第16話 五層

 四層の平原はただただ広くて見えている景色にいつまでもたどり着けない程に遠かった。


 時折優しく吹く風に僕の視界が髪で遮られてしまう。平原の美しい緑色の地面と青空が僕自身の黒い髪によって見えなくなるのは、曇り一つない綺麗な絵画に、子供がいたずらにインクを垂らしたような感覚に陥る。


 そういえばいつも短くしていた髪もダンジョンに入ってすっかり伸びてしまった。奈落に置いてある剣で切ってしまった方が良さそうだ。


 周りの視線に気を付けながら平原を真っすぐ歩き続ける。ガルーダやウィンドホースは〖フレイムバレット〗で足止めしてトドメを刺す。ブラックベアは杖による〖アースランス〗の弾速で十分に撃ち抜けるので危険は感じない。


 それにしても四層ですでに僕の魔法が避けられるくらいには魔物が賢くて強い。それも相まってなのか【魔石の欠片】は今のところ倒した分だけドロップしている。〖ブレッシング〗のレベルが6に上昇してくれたおかげで【運】が遂には【B-】となっているのも大きいかも知れない。やはり【ブレッシングのルーン】の効果はものすごいのではないだろうか? 今度セリナさんに聞いてみようと思う。




 ◆




 平原を真っすぐ歩き進めて奈落に戻ってを繰り返して三日が経過した。そして本日。ようやく五層への階段を見つけた。


 どこまでも続くと思われた平原だけど、三日も歩き進めると遥か遠くに見えていた山のふもとに下層へ通じる入口があったのだ。


 意外に五層への入口付近には休んでいるパーティーもいて、アンガルスたちの【絶望の銀狼団】のメンバーがいないか注意しながら進む。


 周りを見ても強そうな冒険者ばかりで、四層でこんなにも強い人達が多いというのに、ここまで【絶望の銀狼団】のメンバーは誰一人会った事がない。それくらい彼らが強いということだろう。そうでもなければ、迷宮都市であれだけ富を築いているのは難しいと思う。


 ゆっくりと階段を降りる。


 後ろに続いていた涼しい風が一気に変わり、前方からは風一つ吹いてない無風の場所に立つ。


 慣れているというべきか、僕が思っているダンジョンらしさというべきか、目の前に広がっているのはダンジョン二層と全く同じ風景――――洞窟だった。


 すべての階層が違う作りになっていると思いきや、五層は二層と同じ作りなんだな。


 スキル〖探知〗を全開にして周囲を探る。平原では視界良好で〖探知〗は魔法が届く範囲までしか発動していなかった。それが洞窟となれば地図のように見れる〖探知〗を全開にした方が何かと便利だ。


 三層は森林ではあったけど、それでも空が見えていたし、四層に限っては果てしなく続いている青空が気持ちよかったというのに、ここの景色は奈落と代わり映えしないので少しだけ気が滅入る。


 歩き出すまでに、大きく深呼吸をする。肺の中に新鮮な空気が目一杯入り込んで古い不安に染まった空気を吐き出す。


 やっぱり不安を感じたら深呼吸が一番良い。


 洞窟の中を進む。どこからか叩く音が反響して聞こえてくる中、僕の前にはだかる新しい魔物は、一層で出会ったスケルトンと同じ姿だが、色が水色だ。色が変わっただけ――――ということはない。感じる気配も強者のそれと同じだ。


 魔法が届く距離は意外と短い。〖フレイムバレット〗は約十五メートル、〖アースランス〗は約二十メートル。全力で走れば〖アースランス〗が届く距離なら一秒も掛からない速さで駆け抜けてくる。常に魔物との距離を意識しなくてはならない。


 まだ〖アースランス〗が届くまであと少しの距離なのに、水色スケルトンの視線が僕に向く。


(この距離でも見つかるのか!?)


 次の瞬間、水色スケルトンが僕に向かって全力で走ってくる。ロックゴーレムもだけど、どうして魔物ってこうもアクロバティックに動くんだ! これじゃ的が定まらなくて魔法が無駄撃ちになりそう。でも文句を言い続けていても何も変わらないので〖フレイムバレット〗の連射能力を使って水色スケルトンに向かって撃ち続ける。


(魔法をギリギリ避ける!?)


