幕間

第一回シュバルツ邸幹部会議

 とある日の昼下がり。

 私はエフィとリンネを大事な話があると言って部屋に呼びつけた。


「ということで、会議を始めます! いぇいいぇい~、ぴすぴすぴすぴーす」


「何が、ということでなんですか。そもそもなんの会議ですか?」


 唐突に告げられた会議の開幕にリンネは呆れたようにため息を吐きながら紅茶をいれてくれている。大事な話としか聞いていないエフィも概ね同じ反応かな。まあ、半分くらい思い付きで呼び出したってのもあるけど、ちゃんと話し合いをした方がいいと思っているのも事実。とりあえずそれっぽいことを言っておかないとリンネが離脱してしまいそうなので、まずはきっちり呼んだわけを話しておこう。


「えー、皆さんご存じだと思いますが、ついに私も命を狙われることになりました。はい、拍手~」


「喜ばしいことではないと思いますが……」


 私が拍手を要求すると二人ともまばらな拍手を送ってくれた。ノリがよくて好きだぜ君ら。

 という不謹慎ネタはさておき、その件についての話し合いをしたいというのは本当だ。


「私もそういう立場になっちゃったみたいだから、今後の対策的な何かを考えないといけないと思いまして……二人の意見も聞かせてよ」


「ブラン様の言い分は分かりましたが……そういう大事なお話はお嬢様とご当主様にするべきでは? 私の場違い感が否めません」


「いやいや、リンネさん。それは甘いよ。その考えはこの角砂糖よりも甘いね」


 私は角砂糖を一つまみして、指の上でくるくる回す。指を軽く曲げて弾いてあげると、角砂糖はアツアツの紅茶の海にダイブして溶け始めた。少しふーふーして一口、おいしい。さすが次期メイド長。

 そう、リンネはシュバルツ邸のメイド長になるんだから、いわば幹部の立場。当然、リンネの意見も参考にしていくよ。


「ほらほら、なんかいい案あるでしょ? 思い付きでもなんでもいいから発言してよ」


「はぁ……では、ブラン様が命を狙われるようになったのは間違いなく聖女への正式就任が原因でしょう。だったらブラン様がなんかいい感じに駄々をこねて聖女を辞めてしまうのが手っ取り早いのでは?」


「あっ、リンネ。名案ですね! ブランさん、ぜひともそうしましょう!」


「君達、息ぴったりだね……」


 結託して聖女やめる方向に舵を取るのは止めていただきたい。

 まあ、聖女になったのは手段で、エフィと結ばれるという目的は果たしてるから正直やめてもいいっちゃいいんだけど、再就任したことでお国が手放してくれないのでその意見は却下。


「はい、では私から一つ」


「エフィさん、どうぞ」


 かわいらしく挙手をして発言の許可を求めるエフィに目を向ける。先程リンネに便乗して聖女辞職を求めるのはどこか冗談が含まれていたけど、今回は真剣な眼差しだ。


「ブランさんは先日の賊襲撃を退けた際に私の加護……剣聖の加護の定着が完了したと仰いました。確認ですが、それは真実ですか?」


「本当だよ。おかげで助かったよ〜」


「では、剣聖の加護を習得するための模倣はもう必要ないわけですが……もう少しだけ私の特訓に付き合っていただけませんか?」


「……いいよ。やろっか」


「理由は尋ねないのですか?」


「私を戦わせたことに責任を感じてるんでしょ? 私が気にしてないって言ってもエフィは気にするだろうし……そう言ってくると思ったよ」


 私としては十分護衛の役割を果たしてくれたと思うけど、本人はそう思っていない。ならどうするか。手っ取り早いのはエフィが強くなることだよね。


 エフィは強いし、天才だと思うけど、無敵かと言われればそうでもないし、なんなら私でも頑張れば対抗できる。


 剣聖の加護なんて素晴らしい才能を持っていながら、それをまだ完全に使いこなせていない。ま、事情は知ってるし、それに関して深入りはしないけど、そうだね……とりあえず剣聖の加護を覚醒させてもらおうかな。


 そのためならいくらでも相手になるよ。むしろ私しか相手できないまである。


「そうなるとエフィのクラールハイトみたいな私専用の剣を用意しないとね」


「ですね。せっかくブランさんも自由に剣聖の加護を使えるようになったので、耐えられる剣を所持しておいた方がいいでしょう」


 共闘して本当に身に染みたけど、剣聖の加護を所持する者が二人いる場に剣が一本しかないのは不合理の極みだったね。エフィが機転を利かせてくれたからうまいこと受け渡しとかできたけど、本来は戦闘中に武器の貸し借りとかはない方がいい。


 私も今の加護の状況からして、もし戦うことになったら近接戦闘の方が強いだろうし、エフィとの特訓もその方が捗るね。最優先事項として直ちに対応しようか。


「しかし……命を狙われる立場ですか。このタイミングで独立して新居を構えるというのは危険なのではないですか?」


「一応対策は考えてるよ。新居の地下に大聖堂みたいな機構を取り付けようかと思ってる。私の家にだけ、私の聖女の加護で張る簡易結界みたいなやつだね。さすがに国全体を守る大結界ほどの効力は出せないけど、家を安全に保つなら十分でしょ」


「聖女の加護を保有しているブラン様だから許される特権ですか。正しい加護の使い方ですね」


 さすがに常日頃から暗殺や襲撃を想定して暮らすのは嫌だけど、ある程度の対策がないと不安だ。私やエフィはともかく、リンネやソラちゃんルナちゃんなんかを危険に晒さないようにするのも雇用者の努め……ってか。結界機構を取り付けて、定期的に加護の力を注いであげるだけで防犯レベルがグッと高まるからアリだね。


 まあ……何を受け入れて何を弾くかちゃんと設定しないと、誰も入れず誰も出られない最悪空間が出来上がるんだけどね。国の結界みたいに魔物を寄せ付けないみたいな分かりやすい設定ならまだしも、人を対象にするとちょっとめんどくさいんだよね。そうだなー、加護持ちの女の子だけ通れる設定とかにしちゃおうかな。男子禁制の花園……ぐへへへへ。


「ブランさん、悪だくみはめっ、ですよ」


「……はい、ごめんなさい」


「お嬢様、そんな優しく咎めてもブラン様は手遅れですよ。やるならもっとガツンとしばかないと」


「え、えっと……む、無理です」


「ふふん、エフィは私の味方だからね。いつでも甘やかしてくれるのだー」


「……では、その分私が厳しくしなければいけませんね」


 リンネの冷たい視線が痛いよ。

 あんまり怒られると悲しくなっちゃうから、エフィに慰めてもらおうね。


「話は終わりですか? 会議とやらが終わったのなら仕事に戻りたいのですが」


「リンネ、めっ。ほら、エフィも」


「えっ、その……リンネ、めっ、ですよ?」


「……お嬢様、それでいいんですか……?」


 会議から抜け出そうとするリンネを引き留める。

 エフィのかわいらしいお願いに上げていた腰を再び下ろしてくれたので、なんだかんだリンネもエフィには甘いね。つんつんしてるけどかわいいね。


「……なんですか、にやにやして。不快なので重力の加護で引きずり回しますよ」


「じゃあ、私はエフィに抱き着いておこうかな。お嬢様にそんな仕打ち……できないよね?」


「お嬢様……巻き添えにしていいですか?」


「えっ……めっ、ですよ?」


 なにこのかわいい生き物。

 エフィがかわいいので会議とかどうでもよくなっちゃうね。とりあえずイチャイチャしたくなったから……せっかく引き留めたリンネにはごめんだけど、解散ってことで。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る