第20話 運命

「落ち着きました? 飲み物をどうぞ」


 目が赤く腫れたアリスさんに飲み水が入った水袋を渡すと、恥ずかしそうに受け取って飲み始めた。


「あ、ありがとう…………」


「いえ。こちらこそ貴重なポーションをありがとうございます」


 背中に怪我をした僕にポーションを掛けてくれて、すっかり傷が治っている。ポーションは銀貨を超える高額でそれを使ってくれた。


「それはいいのよ。私は命を救ってもらったんだし……え、えっと…………」


「ん?」


「そ、その…………私は何を……あげたらいいのかな…………」


「何もいりませんよ?」


「えっ?」


「何度も言いましたけど、僕はクナさんから受けたものを冒険者に返しただけですので、アリスさんもここから出たら困った誰かを助けてくれたらいいと思います」


 そう話すと、何故かがっかりした表情を浮かべたアリスさんが肩を落とした。


「アリスさん。携帯食ならありますけど、食べますか?」


「携帯食? そもそもここってどこなの?」


「ここはダンジョンの底です。僕は奈落と呼んでいるんですけどね」


「奈落…………」


 そう話しながら周囲を眺める。そんな中、彼女の視線がとある場所で止まった。


 一瞬、時が止まったかのように彼女の動きが固まる。


 ゆっくりとその場から起き上がって迷い一つない足取りで彼女が向かう先は、壁面に座り込んでいる亡骸だ。


「アリスさん?」


 彼女は吸い寄せられるように亡骸の前に立つ。


 そして、その場に崩れるかのように座り込んだ。


「アリスさん!? 大丈夫ですか?」


 急いで彼女の下にやってきたけど、全身が微かに震えているのが分かる。


 その時、亡骸に掛けられていたロケットペンダントのことを思い出す。綺麗な女性とカッコいい男性に見守られていた紫髪の小さい女の子。アリスさんの綺麗な紫髪が被るように見えた。


「やっと……会えた…………お父様…………」


 また彼女の座り込んだ地面に綺麗な雫が落ち始めた。奈落の静かな世界に一滴また一滴の雫が落ちて弾ける音が響いた。


「アリスさん。僕はとある冒険者クランの見習いでした。お世辞にも生きやすい場所ではありませんでしたが、生かしてもらえました。でも……色々あってダンジョンで殺されかけてここに落とされました。最初は絶望しかなくて何もできない自分の無力さを誰かのせいにしてここで泣き崩れてました」


 【ワープのルーン】と【フレイムバレットのルーン】を取り出す。


「ですけど、このルーンがあったおかげで僕は助かることができました。これも全てこちらの方がルーンを残してくれたおかげです。アリスさん。代わりではありますけれど…………ありがとうございます。彼の優しさがなければ僕は生き残れませんでした」


 手を伸ばして二つのルーンを握り閉めた彼女は、両手で優しく包み込んで胸元に手繰り寄せた。


 そして、彼女はまた暫く泣いた。




 ◆




「アリスさん。大丈夫ですか?」


「ええ……また恥ずかしい姿を見せてごめんなさい…………」


「いいえ。思い人に出会えたら誰でも……それよりも、こちらをもらってください」


 リュックの中に入れてあったロケットペンダントを取り出して彼女に渡す。


 中に写っているのは小さな女の子だったので、アリスさんだと気づかなかったけど、これで返すべき人に返せて良かった。


「ありがとう……本当にどうやってこのお礼をしたらいいか…………」


「僕だってアリスさんのお父さんのおかげで助かりましたから、むしろお礼がしたいのは僕の方です。えっと、ルーンは姿を変えてしまいましたけど、ここから出たらお返しします」


 彼女は両手で大事そうに包み込んでいた二つのルーンを見つめる。


「アレンくん。これを……」


「アリスさん!?」


「この二つのルーンはアレンくんに渡るべくして渡ったんだと思う。おかげで私も助かったし、アレンくんの助けになったのならお父様も嬉しいと思う。私は……これだけでも十分嬉しいわ」


 ロケットペンダントを大事そうに抱えて笑顔を見せる彼女に、僕の心臓が跳ね上がる。


 受け取ったルーンを再度装着する。今の俺にこの二つのルーンがないと生き残るのも大変だ。アリスさんと彼女のお父さんの想いを受け継ぐかのように、僕はルーンにこれからも生き続けると覚悟を決めて装着した。


「ねえ。アレンくん」


「はい?」


「ここに落とされた・・・・・と言ったよね? 詳しく教えてくれる?」


 真っすぐ僕を見つめる彼女の目は、何かの決意に燃えていた。


「い、いえ……あれは僕がなんとか……」


「そう言うと思ったけど、こればかりは私も譲れないわ。ちゃんと全部教えてちょうだい」


「アリスさん!?」


「それまで――――手を離さないから」


 彼女が僕の手を握りしめてくる。暖かい体温が伝わってきて自分の顔が熱くなるのを感じる。


 女性と手を握るなんて、孤児院で過ごしていた頃に妹のように慕ってくれた子くらいしかなかったけど、どちらかというと妹と思っていたから女性と手を握るのは人生で初めてだ。


「あ、あうぅ…………」


 じっと僕の目を見つめてくる彼女に勝てる事ができず、僕は今までの出来事を全て彼女に伝えた。




 ◆




「…………」


「あ、アリスさん?」


 僕の話を聞いてる途中、目を瞑って空いた手を握りしめる。


「アレンくん。これからもダンジョンで強くために頑張るつもりよね?」


「そ、そうですね……」


「分かったわ。じゃあ、私とパーティーを組みましょう」


「パーティー!?!? ちょ、ちょっと待ってください! さっきも言いましたけど、クナさんたちを断ったって――」


「もちろん聞いているわ。だからこそよ。アレンくんが何らかの方法でここから出られるのは知っている。それに私もここに来れると知った。それなら私もアレンくんと一緒にパーティーを組めるってことよね!?」


「どうしてそんなことになるんですか!?」


「どうしてもよ! それに……私を助けてくれたのはアレンくんで、これから困った冒険者を助けて欲しいと言われたけど、私は困った冒険者が目の前にいると思ったわ。だからちゃんと理由になるでしょう?」


「でも……僕と一緒にいると……」


「構わないし、寧ろそのために私が隣にいるわ。もし足手まといなら置いて行っても構わない」


 「そんなことは……」と言いかけたけど、彼女のどこまでも覚悟を決め込んだ目を見て、言うのをやめた。このまま断ったとしても彼女の頑なな決意は変わらないと思う。


「分かりました。アリスさんの提案を受け入れます。ですけど、絶対に勝てるまでは逃げること。これが条件です」


「もちろんよ。私だって死にたくはないからね。『絶望の銀狼団』って高ランクの冒険者クランなのに……内情は噂以上に酷かったようね」


「そうかも知れません……でも実際おかげで生き延びた人は多いんです……」


「う~ん。それならさ。アレンくんが作ったらいいんじゃない?」


「え?」


「アレンくんには特別な力がある。これから強くなったアレンくんなら彼らをちゃんと受け入れてクランを作れるんじゃない?」


 最初アリスさんが何を言っているのか全く理解できなかったけど、そこから数十秒の時を経て、僕はようやく驚きの声をあげた。

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