第6話 勝利

 目の前の視界が切り替わり、向いていた奈落中心部の景色が入れ替わり、目の前に倒れ込んだ骸骨が見えている。


 よし、成功だ。これなら【ワープ】を使っていつでも・・・・脱出できる。


 ではどうして最初から脱出しなかったかというと、ルーンのレベルが5に成長するまでの間の七日間ゆっくりと考え込んだ。


 ここから逃げることはできるようになった。ただ、ここから逃げてどこに・・・向かおうというんだ。


 まず、僕には家がない。なので帰る場所がない。さらに冒険者としても駆け出しにすらなっていないので、迷宮都市に戻り冒険者になるのも難しい。いや、なること自体はできる。だが、もし僕が冒険者になったら間違いなく【絶望の銀狼団】に見つかるし、もちろんアンガルス先――――アンガルスたちに見つかったらタダでは済まされない。


 となりと今の僕に必要なのは彼らを上回る強さが必要だ。


 幸い、この奈落には誰一人自由に来れない。それならばここはある意味最高の安全な場所として時間を過ごせる。今の僕に必要なのは、時間だ。


 まだ携帯食は少し残っているし、計算上あと八日はここに居られる。それならば八日待てばルーンのレベルが6に上がる計算になるはずだ。


 フレイムバレットを撃ってみる。予想通り一発も撃てなかった。やはりワープの消費魔素量は凄まじく多い。あのまま地上に上がったとしても六時間はフレイムバレットを使えないので、もしアンガルスたちに出会ったとき、何もできないまま負けていたかも知れない。


 それならば、ルーンのレベルをもう一段階あげれば、恐らく十発は撃てるはずだ。せめてそれくらいは準備しておきたい。


 僕は携帯食を手に、その日から八日ゆっくりと瞑想を続けた。




 ◆




 八日後。


《【フレイムバレットのルーン】が成長しました。》


《【ワープのルーン】が成長しました。》


 来た……! 遂にこの時が来た。


 食料が少なすぎて極力体を動かさずに瞑想を続けた。


 現在の持ち物は錆びた短剣と、刃四十センチの短刀。他に戦闘で使える装備は持っておらず、ワープで飛んだらフレイムバレットが十発。それを念頭に置いて戻ることにする。


 そして僕は【ワープ】を使用した。




 ◆




 視界が洞窟から綺麗なレンガ作りの壁に切り替わった。


 よし、成功だ。僕が飛んだ場所は――――ダンジョンの入口。


 街に飛んでしまうとアンガルスたちと鉢合わせになる可能性が高い。ダンジョンももちろん高いけど、ダンジョンなら他の魔物や冒険者がいるので助けを呼びやすい。


 周りを確認しながら中へ走って進む。


 物陰に隠れながら、できればこうして六時間は耐えたい。まず魔素を回復させてフレイムバレットを全弾撃てるようにしたい。恐らく三十五発は増えるはずなので、それだけ撃てればスケルトン一体くらい倒せるだろう。それでレベル2を目指して繰り返そう。


 じーっと物陰から周りの戦い方を学ぶ。


 あの時、あれだけ怖かったスケルトンすら、今なら何とかなりそうに思える。スケルトンと対峙する冒険者が剣を避けながらすぐに攻撃を叩き込んだ。鈍い音と共にスケルトンの体が粉砕されていく。


 あの時の僕とは大違いだ。冒険者って凄いなと思う。


 物陰のまま移動してどこか休める場所を探す。廊下を通り抜けると、ものすごく広い洞窟の中が広がっていて、どこまでも続いている天井と、ごつごつとした岩が山のようになっている。ここなら隠れられそうだ。


 物陰に潜み、ゆっくり体を休ませる。


 いくら瞑想を繰り返して来てもあの時の絶望に体が強張ってしまって、変な汗を流してしまった。


 少し震える手を握りしめて、もう一度覚悟を決める。奈落で二十日以上一人で過ごしたことを思い返せば、これくらいの絶望は大したことじゃない。


 戦う音は頻繁に聞こえるが意外にも誰に気付かれることなく、ゆっくりと六時間を物陰で休むことができた。




 体から魔素が回復した気配を感じたので、体を起こした。同じ体勢でじっとするのも慣れたものだな。意外と冒険者にとって良いことを覚えたのかも知れないな。


 ごつごつとした山のような岩を越えながら移動して近くに白い物体を見つけた。


 スケルトン。あの時、殺されかけたスケルトンと同じ姿で骨の剣と骨の斧を両手に持って、周りの獲物を探しているのが見える。


 一度深呼吸をする。


 よし。これからフレイムバレットがどれくらいの威力で相手に効くのか試す!


 右手を伸ばして集中する。連想させるのは――――フレイムバレット!


 右手から解き放たれた一発のフレイムバレットが真っすぐ飛んでいき、スケルトンに直撃した。次の動きを見ながら狙いを定めて撃とうと思う。


 フレイムバレットは狙った敵に追尾する性能はないので、狙う練習をしてきた甲斐があったが、いくら練習してもここまで遠くからだと動くスケルトンに当てるのは難しい。


 次の動きは――――――は? スケルトンはどこだ!?


 急いで周囲を眺めるがスケルトンの姿が見えない。い、一体!?


 その時、スケルトンが元々あった場所にバラバラになった白い骨を見つけた。


 まさか…………まさか一撃!?


 岩の山を飛んでいき、また獲物を探す。また白い物体を見つけてスケルトンを確認した。今度は最大距離で撃つのではなく、ある程度近づいて撃つ。


 近づけば近づく程、以前感じた恐怖が溢れてきて、足と手が震える。


 それでもここで勝てないと、僕はずっと負けたままだ。英雄冒険者を夢見たのなら、ここで止まってはいけない。それに目的も一つできた。僕を救ってくれた骸骨さんの家族にペンダントを届けて感謝を伝えたい。


 さっきよりも距離が半分になった時、走りながらそのままフレイムバレットを撃つ。これはずっと練習していた咄嗟に狙って撃つための応用だ。


 フレイムバレットが狙い通り白いスケルトンに直撃して貫通する。たった一撃でスケルトンを倒せることが分かった。


 心からの喜びに思わず両手を握りしめて叫んでしまいそうになる。嬉しさと共に、もう一つ目標ができた。ここで……一人前の冒険者になれるように頑張ろう。


 その日からスケルトンを高速で倒して魔素を回復してを繰り返す日を送ることとなった。

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