重力メイドの受難②

 私の名前はリンネ・ティルニア。現在はオルストロン公爵家のメイドとして、ご令嬢であるエフィネル・オルストロンお嬢様にお仕えしております。

 現在は、と前置きをしたのはもうしばらくしたらその肩書きが変わってしまうからです。現オルストロン公爵家居候である聖女ブランノア・シュバルツ様が独立。それに伴い、私はブランノア様に引き抜かれる形となるわけです。


 しかし、引き抜きといっても今までお世話になったオルストロン公爵家を裏切って鞍替えするわけではありません。立場上、ブラン様に仕える侍女ということにはなりますが、お嬢様に仕えるという部分は依然変わりはないでしょう。


 お嬢様はブラン様ラブなので、通い妻になるのが容易に想像できます。いえ、それどころかブラン様の新居に住み着いてしまうかもしれません。もはや通い妻ではなくただの妻です。


 ブラン様の新居にほぼ移り住む予定のお嬢様にお仕えして、新たな主(仮)であるブラン様にもお仕えする。想像しただけで過労死しそうです。もしくは違う死因が考えられるとすれば糖分過多でしょうか。ブラン様とお嬢様が結ばれてからブラックコーヒーをよく飲むようになりましたが、中和が追い付かない時もあります。とびっきり苦いのを入れているはずなのに……おかしいですね。


「お、リンネじゃん。休憩中? 何飲んでるの? 私にもちょーだいっ!」


 おっと、噂をすればなんとやら。私の心の安寧を脅かすブラン様がやってきてしまいました。せっかく一息入れ始めたばかりですが……仕方ありませんね。


「どうぞ」


「何これ? 泥とかを煮詰めた何か?」


「失礼な。ちょっと濃いめのブラックコーヒーですよ」


 私が飲んでいたものと同じものを用意するとブラン様は眉をひそめました。本当に失礼な人です。私が泥を飲んでいると言いたいのでしょうか?

 確かにこれはブラン様とお嬢様から強制摂取させられる糖分を中和するための特製コーヒーなので、普通のものと比べると色も濃く少しおどろおどろしい見た目をしていますが、味は悪くないです。


「……うん、ちょっと苦いけどおいしいね」


「驚きました。ブラン様のことなのでまずいと騒ぎ立てて、カップの中身を私に浴びせて、床に叩き付けるものかと思ってました」


「それどこの暴君? そんなことしないよ」


 ちびちびとコーヒーを飲み進めるブラン様に心の底から驚きを隠せません。さすがにそこまでの非道な行いはしないと思ってますが、お小言の一つや二つくらい覚悟していたのも本当です。


「リンネは紅茶をいれるのも上手だけど、コーヒーを入れるのも上手なんだね。さすが、私の専属メイド」


「……あ、ありがとうございます」


 専属メイドではありませんが、まさか褒められるとは思っていなかったので、不意打ちに少し声が上擦ってしまいました。こういうところですよ。天性の女誑しです。


「リンネ、顔赤いよ? 大丈夫?」


「だ、大丈夫です。アツアツのコーヒーを飲んで暑くなっただけです……っ!」


「そう? ならいいけど……リンネが倒れたら困るから、休む時はちゃんと休むんだよ?」


「……はい」


 くっ……恥ずかしげもなくそういうこと言って……。そうやってちょっと嬉しくなってしまう言葉で私を揺さぶっても、お嬢様みたいに簡単には絆されませんよ。


「ところで……こんなところで油売ってていいのですか? お嬢様を構ってあげないと泣き出してしまいますよ?」


「リンネの中のエフィって何歳児?」


「三歳児です」


「そっかー。随分と若返ったんだね」


 お嬢様はブラン様が絡むとすぐに幼児化しますからね。定期的によしよししてあげないと泣きます。

 ふふ……冗談です。ブラン様が構ってあげないといけないのは本当ですが。


「エフィはこのあと構いにいくよ。でも今はリンネを構ってるの」


「別に構ってもらわなくてもいいのですが……まあ、退屈凌ぎのお話相手にはなりますか」


「お、お話するかね?」


「聞いておきたいこともありますからね。ブラン様の新居ももうすぐ完成するそうですが、新しい使用人はどうなっていますか?」


「まだ前に話した双子姉妹ちゃんだけかな。メイド長の立場的に雇った方がいいと思う人材とかある?」


 そうですね。予定よりも広い邸宅になりそうだと聞いていますし、ブラン様の要望で書庫や工房など色々作られるので……管理する人手は欲しいですね。

 私もそれなりに色々できる自負はありますが、残念ながら分身はできないので、せめてあと二人……いや、三人くらい必要でしょうか。


「個人的にいたら助かるのは料理人ですね。あとは……ブラン様とお嬢様以外に荒事に対応できる人材がほしいでしょうか」


「料理人か~。リンネは料理できないの?」


「できますけど……さすがにその道のプロには敵いませんよ?」


「え、すご。リンネなんでもできるじゃん。逆にできないことあるの?」


「なんでもはできません。できることだけです。というかなんでもできるのはブラン様じゃないですか。皮肉は止めてください」


「えー、褒めてるのになぁ」


 ブラン様がそういうつもりで言っているのは分かりますが、なんでもできる模倣聖女様がそれを口にするのはとても皮肉が効いています。


「まぁ、いいや。とりあえず条件に合うかわいい女の子探しておくね」


「やはり前提条件はそれなんですね」


「当たり前でしょー。むしろ男雇っていいの? 私もエフィもリンネも女の子なんだし、男いたら気まずくない?」


「それは……そうですが、男手が必要な時どうするんですか? ほら、重たいものを持つとか……」


「いやいや、なんのための重力の加護だと思ってるの?」


「決して重たいものを持つためではないのは確かですね」


 確かに触れたものにかかる重力の向きを弄れば理論上は可能ですが……加護を使ってまでしたいことではないですし、ただでさえ忙しくなりそうなのにパワー系の役割まではこなせません。


「えー、じゃあ力持ちでかわいい女の子見つけて拾ってくるね。それでいいでしょ?」


「人材確保はブラン様に任せますが……お嬢様が拗ねても知りませんよ?」


「拗ねたらリンネが宥めて機嫌直しておいて」


「え、嫌です」


「リンネが拒否することを拒否します」


 そんないい笑顔で言わなくても……。顔がいいから余計に腹立たしいですね。

 またブラン様とお嬢様に挟まれて変なことになるのはごめんなのですが……先行き不安です。一生仲睦まじくイチャイチャしてればいいのに……と思いましたが、それはそれで惚気話がとんでもないことになって寿命が縮まりそうですね。


 はぁ……とりあえずもっと苦いコーヒー入れる練習をしておきましょうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る