囲に放っていた精霊達に僕達を追いかける人がいないのか見張っていた。誰一人追いかけて来なかったのでそのまま屋敷に帰って来れた。
僕の精霊を見たクロエさんは目を大きく見開いて見せる。
「初めまして。僕はアレン。こちらはアリス。こちらはセリナさんです」
「!? は、はじめまして……クロエです……」
最初は非常に鋭い目をしていたクロエさんだけど、精霊を見てから少し表情に余裕が生まれている。
「アレンくん~こっち来て~」
セリナさんに呼ばれたままテーブルの前に着くと、僕の手を握って契約書の下に手を当てた。
「セリナさん?」
「はい。譲渡~」
契約書の所有者のところに書かれていたセリナさんの名前が消えて、僕の名前が刻まれる。
「ティグレンス? 苗字持ちなんだね?」
「えっ!? ちょ、ちょっと、セリナさん!?」
「そっか~アレンくんって実はお貴族様だったんだね?」
「ま、待ってください! 僕は貴族でも何でもありませんよ!?」
急な出来事にアタフタしていると、甘い香りが広がってきた。
「はい。アレンくん」
「ココアーデ!」
「落ち着いた?」
手短に言葉を交わして僕にココアーデが入ったマグカップを渡したアリスは、もう一つのマグカップをクロエさんに渡した。
「あ、あの……?」
「うん? いらない? ココアーデ美味しいよ? アレンくんの大好物なの」
「確かに大好物ですけど! それよりセリナさん!?」
「アレンくん~落ち着きなよ。アリスちゃんもそう言っているでしょう? そもそもあの金貨はアレンくんのモノだから、彼女の所有はアレンくんが持つべきだよ」
急にそう言われても困る。そもそも僕が奴隷を持つなんて……。
「それより、アレンくんって自分の苗字に付いては調べていない?」
「苗字……ですか? いえ。ありません」
「そう…………ディグレンス家は聞いたことがないけど、王国の貴族ではないのかな? でも苗字が付いている以上、アレンくんも貴族様のご子息であるのは間違いないね」
「僕が……貴族……」
物心付いた頃から孤児院で過ごしていたし、考えたこともなかった。
「ひとまずアレンくんが貴族様であるのは驚いたけど、本人も知らなかったみたいだし、いつも通りにいくよ? ひとまず、クロエちゃんを買った理由だけど、彼女が弓術と精霊魔法を使えること。それとエルフ族って身体能力も高いから戦力になると思ったのよ」
アリスさんにココアーデを押し付けられて戸惑いながら飲んでいるクロエさんにみんなが注目した。
「アレンくんにアリスちゃんにクロエちゃんが加われば、もっと深層に行けるはず。アレンくんの力があるなら、より安全に深層に行けるから素材をどんどん持ってきてもらいたい。ただ……恐らく私の予想からすると、その前に一波乱あるはずよ」
セリナさんが言う一波乱に心臓が跳ね上がる。
「ねえ、アレンくん。さっきいた男に勝てそう?」
さっきいた男――――アンガルスのことだ。
彼の強さを間近で見て、今の僕が勝てるのかどうかを考える。
少し両手が震える。――――と僕の両手に暖かい感触が伝わってきた。
「アリス……?」
アリスは笑顔を浮かべて僕の震える両手を握ってくれた。
「大丈夫。アレンくんはとても強い。それに私達はもうソロ冒険者じゃない。パーティーでの連携ならあの男にも勝てるはずよ。それに――――新しい仲間もできたから」
アリスが視線を横に向けて、それに釣られて僕も視線を移すと、少しきょとんとした表情を浮かべているクロエさん。
「え、えっと…………その……奴隷なので…………」
そんな僕達にセリナさんがいたずらっぽく笑みを浮かべて茶々を入れる。
「アレンくん? ちゃんと奴隷らしく接しないとダメよ?」
「えっ!?」
「可愛いからってアリスちゃんの前で脱がしたりしないでね?」
「脱がしませんよ!」
「あら? クロエちゃんが可愛くないの?」
「!? か、可愛いですけど!」
「じゃあ、えっちなことするときは、ちゃんとアリスちゃんの見えないとこでするのよ?」
「し、しないですよおおおお!」
顔が熱くなるのを感じるし、アリスが目を細めて僕から遠ざかる。
「ぷっ……あはは……あはははは~!」
後ろから笑い声が聞こえてきて、クロエさんの可愛らしい笑い声が屋敷に響く。アリスもセリナさんも一緒になって笑い声を上げた。
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