公爵の脳筋対策案

 机をトントンと叩く指がピタリと止まる。そのまま頬に手を付き、窓を見つめると、やや不機嫌そうな顔が映し出された。


 はぁ、と短く溜息をつき、気分転換に外の空気を取り入れようと窓を開ける。ここ数日は頭を悩ませることが多く、つい先程も考え事で集中していたオルストロン公爵家現当主、ルクセウス・オルストロンは背伸びをしながら深呼吸をした。


「まったく……嫌になるな」


 頭に浮かぶのは以前行われた騎士団の野外訓練。依頼されてそれに同行することになったブランノア・シュバルツの身に迫った暗殺者についてだった。


 名実ともに聖女となったブランノアの地位は貴族のそれとなんら遜色ない。国防の要を担う聖女は無くてはならない存在だからこそ、聖女の加護を持つ者の地位は生まれ血筋に関係なく価値がある。かつては劣化コピーだったことであまり大事にされていなかったが、今ではもう本物と差し支えない加護を有している。だからこそ、ブランノアは聖女に返り咲くことができた。


 だが、平民上がりというのも事実。新興貴族のような存在を気に食わない者は貴族の中にもそれなりにいるだろう。


 だからといって、ここまで露骨に手を出してくるのはルクセウスとしてもやや想定外だった。オルストロン公爵家と聖女ブランノアの関係は公のものとなっている。公爵家が後ろ盾としてブランノアについている。そのため、ブランノアへの敵対行為はオルストロン公爵家を敵に回すのと同義だ。


「それでも……か。ままならないものだな」


 ルクセウスの口から大きめのため息がこぼれた。それでもブランノア暗殺を企てたということは、オルストロン公爵家を敵に回してでも、ブランノアを排除したいという思惑があったということだ。


 ルクセウスとしてはそれが気に食わない。公爵家という確固たる貴族の地位だけでなく、魔法に秀でた名家ということもあり戦力としても自負がある。それでもこれほどまで大っぴらに喧嘩を売られてしまう現状。抑止力として十分に機能していないのかと、ルクセウスは歯がゆい思いをしていた。


 だが、嬉しい誤算もあった。それは、ブランノアがほぼ単独で暗殺者を退けられるほどに成長していたということだ。実際には模倣の加護で他人の力を多く借りて戦っていたため、単独というわけではない。


 それでも、ただ守られるだけの聖女ではない。模倣の加護で順当に力を付けているのは喜ばしいことだ。


「ブランノア嬢はもエフィの剣聖の加護も完全に宿し……これで身に着けた加護は三つか。どれも近接戦闘に向くものばかりだが、エフィを真似れば魔法も使える……となると、どこかで時間を作って魔法の指導をしてみたいものだ」


 今回は手持ちの加護で対応することができたが、次があればどうか分からない。聖女の加護も、模倣の加護も、剣聖の加護も、強力ではあるが、万能でも無敵でもない。それは ブランノア自身もよく分かっているだろう。


 だからこそ、ブランノアに身を守る力を蓄えさせたい。今回は護衛としてエフィネルを付けていたため、完全模倣が完了していない剣聖の加護もその場での模倣が可能だったが、常にエフィネルが傍にいるとも限らない。


 そして、模倣の加護でエフィネルの戦闘スタイルを模倣することもできるブランノアだが、その魔法の才能はもっと伸ばすことができる。加護頼りのなんとなくで発動していても、模倣元となるのがエフィネルなためなまじ悪くない。だが、ブランノア自身は魔法に関する知識は独学。まだまだ成長する余地は十分に残されている。


 そんなブランノアに魔法の名家としての英才教育を施すこともルクセウスは考慮している。教えをみるみる吸収していくブランノアの姿を想像して、先程まで募らせていた苛立ちが幾分かマシになったのかルクセウスの険しい表情が和らいだ。


「ついでだ。この際エフィも鍛え直すとしようか。惚れた女に守られているようでは公爵家の面子が立たん。ブランノア嬢と並び立つのでは不十分、前に立って守り通すくらいでいてもらわねば」


 そんな中、愛娘であるエフィネルも一緒に鍛え直すべきだとルクセウスは考えた。

 ブランノアが成長しているというのは喜ばしい反面、エフィネルがメインを張れず、サポートに回ってしまったというのは思うところがある。公爵令嬢たるもの、愛する者を守る力は必須。


 これもルクセウスがエフィネルの幸せを誰よりも願っているからだ。そのためには、ブランノアだけが強くなるのは論外。それと同等、もしくはそれ以上に、エフィネルが頼りになる存在になる必要がある。


「本来なら危機を遠ざける方向で対策を練るべきなのだろうが……どうしても二人を強くする方向で考えてしまうな」


 ルクセウスの頭を巡る思考は、いかにしてブランノアを守るか、というものだ。そういう意味で言うのならば、今回の暗殺者のことなども事前に想定して、依頼を断るなど手を打てていたかもしれない。


 だが、ブランノアやエフィネルを鍛えるというのは、危機を事前に避けるのではなく、危機と直面しても対処できるようにするという後手の対策だ。


「今後……ブランノア嬢を取り巻く環境は変わる。後ろ盾として支援は続けるが表向きは独立することになるし、力はいくらあっても困ることはないか」


 ブランノアの新居もいよいよ完成が近付いてきている。独立の日もやがて訪れるのだから、ブランノアをオルストロン家に閉じ込めて守るということもできなくなる。そもそも、そのような形で守られることをブランノアもエフィネルも良しとしないだろうし、軟禁された上で与えられた生活では本当の幸せは手に入れられない。


 ブランノアの幸せがエフィネルの幸せに繋がる。

 ならば、なんとしてでもその幸せな未来を紡がなければならない。


「とりあえず……何人暗殺者を寄こされても返り討ちにできるように、ブランノア嬢とエフィを強くする。それが一番手っ取り早くて……一番楽だ」


 考えが纏まったところで、気分転換のために開けた窓を閉める。

 再度窓に映し出された顔は、娘達にどのようなスパルタ指導を施そうか考えており、やや楽しそうに見えた。

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