第57話 劣等聖女と刺客襲来

 いやあ、びっくりした。

 なんか騎士の人が治療のために来たかと思えば、エフィがぴり付いて剣抜いちゃうし、そしたら騎士の人が煙幕使うし、エフィに化けるしもう……頭が痛いよ。


 でも、これではっきりとした。

 この人は敵だ。今はエフィの姿をしてるけど、私には効かない。


「何が目的ですか?」


「あ? 見りゃ分かんだろ? そこの劣等聖女を始末することだよ」


「それはあなた個人の? それとも誰かに依頼されて?」


「答える義理はねえな」


 狙いは私か。そりゃまあ……絶好のチャンスだよね。

 別に情報は規制されている訳じゃないし、私がこの訓練に参加することは知る人は知る事だ。


 エフィは剣を構えていつでも攻撃できるようにしながらいくつかの問いを投げかけるが、私を殺そうってやつが真面目に答えてくれるわけもなくのらりくらりと躱される。これ以上の問答は無駄だ。


「エフィ、いいよ。とりあえず、こいつ捕まえよう。情報は後からでも引き出せる」


 今は手元にないけど、こっちにはソラルナ姉妹の加護がある。

 こいつさえ逃がさなければ後からいくらでも尋問できる。


 私は聖女の加護と重力の加護、そして模倣の加護を発動させる。

 本当は魔物を通さないための結界を張りたかったけど、予定変更。こいつを逃がさないための結界だ。


「そうですね。いつまでも私の姿をされていては不愉快ですので……っ!」


 エフィが斬り込んでいった。

 向こうの……エフィの偽物は私を刺そうとしていた短剣のようなものを両手に持ち応戦するようだ。二、三回斬り結んで二人のエフィは距離を取る。いやあ……離れて見るとエフィが二人いて絶景なんだけど、片方は野太い声を出すのでなんだかなあって感じ。私を狙う暗殺者じゃなければ本当に眼福だった。


 しかし、強いね……。

 エフィと互角に斬り合えるなんて。でも、なんか動きづらそう?

 なんて思ってると偽物のエフィの姿がぐにゃりと歪んで、今度は私の姿になった。


「くっ……ブランさんに……っ」


 すると突然エフィが押され始めた。

 私の姿をしているから斬り込みにくいのか、剣筋も鈍くなっている。見たところあれは幻ってよりかは、身体が歪んでる感じだし、変身系の力だと思う。


「エフィ、変わって!」


「ブランさんは狙われているんですよ。少し離れててください!」


「でもエフィ、私に攻撃できないでしょ。それに……私の姿になった今がチャンスだよ」


 攻めあぐねているエフィに変わって私が前に立とうとするも、私の安全を考慮してか一蹴されてしまう。でも、エフィは優しいからきっと偽物であっても私の姿をしていたら斬る事はできない。


 それだけじゃない。

 エフィに対しては私に化ける事は有効かもしれないけど……相手の動きもさっきより鈍くなっている。

 直感的に思うだけだからまだうまく説明はできないけど、叩くなら今がチャンス。エフィが後退する隙を聖女の加護で作り出して、下がったところを軽く触れて模倣の加護で剣聖の加護を借りる。


「お、始末対象がわざわざ前に出てきてくれるなんてお優しいこったな」


「不意打ちで仕留められなかったくせに」


 咄嗟の事なのでクラールハイトの受け渡しはできていないけど、重力の加護で細かく重心を動かして、聖女の加護で攻撃を防ぎながら近付く。やっぱりさっきのエフィの姿をしている時より動きが鈍っている。


 その加護の本質とだいたいの弊害は想像ついたけど……念には念を入れて私自身で確認しておきたい。なんとかして触れられればいいけど……短剣の刺突が鬱陶しいな。


「エフィ!」


「っ……はい!」


 エフィは私の意図を汲んで即座に魔法を練り上げる。

 その魔法は何度も見ているから援護のタイミングも完璧に分かる。

 魔法がエフィの手元を離れた後に、私は重力の加護を使って大きく横にずれる。背中で隠していたエフィの魔法が突然現れたように見えるだろう。でも、これは仕留めるためじゃなくてほんの一瞬の隙を作り出すための陽動。


 エフィに視線を送ると、エフィは頷いてクラールハイトを私に向かって投げた。私の足元に刺さったそれを軽く足で叩いて重力の加護で浮き上がらせる。それを掴んだ勢いのまま斬り込んで、距離を詰める。


 相手の獲物が短剣ということもあり、斬り合いの距離が少し近くなってしまうが、今の加護の状態ならばこの距離感はむしろ好都合。エフィは私が率先して前に出ているのに納得はいっていないだろうけど、私の持つすべての加護が活きる間合いなこともあって援護に徹してくれている。


 そうして、何度か斬り結ぶうちにチャンスは訪れた。

 クラールハイトをわざと手放すようにエフィの方に向かって弾き飛ばさせると偽物の私は驚いたように目を丸める。その隙をついて自由になった手を伸ばして短剣を突き立てようとする手首を掴み模倣の加護を発動する。


「ちっ……離せっ」


「いいけど……もらったよ?」


 勢いよく振るわれた短剣が私の顔の前を横切る。

 髪の毛が少し持っていかれたけど、回避は間に合い、私はそのまま手を離して後退する。


 エフィは私が手放したクラールハイトを手に取り直して再度私を守るように立ち塞がった。私はその後ろで……今しがた宿した加護を発動させる。


「うん、うん……なるほどね。変化の加護……って言ったところかな」


「何か弱点などは分かりましたか?」


「予想通りかな。本来の体格とは違う姿に変身すると上手く動けなくなるみたいだね」


 はっきりとは見ていないけど、最初に現れた騎士に化けた姿が本物だとすると、その体格や身長などは当然ながらエフィとは異なる。そして、エフィより小さい私の姿になったことで、さらに動きもぎこちなくなっているのだろう。


「……そうだよ。正解だ。俺の変化の加護は変身した肉体が本来の姿と違うほどに精密な操作ができなくなる。お前らみたいな女のガキの身体は窮屈で動かしにくくてしかたねえよ」


 そう言って奴は最初の顔や身体に戻る。

 私に化けるメリットはエフィからの攻撃を牽制できることだけど、どうやらデメリットの方が大きかったみたいだね。


「奇襲向けのいい加護だね。でも……それだけだ」


「言ってくれるじゃねえか。そこの女はお前の顔になった途端攻撃が温くなったぜ?」


「それはそっちも同じでしょ? 私に化けた事であなた自身のスペックも落ちている。言っておくけど私は私の顔面でも容赦なくしばき倒すよ?」


「ははっ、らしいな」


 私はエフィみたいに優しくないから、自分の顔でもエフィの顔でも敵であるなら容赦はしない。

 本来の姿に戻った事で、エフィと斬り結べるくらいの短剣術は本領を発揮するんだろうけど、それでもエフィなら負けないだろうし、私もいる。


(あとは詰めていくだけ……っ)


「一応聞くけど、投降する気は?」


「ちょっと追い詰めたからって何勝った気でいるんだ? 俺が化けるしか能がねえと思ってるなら……見当違いもいいとこだぜっ」


「無駄ですっ……これは……っ?」


「さて、第二ラウンドだ」


 私に向かって短剣が投げられたけど、エフィがそれを難なく叩き落す。

 その直後、地面に魔法陣が浮かび上がり、夥しい数の魔物が姿を現して、私達を取り囲んでいた。

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