第18話 罠

 新しいルーンたちがレベル4に上昇して、早速五層で狩りをする。


 いくら〖探知〗を使っていたとしても、音による情報は僕が想像していたよりも多くを教えてくれる。そもそも

〖探知〗で見える範囲というのは、ダンジョンを上から地図を見下ろす感覚だ。そこで見えるものは道と魔物、それと素材も見えるらしいけど、ダンジョン内は全てがダンジョンの魔素で出来ているので、素材はドロップ品以外は存在しない。


 ただ、一つだけあるとするなら、亡くなった冒険者が使っていた装備が持ち主を亡くして【ドロップ品】として表記されているので、時折そういうドロップ品に出会ったりもする。というか、いま出会ってしまった。


 目の前には出血多量なのか肌が真っ白になって服が真っ赤に染まった冒険者と思われる人の亡骸がある。


 意外とこういう亡骸は見かけたりするけど、〖探知〗によってドロップ品があると表記されているのは初めてだ。今まで表記されていないのは、既に他の冒険者が手に入れているからだろう。


「ちっ!」


 その時、後ろから舌打ちする音が聞こえる。


 まだ亡骸に手を付ける直前だったけど、音に釣られて後ろに視線を移してみると、そこには柄の悪そうな男が三人、かがんでいる僕を冷たい視線で見降ろしていた。


「小僧。運がいいな」


 何が運がいいのか分からず、愛想笑いを送り、目の前の亡骸に手を伸ばす。何となくだけど、このまま置いて行っても彼らの手によって雑に荒らされそうだ。それならせめてもの丁寧に弔ってあげたい。


 服の内側には彼が使っていた小さなサバイバルナイフがあり、他に目立つ装備は腕輪が一つ、小指に指輪が一つ。後はリュックを背負っていたので、それは丸ごと頂く。その際にも亡骸が痛まないように取り上げる。


 先程僕を見下ろしていた柄の悪い冒険者三人は悪態をつきながらやって来た道を戻って行った。


 それにしてもどうして彼はここに一人・・だったのだろうか? 先の三人はまるで知っていたかのような口ぶりだった。


(まさか……ね)


 悪いことばかり考えるのも癖になっているのかも。邪念を払うように首を横に振って気持ちをリセットさせる。


 〖探知〗ではもうドロップ品はないと書かれているので、亡くなった冒険者に両手を合わせる。そして、一度奈落に荷物を運んでもう一度五層に向かった。


 少しだけむかむかする心で落ち着きなく魔物に魔法を放ちながら、イライラしている自分に少し嫌になりながら狩りを進めていると、僕の〖聞き耳〗で道の遠くからの話声が聞こえてきた。


「ちっ……今回の獲物は取られてしまったな」


「あんなクソガキなんて殺してやれば良かったんだよ」


「そうしても良かったんだが、五層で一人でいる冒険者はそう易々とやれないと思ったんだ」


「なるほど…………でもこちらは三人だぞ?」


「人数ではな。だが強いやつは一人で何十人も相手できると聞いている。だから油断せずに様子を見た方がいい。もしあのガキが弱いのならどの道五層で死ぬだろうから、獲物はその時に回収すればいい。あの腕輪だけは何としても手に入れなければ…………」


 この声は間違いなく亡骸の前で出会った男の声だ。〖聞き耳〗のおかげなのか、声を聞き分ける能力も強くなった気がする。声は意外にも人それぞれ違うので、すぐに分かることができる。


「ビーンズ。どうだ? さっきのガキに付けられたか?」


「いや、残念ながらできなかった。あのガキ、ああいう見た目でこちらをかなり警戒していた。戦いとなったら困ると思ってやめておいた」


「そうか……それなら仕方ないな。ケビン。もしもの時は、あれを使ってでもやるぞ」


「おうよ! アギゾもやっとやる気になったか」


「元々やる気はある。でも命が一番大事だ。ただあの腕輪がなければ、雇い主から何と言われるか…………」


「アギゾ。それ以上は言うな。誰かに聞かれていたらまずい」


 この距離だと彼らの探知範囲・・・・外なのか、僕の存在を感じ取れないようだ。


 あの時、舌打ちして僕に声を掛けてきたのが、恐らくリーダー格はアギゾという男で、一番大きな体を持っていた巨漢がケビン。一番後ろから僕をずっと観察していたやせ細っていた男がビーンズというみたい。


 それにしても雇い主とか腕輪とかの単語に物騒な気配がする。腕輪というのは僕が回収した腕輪なのだろう。それに依頼主というのは一体……。


「おい。静かに。誰か一人で戦っているぞ」


「さっきのガキか?」


「…………いや、違うみたいだが、どうやら魔物の群れに捕まったみたいだ。ついでにもらえるかも知れん」


「よし、まず最初に目の前の獲物から手に入れよう」


 彼らのやり取りに胸騒ぎがして、僕も〖探知〗と〖聞き耳〗を全開にする。〖探知〗による地図にはいくつもの赤い点、つまり魔物が大量に見えている。それと誰かが戦っているかは分からないので彼らの後を追っていく。


 道を進んでいくと戦っている音が聞こえる。


 戦っている者の息づかいが聞こえてくる。その声を忘れるはずもない。脳裏に映るのは、先日出会った紫髪の彼女に違いない。


「やはり例の薬が効いたみたいだな。随分と魔物が集まっているぞ」


「効果テキメンだな。しかし俺達が巻き込まれては元も子もない。このまま様子を見よう」


 薬!? 彼らが何を話しているのか気になる。魔物が大量にいる道とは別の道に進んでいくので、恐らく何らかの方法で魔物が群れを成していると知っているようだ。薬という単語にその秘密があるかも。


 いまはそんな推理めいた事を思うより、魔物の群れに囲まれている彼女に向かって全力で走り込む。近づけば近づくに連れて、圧倒的な魔物の気配と音が聞こえてくる。


 正直に言うと、怖い。


 僕なんかが助けに行ったところで何ができるか分からない。でも…………あの時、僕の為にわざと危険をかえりみずに魔物から逃げずに対峙した彼女の優しさは、本物だと信じたい。


 優しい人が生き残れず、邪な心を持つ人ばかりが生き残る世界は嫌いだ。何のために今日ここまで頑張ってきた。目の前で助ける命を救えなくて強くなる意味はない。英雄冒険者は目の前の困った人をその力で助けていた。それに憧れた。


 だったら、今こそその願いを、その想いを少しでも叶えたい!


 全力で走って来た目の前には無数の魔物がいて、その中に必死に戦っている紫髪の彼女が見えた。


「助太刀します!」


「ッ!? に、逃げなさい!」


 すぐに〖アースランス〗を雑に放つ。止める事なく、次々撃ち続ける。


「私なんか見捨てて逃げなさい! この魔物の群れでは助からないわ!」


「嫌です! 目の前で困ってる人がいるのに、せっかく戦える力を手に入れたのに、逃げるだけは嫌なんです!」


 しかし、そんな僕の覚悟を嘲笑あざわらうかのように、魔物の群れがもっと押し寄せてきた。

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