第60話 変身聖女の剣聖革命

 ブランノア・シュバルツは模倣の加護で一時的に手に入れていた変化の加護を使用して、エフィネル・オルストロンへと変身した。

 あくまでもその加護でできるのは姿を真似る、外見の変化を起こすことだけ。


 そのはずだった。

 だが、あまりにも精度が高すぎる模倣に、相対する男は一瞬その姿に本物を幻視した。

 目の前で変化していく様子は見ていたが、本物と入れ替わったと言われても信じられる。ブランノアの一挙手一投足がエフィネルをなぞる事で見せる本物の幻覚。


(こいつは……誰だ? 劣等聖女……それとも……?)


 そんな錯覚を受けて固まる彼に、彼女は一切の容赦はない。

 宣言通りに敵を沈める。その手始めとして、切っ先を向けた剣を一層煌めかせ、仕切り直しの音頭を上げた。


 ◇


 せっかく距離も取ってることなので、一発魔法で牽制を入れておく。

 これで倒せるなんて甘いことは当然思ってない。でも、魔法を避けさせるという行動の誘導はできる。


 その一手を引き出せるならその牽制は無駄じゃない。

 その間にリンネの加護を用いて、素早く距離を詰め、鍔迫り合いに持ち込む。この形になれば私の方が有利なんだけど、さっきまではのらりくらり躱されてきた。

 でも……それはもう知ってる。何度も同じ手が通用すると思わないでほしい。


「ちっ……なんだ? さっきよりも……動きがよくなってやがる……?」


「当然です。私の剣を、私の身体で使うのです。最適化されているに決まっているでしょう」


 私の剣術はエフィの模倣だ。

 かつてエフィと模擬戦をしたときに、エフィは私のことを鏡でも見ているかのようだと言った。それだけ私の模倣は精度が高かったのだと言いたかったのだろうけど、それだけだとまだ不完全だ。エフィの剣は、当然エフィの肉体に合った剣。骨格や筋肉量など、肉体的ステータスが異なる私、ブランノア・シュバルツでは、形を真似る事はできても、最適な動きにはできない。


 でも、今この瞬間、私はその枷すら解き放つ。

 模倣した変化の加護でエフィの姿を手に入れた私がエフィの加護である剣聖の加護とエフィの剣術を使う。

 つまり、エフィがエフィの加護と剣術を使って戦っているのと同義だ。


 もちろん、最適化したのは動きまで。変化の加護では筋肉量などは変えられない。でも、エフィの骨格、エフィの身長や体長を得られるだけでこうも違う。そりゃエフィの剣術はエフィが自分に合うように最適化を繰り返してきた者だから当然だよね。エフィの姿で剣を振るう事でその恩恵をしみじみと感じる。


「……っ、それでもてめえが劣化コピーな事に変わりはねえ。多少剣筋がよくなったからって、調子に乗られても困るんだよ」


 手首を返す動作で剣を受け流される。

 エフィの剣なら強引に斬り返して生まれる隙を潰すか、この瞬間魔法攻撃に切り替えていったん退くのが吉なんだろうけど、今はエフィだけじゃない。ブランノアもいる。


 エフィの剣に、私の意志を混ぜ込んで、第三の選択肢を作り出す。

 相手がカウンターを試みているのなら、それに合わせてこちらもカウンターを仕掛けよう。


「リンネ、力を貸してください」


 足りない部分は、リンネの力で埋める。

 クラールハイトの刀身に映ったエフィの青い瞳が一瞬紫色に染まったような気がした。


 重力の加護の本質は重力の向きを変える事にある。

 間合いを自由自在に変えられるのだから、どこからでも、どんな体勢からでも斬り込むことができる。

 後ろに倒れ込むように身体を低くして、刺突のために伸びきった腕が引かれる前に剣を握っていない方の手で掴む。そして、重力の加護を利用して、思いっきり手を握る。


「ぐあっ……」


 戦闘が延びた時のために念のため変化の加護のリロードしておく。それと同時に獲物を一つ手から取りこぼさせた。その短剣に狙いを定めてクラールハイトで弾き飛ばすように横薙ぎに振るう。

 何かの拍子に拾われてしまう位置に短剣が落ちるくらいなら、離れた場所に弾き飛ばしてしまおうという算段だったが、短剣は回転しながら相手の喉元に向かっていく。


 特に狙って飛ばしたわけじゃないけど、この追撃は運がいい。

 急所を掻っ捌かれて、出血多量になるのを避けたいなら……その偶然の一撃は防ぐしかない。


「ここです」


 そのガードに重ねるようにクラールハイトを再度振るう。

 短剣を握る手は喉元への一撃を防ぐために塞がっている。この一閃は決まった……と思ったけど、強引に身を捩って後退された。


 でも……割といいのが入った。

 手応えはあったし、クラールハイトも火属性を使っていないのに赤色に染まっている。

 避けきる事ができなかった敵は、脇腹を抑えて膝をついていた。


「やっと一撃……入りましたね。どうしますか? 大人しく投降するのならこれ以上手荒な真似はせずに済むのですが……」


「はぁ……はぁ……ほざけ」


 念のため降伏勧告を行うも、拒否の返答と共に短剣が飛んでくる。それ自体は別に脅威でもなく簡単に防げるからいいんだけど……私は今他の事で頭を悩ませている。


(思ったより深いのが入ってしまいましたね……。できれば生かしたまま捕らえたいのですが……)


