第29話 潜入
セリナさんが事前に用意してくれた部屋を使う。
最近はアリスと一緒に過ごしているからか、一人っきりになるのは久しぶりだ。さらにベッドまで用意してくれていて、慣れないふかふかしたベッドで眠りについた。
外から鳥がさえずる声が聞こえてきて目が覚める。いつもとは違い、近い天井が見えてセリナさんの家であることを思い出す。
起き上がるとテーブルの上から僕を見守ってくれている火の精霊と土の精霊が見える。
水の精霊はセリナさんのところに、風の精霊はアリスのところで二人を守ってくれている。
まだ僕が生きているのを【絶望の銀狼団】が知っているとは思わないけど、今回の一件でまだ相手がわからないので二人を守るという意味合いもある。レベル5にもなった精霊たちなら下級とはいえ逃げるくらいの時間は稼げるはずだ。
一階に降りると静寂に包まれたリビングがとても心地よい。
顔を洗ってテーブルを拭いたり、色々準備を進める。
これも久しぶりで、ダンジョンに堕ちるまでは毎日やっていたからか、今でも慣れた手運びで進められた。
少しして起き上がってきたセリナさんとアリスにタオルを渡して二人の支度を仰いだ。
こういう時に料理ができればいいんだけど、料理はしたことがないので準備できなかったのが悔しい。
料理はセリナさんが用意してくれた。
「今日からだけど、二人には私の護衛ということで動いてもらうよ。念のために言っておくと、アレンくんが私に預けてくれた素材が相当な額になっていて、それを使ってこれから迷宮都市内部で商売をするという話で進めようと思う」
僕が手に入れていた素材や魔石の欠片の量はアリスが言っていた通り、普通よりも数が多くて相当な額になっているらしくて、それなら僕が受け取るよりもセリナさんに預ける方向性で話がまとまった。
こういうのを【投資】と言うらしいけど、僕にはよくわかってない。セリナさんを信頼しているから全てお任せだ。
「そこで二人に先に言っておくけど、絶対に目の前の出来事に反応しないこと。いいね?」
「目の前の出来事……ですか?」
セリナさんが真剣な表情で僕達を交互に見つめる。
「きっと二人にとっては辛い光景もあると思う。でも目の前の出来事を解決してもそれが解決するわけではない。だから一番の悪をあぶり出すために、時には我慢が必要なの。例え目の前で人が殺されても」
「「っ……」」
「まあ、例え話だよ。でもこれから向かう場所はそういう所。綺麗な場所だけじゃないからね」
「わかりました。あんな酷いことをする連中を止めたいですから」
「その意気よ」
食事を終えた僕達は家を出て迷宮都市に向かった。
まだ明るい時間帯。この時間に迷宮都市に戻るのは久しぶりだが、【絶望の銀狼団】にいた頃も殆ど屋敷の中にいたからな。
僕とアリスは深くフードを被ってセリナさんの後ろを追いかける。
大通りを抜けて、ひと際大きな建物に向かう。入口には物々しい警備員がいる屋敷だ。見ただけでここが貴族様の屋敷なのがわかる。
入口に立つと、警備員がセリナさんの前に立った。
「レグルス商会頭セリナです」
手のひらサイズの金属製円盤を見せる。そこには模様と文字が書かれていた。
「後ろは?」
「護衛二人よ」
「武器は?」
「女が剣士、男が魔法使い」
警備員が僕とアリスをひと睨みする。
「護衛以外での力の行使は認められない。気を付けろ」
「ちゃんと言い聞かせているから心配しないでいいわよ」
「よし。入れ」
中に入ると広いリビングが広がっていて、中心部には柄の悪そうな人がたくさん集まっていて、僕達の前には燕尾服の初老の執事が一人出迎えてくれた。
すぐに彼に同じ円盤を見せると、納得したように縦に頷いて奥に向かうように言ってくれた。
中心部にいるのは、どうやら屋敷の護衛らしい。
――――その時、一人の男が僕の目に入った。
「っ!?」
全身が固まってしまう程に衝撃的を覚えるのは、何度も
そっと僕の背中を押してくれるアリスの手を感じて、その場で止まることなく歩き進めることができた。
けれど、僕の心はアンガルスの恐怖心に支配されて、頭が真っ白になった。
アリスの誘いのおかげで会場に入り、セリナさんのブースでようやく一休みできるようになった。
二人が前を向いたまま小声で声をかけてきた。
「アレンくん。例の人?」
「う、うん……ご、ごめん……」
「謝らなくてもいいわ。それよりアリスちゃんもちゃんと顔を覚えておいた?」
「ええ。一番大柄の男ね?」
「う、うん……」
「ひとまず、今は会場に集中しなさい。ここからよ」
セリナさんの励ましのおかげで少し冷静になれた。
円状になっているソファが少し離れて設置されていて、それぞれに護衛と雇い主と見られる人達が座っている。
近くにいるとトラブルが起きるかも知れないからこそ、席がそれぞれ離れている。
中は講堂のような作りで段差で席がいくつもあり、一番奥にはステージが設けられていた。
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