第56話 剣聖令嬢と刺客襲来

 現在、ブランノアが駐在している仮説テントがある騎士の拠点は周辺に魔物が嫌う魔除けの魔道具が設置されている。だが、その性能は当然のことながら国全体を覆う聖女の加護の結界には程遠く、弱い魔物程度ならば近付かないくらいのものだ。それでもあるのとないのでは雲泥の差だが、現在周囲の魔物は原因不明の凶暴化状態にある。騎士団を信用していないわけではないが、有り体に言ってしまえば心もとない。


 故に、ブランノアは聖女の加護を使用した広域の結界を展開することにした。

 この拠点は騎士の治療のためになるべく安全を確保したい場所である。いくら護衛としてエフィネルがいるとはいえ、エフィネルに与えられた役目はブランノアを守る事。拠点防衛に費やしていい人材ではなく、ブランノアもそれを望んでいない。


「じゃあ、結界張るね」


「無理はなさらないでくださいね」


「平気だって。まだそんなに加護は使ってないし……それに、ここにくるまでにたっぷり栄養補給したからねっ」


 ブランノアにも為すべく役目がある。

 そんな彼女に頼らざるを得ないエフィネルはどこか申し訳なさそうにしているが、ブランノアは首を横に振った。確かに治療者は多かったが、まだ聖女の加護しか使っていない。それに、頑張るためのエネルギーはもう既にエフィネルから十分すぎるほどにもらっている。


 嬉しそうに告げるブランノアにエフィネルも照れくさそうに微笑む。

 ゆっくりと深呼吸をして、加護を発動させようとしているブランノアを見守るようにじっと見つめるエフィネル――だったが、ふと足音が聞こえ、そちらを向いた。


 そちらにはややボロボロになりながら足を引きずってやってくる騎士の姿があった。要治療者の到着にまたですかとため息を吐きそうになったエフィネルだったが、非常事態なため口にはしない。


 ひとまず、治療の準備をするために誘導しようとして――一気に警戒心を強めた。


「そこのあなた。止まりなさい」


「え……あの、治療をお願いしたいのですが……」


 エフィネルが語気を強めて制止を促す。

 物腰柔らかく気弱様な騎士の男はエフィネルが睨むように見つめてくるのに困惑したような表情を浮かべている。


「すみません、魔物に足をやられてしまって……」


「もう一度言います。止まりなさい」


 それでも治療を求めてブランノアに向かって足を引きずる彼に、エフィネルは再度忠告をして、腰に掛けた鞘からクラールハイトを抜いて切っ先を向けた。


「あなた……誰ですか?」


「私はエスティローゼ王国騎士団所属の――」


「いいえ。あなたは部外者……ですよね? 今回のこの訓練に参加している者の顔は覚えています。もう一度聞きます。何者ですか?」


「……ちっ、しくったな。あんだけうじゃうじゃいた奴ら全員覚えてんのか。侮ってた……よっ!」


 格好こそエスティローゼ王国騎士団のものと変わらないが、エフィネルは今回の訓練でブランノアの護衛をするにあたって、参加している騎士のデータを頭に詰め込んでいた。元々騎士団とは剣の稽古で面識がある者もいたからか、それこそ顔と名前が一致するくらいには記憶している。


 そんな中、現れた彼の顔はエフィネルの知らないものだった。だからこそ警戒を強めて、彼をブランノアに近付けさせないように間に立ちふさがる。そんなエフィネルとしばし見つめ合い、これ以上演技をしても無駄だと悟った彼は本性をさらけ出すように先程とは打って変わった砕けた口調で話し、おもむろに取り出した何かを思い切り地面に叩き付けた。


 ◇


「っ! 煙幕っ……? ブランさんっ」


 たちまち辺りを覆いつくす黒い煙。

 その煙幕の中に取り込まれた私、エフィネル・オルストロンは焦ったように声を上げる。警戒しすぎてすぐに対応できなかったのは私の落ち度。でも、今は反省している暇はない。


 姿をくらましたということは私自身を狙って強襲してくるかもしれない。とにかく視界取り戻さなければ。


「邪魔です」


 即座に風の魔法を練り上げて煙幕を吹き飛ばすように、それでいてブランさんには当てないように放つ。見失った彼はどこに行った。ブランさんは無事か。視界が明るくなり始めて、二人の姿を探す。


 そして、ブランさんの姿は見つけられた。さっきとあまり変わらぬ場所で警戒する姿勢を取っている。だが、その時。私は血の気が引いていくのを感じた。


「エフィ、こっちの警戒は任せて。背中は預けたよ」


 私に向けられたブランさんの言葉。背中を預けるという信頼を受けるも、私はまだここにいる。様子がおかしいことに気付いた私は必死に目を凝らす。


(え……っ?)


 彼女の背後に背中合わせのように立つ――私の姿がある。その私ではない私の姿をした誰かにブランさんは背中を預けていた。

 まずい。やられる。教えないと。

 それは私じゃない。偽物だ。


「ブランさんっ――」


 その私の姿をした偽物はブランさんと背中を合わせたまま、どこかから取り出した刃物を突き立てようと振るう。

 間に合わない。私の頭が真っ白に染まっていく。

 だけど、ブランさんは――その死角からの一撃を防いでいた。


「やっぱり、エフィじゃなかった」


 傍から見ればどちらが本物、どちらが偽物かなんて分からない。特にこの状況で冷静に偽物を見破るなんて至難の業だろう。それなのにブランさんは私ではないと気付いて、咄嗟に聖女の加護でガード。その後、本物の私に気付いて素早く後退し隣にやってくる。


「エフィ大丈夫?」


「私は大丈夫です。すみません、危険に晒してしまいました」


「ううん、これくらいどうってことないよ」


 ブランさんは軽く言うが、私は本当に肝が冷えた。

 刺客の襲撃を許し、護衛対象であるブランさんを危険に晒した。護衛失格だ。

 でも、まだ危機は去っていない。切り替えてしっかり役目を果たさないと……!


「これで仕留めたと思ったんだが……なんで分かった?」


 私の姿をした偽物がブランさんを睨みながら私とは似つかない声で語りかけてくる。

 姿を変える力か、それとも幻を見せる力か。

 いずれにせよ、ブランさんはどうやって看破したのか、それは私も気になるところだ。


 けれど、それは今問いただす事でもない。

 最優先は、この賊を撃退すること。


「ブランさん」

「うん、分かってる」


 私達は並び立つ。

 もう敵意を隠すこともしなくなった私の姿をした偽物を、必ず斬り伏せる。そう誓いを込めて、私はクラールハイトを握る手に力を込めた。

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