第19話 救出

「し、知らないわよ!?」


「それよりも今は生き残る方法を考えましょう!」


 魔物の群れを突破して彼女と合流した。が、後ろは壁になっていて、逃げる場所がない。少し細い通路で袋小路ふくろこうじになっているので、魔物が一斉に入って来るわけではない。


 目の前に押し寄せてくる魔物を一体一体捌きながら逃げる方法を考える。


(ワープを使えば僕一人で逃げられる。でも彼女と一緒に飛べるか分からない。でも試す価値は……ある!)


 魔法で援護しながら、彼女に手を伸ばして〖ワープ〗を試そうとしたその瞬間、急な激しい地の揺れが始まった。


「ダンジョン地変!?」


「こんな時にっ…………お父様……」


 急いで彼女の手を握る。それと同時に彼女が立っていた場所が崩れて地面に開いた穴の中に落ちていく。


「そ、その手を離しなさい! 貴方まで死ぬことはないわ!」


 ダンジョン地変の地の揺れのおかげで魔物が倒れて道を塞いでくれている。このまま〖ワープ〗を試したくても試せない。一緒に飛べなかった時、彼女は無駄死になってしまう。


「貴方は……貴方はもっと自分を大切にするべきです! ここで僕が手を離したら貴方は死んでしまうかも知れない! それを知っているなら全力で助かるまで足搔くべきだ! 貴方だって目的があってダンジョンに潜ったはずです! 自分の目的のために……ここは生き抜かないといけません!」


「それはそうだけど、このままではどの道魔物に轢き殺されるわ! 貴方なら一人で逃げられるのでしょう? 私なんかのせいで巻き込まれて…………えっ? 涙?」


 気付けば僕の目からは涙が流れていた。


 人は生きるためならなんでもする。僕だって生きれるなら何でもする。命乞いしてでも生き延びたい。でも彼女はずっと一人で苦しんで、誰にも頼ることなくダンジョンという絶望の中に飛び込んでいる。


 一体彼女は何を抱え込んでいるのか。僕には想像もできない。


 偽善……と言われるかも知れない。でも彼女の覚悟を応援したい。彼女のような優しい心を持っている人が亡くなるなんて、あってはならない。


「僕は……絶対に貴方を助けます。ここに来るまで僕に優しさをくれた人達から、今度は僕が助けるようにしてくれと言ってくれました。だから生き残りましょう? 一緒に――――」


 そう話した直後、僕が立っていた場所も崩れ、握っていた彼女の手をそのままに、僕達は暗い底に向かって落ちていった。




 ◆




「な、なんで私なんか助けたのよ!」


 ダンジョンの暗い底に落ちて行く中、僕は握った手を手繰たぐり寄せて彼女と距離を縮めた。


 必死に戦っていたのか汗ばんだ髪が僕の顔に当たってくる。


「貴方まで死ぬ事なんて…………ごめんなさい…………」


 彼女の目に大きな涙が浮かんでいた。ここに落ちたのは彼女のせいではない。なのに僕に謝る彼女は、本当に心優しい人なのだと思う。


「あの、お名前を聞いても?」


「…………アリス。アリスよ。こんな時まで冷静だなんて、見た目以上に貴方って凄いわね」


「アリスさんのおかげで冷静になれたんです。僕はアレン。よろしくお願いします」


「よろしくって……私達、このままダンジョンの地の底に落ちて死ぬのよ?」


 彼女は不安そうな表情で僕を見上げる。なんというか、ちょっと愛おしく思えるのは僕だけなのだろうか。


「アリスさん。生きたいですか?」


「えっ?」


「僕、まだアリスさんの口から聞いていません。生きたいと。アリスさんの今の気持ちを聞かせて欲しいんです」


「っ…………そ、そんなこと…………言うまでもないわ。――――――生きたい。生きたいの。私にはどうしてもやりたいことがある。ダンジョンで……絶対探したい人がいるの。だから――――――生きたい」


 彼女の綺麗な紫と黒が混じり合う瞳が僕を真っすぐ見つめる。


「はい。任せてください。僕がクナさんたちから頂いた温かさを、今度は冒険者として助けるべき人に返します。絶対にアリスさんを助けます。だから任せてください」


「っ…………はい…………よろしく……お願いします……」


 彼女の両目にまた大きな粒の涙が溢れた。


 すぐに拭き取ってあげたいけど、今はそれどころじゃない。


「ちょっと試してみます。僕から離れないでくださいね」


「うん……」


 彼女が僕の体に抱きつく。彼女の温かい体温が服を越えて伝わってくるけど、それを堪能する暇はない。

 

 最初に試すのは〖ワープ〗が僕だけしか飛べないのか、はたまた誰かと一緒に飛べるのか、はたまた誰かを飛ばせるのか。


 あまり悠長に試せないので、一緒に飛べるか試す。


 落ちていく中、僕達よりももう少し底に向かって〖ワープ〗を使って見る。これなら僕だけ飛んでもまだアリスさんを見失わないからだ。


 そして――――――飛んだ。


 真っ暗だけどいつもの体が転移した感覚があった。それと僕の胸に顔を埋めているアリスさんの体温も感じる。これなら!


 想像するのは奈落。あそこなら絶対に安全だ。飛ぶ先を奈落に集中して思い描く。そして――――また飛んだ。




 また転移した感覚があって、周囲の真っ暗な世界から不思議な明かりがある奈落の景色に移り変わる。


 しかし、まだ落下による勢いがあったので、それを何とかするために転移を横向き・・・にした。


 転移によって僕達の体が下向きではなく横向きで勢い良く転移したので、僕を信じて体を預けてくれたアリスさんを最後まで助けるために力強く抱きしめる。


 直後、背中に痛みが走る。


 奈落の地面を背中で受けたまま引力の力で落ちていた体の勢いが弱まるまで我慢する。


 ようやく止まって僕の腕の中でじっとその時を待つ彼女を見つめた。顔は見えないけど、僕に体を任せている彼女が吐く息が胸に当たる。


(ちゃんと……守れたかな? 今度クナさんに会ったらちゃんと助けられたって伝えよう……)


「アリスさん。もう大丈夫ですよ」


 そう話しながらゆっくりと腕を緩めると、ゆっくりと目を開けて僕を見上げる。周りをゆっくりと眺めて無事を確認すると、彼女はまだ大きな粒の涙を浮かべた。


「本当に……私達助かったの?」


「ええ。ご覧の通りです」


「本当の本当に?」


「本当の本当です」


「本当の本当の本当に…………」


 言葉に詰まる彼女が愛おしくて、安堵したかのように僕も笑顔がこぼれる。


「ちゃんと助かりましたよ。アリスさん」


「アレンくん……ありがとう…………」


 そして彼女は声をあげて泣いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る