 細身を活かして飛んできた〖フレイムバレット〗を器用に避けながら速度を緩めることなく僕に飛びついてきた。


 【回避のルーン】がもたらしてくれるスキル〖回避〗が発動するのを感じる。このスキルは視界に映る攻撃に対する回避行動に効果を発揮する。レベル1だと回避行動を取った時、動きがほんの少しだけキレが良くなるだけなんだけど、レベルが6ともなれば回避行動はキレッキレで動ける。自分でも不思議な感覚だ。


 水色スケルトンの骨斧が僕が立っていた場所を強打する。音からして一撃もらうだけで酷いケガになりそうだ。


 〖フレイムバレット〗を惜しむことなく撃ち続ける。攻撃直後からなのか全部避けることができずに一発当たると、その反動で次々と当たって、八発当たった時点でその場で全身の骨が崩れていった。


 四層のガルーダやウィンドホースは〖フレイムバレット〗で倒すには三発当てないといけなかった。だから一発当てて体勢が崩れた時〖アースランス〗でトドメを刺したのだが、僕の見立てからすると〖フレイムバレット〗二発で〖アースランス〗一発という計算になっている。


 となると、水色スケルトンが〖フレイムバレット〗八発ということは〖アースランス〗四発を当てないといけない。


 それってつまりロックゴーレムよりも強いということなので、五層の強さに震えてしまった。三層分の差があれど、あちらはフロアボスなのに……。


 魔石の欠片を回収してまた先を進む。魔素が続く限り五層での狩りを続ける。


 今度現れたのは、三メートルくらいの長さを誇る大蛇だった。ただ、こちらは水色スケルトンとは違い、〖フレイムバレット〗四発でその場に沈んだ。水色スケルトンよりも体が大きいし強そうに見えたのに大蛇よりも弱いのが不思議に思える。


 それから何体かの水色スケルトンと大蛇を倒しながら道を進んだ。


 暫く進んだ先で、誰かが戦う音が聞こえてきた。外套についているフードをより深く被って、戦っている横を通り抜けようと思った。


 でも僕は通り過ぎることができなかった。水色スケルトンと戦っている人に釘付けになってしまったからだ。


 水色スケルトンとたった一人で戦っている彼女は、身長や体型とは似つかない長い刀身の剣を使って戦っていた。真っ黒い刀身に峰部分に一筋の赤い線が引かれていて、普段見かけない形もあってとても目を引く。


 でもそれ以上に目を引くのは、彼女の美しさだ。一言で『美しい』と言えてしまうくらい、目を離せられない。


 ダンジョンだというのに、ズボン類ではなく、太ももが露になっている黒いスカート、健康的ですらっとした足が伸びている。胴部も動きやすさに特化したのか、胸の部分から腹部を覆う銀色の軽鎧ライトアーマーがキラリと光っている。


 程よい大きさの魅力と肌を覆う黒いシャツ。そこを超えると見えるのは色白な肌に一つ一つが可愛らしいと思える顔に大きな瞳には薄っすらと紫色と黒色が混じっている。もしかしたらそれだけだったなら僕が止まる理由にならなかったかも知れない。いや、それだけで女性として彼女が十二分に魅力的なのは言うまでもないが、僕の目を最も引くのは――――戦っている彼女の動きによって波揺れている美しい長い紫色の髪だ。


 ダンジョンに入る女性の大半は髪を短くするか、まとめた状態で活動しているのを見かける。クナさんとサリアさんは魔法職だったのもあって、大袈裟にまとめてはいなかったけど、剣を持った多くの女性は髪をまとめていた。


 それに比べて彼女は全くまとめることなく、ただ頭の両側に可愛らしい赤いリボンで横髪を束ねているだけ。きっと戦いがなければ、ストレートに下ろしているだろうし、それもさぞ美しいのだろうと想像をかき立てる。


 その時、彼女の後方に大蛇が現れた。


「ッ!?」


 戦っているはずなのに、彼女の小さく驚く声だけが反響して聞こえてくる。女性の声だけで心臓が跳ね上がるのは初めてで、ただただ彼女を見守るしかできなかったが、後方の大蛇を見た後、彼女は――――――僕に視線を移して、そして目が合った。

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