 懸念すべきはこいつがここで死んでしまう事。

 できれば変化の加護は手中に収めたいから、生け捕りにしたかったんだけど……いいのが入ったせいで出血死の可能性が生まれてしまった。生きてさえいれば心を読んで情報を引き出すこともできるからこのままくたばられるのは困る。


 でも、抵抗の意思がある以上下手に治療するわけにもいかないし、かといってほっといてもヤバそうだし……。


「どうした……? 俺はまだ死んでねえぞ」


「無理はしない方がいいですよ。これ以上動くと……本当に死んでしまうかもしれません」


「心配どうも。だが、舐めるなよ。この程度の傷……どうって事ねえんだよっ」


 一瞬、虚を突かれた。

 どこからともなく取り出した二刀を手にして斬り込んでくる姿に私の反応は遅れた。


 それだけじゃない。

 もう派手に動いてくることはないと思っていた相手が突撃してくる様に驚いたのもそうだけど、対応に迷ったのもある。


 これ以上の攻撃は、本当に命を断ってしまうかもしれない。

 そう思った時……私の剣は、無意識の内に鈍っていた。


「考え事か? さっきまでの威勢はどうした?」


「くっ……」


 致命傷とはいかなくても、それに準じるだけのダメージを与えているはずなのに、まるで意に介していないかのような猛攻に私は押され出した。

 どうにかして意識を刈り取りたいけど、下手な反撃で命まで刈り取ってしまったら元も子もない。


 そう考えた時……らしくないなと思った。


 エフィネル・オルストロンなら、きっと私を守るためなら敵に容赦はしない。こんな手負いの敵さっさと片づける冷静さと判断力がある。

 その思考を阻害しているのは、ブランノア・シュバルツとしてのわがままだ。


 情報を引き出すために生かしておきたいという建前と、加護が欲しいという本音。

 それがエフィの思考とせめぎ合って、判断を鈍らせている。


 だったら、そのせめぎ合いをシナジーに変えろ。

 エフィの想いも、私の想いも、全部無駄にしないような一手をここで生み出そう。


「……もう迷いません。斬ります」


 剣聖の加護で斬りたいものだけを斬る。

 聖女の加護で失いたくないものを護る。


 相反する二つを同時に成し遂げるための、革命を今起こす。

 それは信頼でもあって、脅迫でもあった。


 エフィなら、私の期待に応えられる。

 ブランさんなら、私の期待に応えられる。

 私は、私を信じている。


 クラールハイトに、ありったけの聖女の加護と剣聖の加護の力を流し込む。

 私の、私達の想いに応えるように一層輝きを増す中で、私はある事に気が付いた。


「これは……ふ、ふふっ……ようやく定着しましたか。スパルタで特訓した甲斐がありましたね」


 エフィに託された剣聖の加護が、私の中に留まり続けている。

 その事に歓喜の声を上げた私の気持ちは、きっとエフィと同じだと思う。

 ああ、この土壇場で応えてくれるように、エフィが間に合わせてくれたのだと思うと、嬉しくて、温かくて、クラールハイトに握る手に自然と力が籠る。


「何笑ってやがる。いい遺言でも思いついたか?」


「……今の私はとても気分がいいので、一瞬で楽にして差し上げましょう。剣聖の加護と聖女の加護。これが私の、私達の革命の序章です」


 横一閃に薙いだクラールハイトは何かを言いかけていた相手を真っ二つに断った……かのように見えた。

 肉体的損傷はない。だからといって、空ぶったわけでもない。


 私は斬りたいものを確かに斬った。この争いに終止符を打つために、こいつの意識だけを断った。

 それと同時に、聖女の加護で治療も施した。これでもう、ひょんな何かで命の灯火が潰えてしまう心配もなくなった。


 どさりと崩れ落ちた名も知らぬ暗殺者を雑に掴んで、引きずり回して私はエフィへの変化を解いた。


「これが器用大富豪だ。そして――あんたも私の糧になれ」


 どうせ聞こえていないだろうけど、これだけは訂正しておかないといけない。

 私のことを器用貧乏と馬鹿にした大罪は、私の糧となる事で償ってもらうとしようか。

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