第55話 劣等聖女と拠点防衛

 そんなわけで私は拠点で優雅なティータイムを開こうとしていた。暇つぶしとリラックス効果を見込んで持ち込んでいたティーセットを広げて、リンネ直伝のおいしいお茶でも飲んでようと思ったんだけど……さっそくダメージを負った集団が戻ってきた。


 いや、早くね?

 各小隊が討伐に出発してからまだそんなに時間も経っていないはずだ。新人とはいえ、騎士団に入団できる程度の実力は備えているはず。そんな彼らが一人ならともかく小隊が半壊しましたみたいな感じでやってくるのは、言っちゃ悪いけどちょっと疑ってしまう。


 エフィが推測したように下心満載でやってきたのかもしれないと私もエフィも警戒しながら治療を行ったけど、意外にも私に絡んでくる様子はなかった。治療が終わって少し休憩をするとまた討伐に戻って行った。


 よく分かんないけどちょっかい掛けてこないならいいや。

 エフィが目を光らせていたから何もしなかったのか、ただ単純に治療のためにやってきたのか。定かではないけど、とりあえず置いておこう……って思ってたら違う小隊がやってきた。


 なにこれ。

 私がいるからダメージ上等、ノーガードの殴り合いとかしてるとかじゃないよね?

 回復ありきのゴリ押し戦法とかしてないよね、ほんとに。


 ま、こっち仕事で来てるから役目は果たすけどさ……こうも立て続けに来られるとは思ってもなかったからちょっと警戒が強まってしまう。


「……エフィ。この国の騎士団ってもしかして雑魚……じゃなくて、レベル低い?」


「全部言っちゃった後に言い直さなくても。ですが、少し変ですね。新人とは言え入団試験などを突破している方々です。それも単独ではなく小隊で動いているというのに、こうも立て続けに負傷してやってくるとは……。ブランさんとの接触が目的ならそれも分かるのですがそういった様子もありませんし、純粋に治療目的で戻ってきていると考えるのが妥当……ですか」


 だよねぇ。

 今のところ下心とかは感じないし。だとすると本当にやられて戻ってきたという事になる。なんか引っかかるけど……考えても仕方ないか。私は私の仕事をするだけだし、これもきっと偶然。私のお仕事はもう舞い込んでこない。


 ◇


 なんて思っていた時期が私にもありました。

 嘘です。前言撤回です。お仕事がいっぱい舞い込んできます。聖女フィーバー突入してるって。


「ええ……なにこれ。めっちゃ疲れるんだけど」


「一息つく暇もありませんね。いったいどうしたんでしょう?」


「ここらへんの魔物ってそんな強くないんじゃなかったの?」


「そのはずです。ですがこの負傷率……何か起きていると見た方が賢明でしょう」


 聖女の加護で回復はできるからすぐに戦線に復帰はできるんだけど、またすぐにボロ雑巾みたいになって戻ってくる小隊もあってはっきり言ってキリがない。

 初めは偶然という言葉で片づけていたがこの状況は継続している。何か面倒事にならないといいんだけど……これからどうなるんだろうね。


「教官も戻られましたね。少し話を聞いてこようとます。ブランさんも一緒に来ますか?」


「うん。エフィの傍にいた方が安心するし」


「分かりました。では、私から離れないでください」


 情報収集のために席を立とうとしたエフィだったけど、私の傍を離れるのが気がかりだったのか心配そうに見つめてきた。正直、ほんの少しエフィが離れただけで何かが起こるとは思えないけど、護衛対象の私が護衛から離れるのもどうかと思うので私も着いていく。エフィの傍が一番安全。ずっと一緒。


 そうやってエフィに張り付いていって、エフィとなんか強そうな人が話している傍で私は無心で突っ立っていた。大丈夫。エフィがいるから変な事にはならない。ちょっと見られてるような気もするけどそれだけだ。なんだかんだ治療の一環で会話を測ったり、しれっと加護を聞いたりしてたから少しずつ慣れてきているのかもしれない。


「ブランさん……戻りますよ」


「あっ、お話終わった? ごめん、聞いてなかった」


「大丈夫です。ひとまず状況はつかめました」


 そう言ってエフィは私の手を引いて仮説テントに早足で進む。

 教官という偉い立場の人の前から急いで離れようとしてくれてるのはきっと私のためだろう。


「魔物が凶暴化していて、更には徒党を組むような素振りを見せているようです」


「凶暴化?」


「スタンピードの時のように気が立っている魔物は攻撃的で強力です。それが何故か群れて襲ってくるようです。そのため、連携に不慣れな新人騎士の小隊ではやや手こずっているみたいですね」


「へぇ……で、どうするって?」


「小隊を再編成し、人数を増やして討伐に当たるようです。それに伴って拠点周辺の警戒をしていた小隊も取り込むとの事なので、ここは少し手薄になるみたいです」


 まあ、確かにそんな状況になっているなら放置はできない。ここは結界の外だし、危険因子は摘み取っておくに限る。幸いにもまったく歯が立たない相手ではないので、数的有利を確保して討伐に臨めば対処できるだろうし、ここに治療しに戻ってくる人も減るだろう。


 そうなるならここの警戒が多少薄くなろうが文句は無い。むしろいないものとして見てくれても構わないくらいだね。


「エフィはどうするの?」


「ここはブランさんが安全に治療を行うために守らなければいけません。拠点というのは帰る場所、そこが侵されるのは避けるべき事案です」


「じゃあどうする? 私もついていけばいい?」


「ブランさんには聖女としての役目があります。ここを離れるわけにはいきません」


「じゃあ、エフィはここにいて。私たちが揃ってればここは手薄なんかじゃない。聖女の護る力……エフィも知ってるでしょ?」


 ここらへん一帯なら……私の加護でなんとかなる。ちょっと大変かもしれないけど、エフィと離れるよりマシだ。


「そうでしたね。ブランさんを守るためにブランさんから離れてしまっては本末転倒です。私もここであなたを守ります」


「うん、よろしく」


 エフィはきっと拠点防衛の役目を引き継ぐつもりだった。私を守って……それでいて騎士の安息の地を確保するため。でも、それだと私が困る。エフィならここは守ってくれるかもしれないけど、拠点防衛なら私の加護の範囲を広げればできなくもない。だったら私がその役目を引き受ける。


 これはエフィと離れたくない私のわがままだ。


 ◆


「ちっ……何故か着いてきたあの令嬢はまだ引き剥がせないか。ずっと引っ付いていて邪魔だな……」


 ブランノアとエフィネルがいる騎士団の拠点から少し離れた場所。陽の光が届かない暗闇に紛れるように黒いローブを被る男が苛立ちを隠すことなく呟いた。


「……まあいい。当初の予定とは違うが……纏めて始末するか」


 静かに歩きだし、ローブを外す。

 その姿は――訓練に参加している騎士のものだった。

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