第59話 劣等聖女と変化の加護

 エフィが開いてくれた道を駆けて、変化の加護……じゃなかった、暗殺者さんに近付いた。借り受けたクラールハイトで斬ろうとするけど、向こうも迎撃体勢はバッチリで、私の剣は受け止められてしまう。


「わざわざ殺されに来てくれてご苦労なこった」


「はー? 殺される気なんてないけど。そんなに寝言が好きなら寝かしつけてあげようか?」


「ほざけ。それも劣化コピーだろ? あいつの方が鋭かったし、剣に重みがあったぞ?」


「……ちっ」


 エフィと比べられると困る。こっちは剣技も加護も借り物だから、当然本物には及ばない。

 既にエフィと剣を交えていたこともあって、それを模倣する私の剣はさぞ扱いやすいことだろう。


 でもそれは……私がエフィの完全劣化コピーならの話だ。


「重みが……なんだっけ?」


「くっ……こいつっ」


 あいにくと重みを足したりするのは得意分野だ。

 足りない部分はリンネの加護で埋める。でも……ちょっと相性が悪いか。


 徐々に力をかけ、押し込んでいくものの、相手の獲物は短剣なのでちょっと感覚が異なるかもしれない。純粋な力勝負ならこっちに分があるのかもしれないけど、相手は受け流す技術も高いから、あんまり押し切るのに躍起になっていると、バランスを崩されてしまう。


 相手は取り回しやすい短剣の二刀流。

 これまでエフィとしか剣を交えていない私にとっては少しやりにくい相手だ。


「はっ……ちったぁやるかと思ったが、やっぱり劣化コピーだな。さすは人の真似だけはお上手な劣等聖女様だぜ」


「そっちだって人の真似でしょ。しかも、私に見破られるお粗末な変化のくせに。自分の事を棚に上げてでかい口叩くな……よっ」


 こっちは模倣。そっちは変化。

 どっちも人の真似をしていることに変わりはないでしょ。

 エフィと比べたら私は確かに劣化コピー。でも、私だってエフィに化けたこいつを見破ったから、私から言わせればそっちだって劣化コピーだ。同じ条件だし仲良く……はできないか。隙あらば殺そうとしてくるし……まったく、早く終わらせてエフィに甘えたい。


「お前じゃ俺には勝てねえよ。確かに俺の加護は通用しないのかもしれないが、お前の加護も俺には通用しない。実力の差がデカすぎたな」


「決めつけはよくないよ。そんなのやってみなきゃ分かんないじゃん」


「いいや、分かるさ。お前の剣はさっきの銀髪がベースだ。だが、劣化コピー。オリジナルの剣が俺に届かなかったのに、劣るお前の剣が届く道理はない」


「私が剣しか使えないと思ってるの?」


「他にも手はあるだろうが……披露したいなら死ぬ前にやっておけよ。死んでからじゃ後悔もできないからな」


 いちいち煽ってくるのがムカつくけど……あながち間違いでもないから何も言い返せない。

 この人は強い。変化の加護なしで、エフィと互角に斬り結べるくらいには実力がある。だから、私の劣化剣聖の加護と、劣化エフィの剣術では届かないというのも事実。重力の加護や聖女の加護でエフィにはない機動力や防御力はあるけど、突破口が開けない。かといって加護をフル活用するとジリ貧だし……困ったね。


 今ある手札で何とか倒そうと攻撃を仕掛けるも、見事にあしらわれてしまう。

 深く踏み込みすぎると鋭い反撃が飛んでくるし、その度に聖女の加護の防御や、重力の加護での回避を行っているとどんどん消耗していってしまう。


「どうした器用貧乏。万策尽きたか? だったら大人しく死んでくれ。抵抗しないなら苦しまず楽にしてやるよ」


「器用貧乏? 万策……尽きる? ははっ、私が?」


「何笑ってる。追い込まれすぎて頭おかしくなったか?」


 こいつ……言ってはいけないことを言ったな。その禁句を口にしたからには……もう取り返しはつかないよ?


「私は……私は器用大富豪だ。ちょっと人に化けられるくらいの猿真似野郎が舐めた口聞くなよ」


「おー、図星突かれて怒っちまったか? 劣等聖女の分際でよ」


 いいよ、その挑発……乗ってあげる。

 重力の加護で後退して、少し距離を取る。深呼吸して、身体の隅々に意識を行きわたらせる。


 エフィでないとあんたに渡り合えないなら……私がエフィになってやる。

 そのためのこの……劣化変化の加護。万策尽きたなんて舐めた口聞いたことを後悔させてやる。


 あいつが加護を使った時は一瞬で変化をしていたし、多分視界に入った人への変化ならノーリスクノータイムで行えるはず。でも、私の模倣は劣化だし、初回の模倣だからどこまで力を発揮できるかは分からない。だけど……この加護の力が必要だと言うのなら、必ず卸しきってみせる。それができなかったら私は器用大富豪を名乗れない。


(ああ、なるほどね。そういう感じか。なら……問題ないね)


 エフィへの変化を試みた私は、今の変化の加護のスペックを理解した。

 やはり、本家と同じようにサラッと変化することはできそうもない。そうだね……あっちの本家変化の加護がオートでの変化だとするなら、私の劣化変化の加護はマニュアルでの変化といったところか。


 だからこそ……何も問題はない。

 足りない部分は、全部想像力で補うことが可能だ。


(ははっ、エフィの身体はよく知っているよ。何回脱がせて、その綺麗な身体を目に焼き付けてきたと思ってるのさ)


 エフィの顔はよく知っている。いつでも鮮明に思い起こせるくらい、何度も見つめてきた。綺麗で整った顔。パチッとした目も、通った鼻筋も、思わず吸い付きたくなる唇も、敏感な耳も全部知っている。


 身体だってそうだ。

 首も肩も、腕も手も、包容力の象徴であるおっぱいも、いっぱい脱がせて、いっぱい触って、目で、肌で理解してきた。

 腰の括れも、鍛えているおかげで引き締まっているお腹や足も、柔らかい太腿やお尻も、全部私のだ。


 頭の上からつま先まで、エフィの事ならなんでも知っている。服の上からじゃない、すべてを詳らかに見せてくれる特別な関係だから許された特権。だから私は、こんな劣化コピーでも、エフィになれる。


 全身がゆっくりと変化していく。肉体がエフィに引っ張られていくけど、同じ性別で身長が少し違うこと以外はほとんど身体つきも似ているから弊害はほとんどないだろう。

 ブランノア・シュバルツのすべてをエフィネル・オルストロンに作り替える。上っ面の外見だけじゃない。思考も、加護も、技術も、口調も、声色も、全部変えて。全部模倣して、本物を演じるんだ。


「ちっ……俺の加護の模倣か。だが姿を変えたところでなんになる?」


「……ふぅ、あなたに教える必要はないでしょう。なにも分からぬまま、沈めてさしあげます」


 少し驚きの表情を浮かべる彼に、七色に輝くクラールハイトを向ける。

 模倣の加護+変化の加護。模倣と模倣のかけ合わせが生むシナジーは、本物にも届き得るということを、私が……いえ、私達が証明して差し上げましょう。


 ブランノア・シュバルツ改め――エフィネル・オルストロン。

 いざ、参ります……!

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