第54話 劣等聖女と騎士団訓練

 そんなこんなでエフィとイチャイチャしていると時間はあっという間に過ぎ去って、馬車は目的の合流地点にいつの間にか到着していた。馬車が止まるまで私達の熱は止まらなかったし、そのせいで少し酸欠気味だ。エフィは顔を真っ赤に火照らせて、新鮮な空気を求めて胸を上下させている。まだ始まってすらいないのに大分体力を消耗してしまった気がする。これでエフィのパフォーマンスが落ちてたら申し訳ないけど……ま、その時は私が守ってあげればいっか。


「エフィ、だいじょぶ?」


「……問題ありません」


「顔赤いよ?」


「誰のせいだと思ってるんですか? ストップって何回も言ったじゃないですか。それなのに……ずっと手を緩めてくれなかったのはブランさんです」


「ごめんって。エフィがかわいすぎて止めるの無理だったの」


 確かにエフィは何度も私の胸を叩きながら甘い声を上げて制止を訴えていたけど、言っちゃ悪いけどそれくらいで止まる私じゃない。本気でエフィが嫌そうな素振りを見せたらさすがに私も躊躇するけど、エフィが嫌がっていないならいつでもどこでもゴーサイン継続だ。


 口では止めてと言っても顔は止めないでと言っていたり、離れてと言いながらも腕や足は私を絡めて離してくれなかったりと、エフィはなんだかんだ身体が正直なのだ。おかげで私はエフィ吸いで元気をたっぷり摂取できた。


 日頃の疲れも消し飛び、今日の任務の不安も和らぐ。それだけじゃなく、なんだか少し若返ったような気がするし、心なしか肌もつやつやしてる。

 ……さてはエフィ、万能薬か。


「ありがとエフィ。また吸います」


「……吸うだけで終わらないくせに……。あ、期待してるとかっていうフリじゃないですよ。一応私はブランさんの護衛としての務めを果たさなければなりません。これ以上の体力消耗は避けたいので今は本当に勘弁してください」


 エフィは窘めるように私に向けて頬を膨らませる。

 今は、ね。つまり後半戦はいいってことだね。私はそう解釈した。


 ◇


 それからエフィと私は今回の訓練にて新人騎士達を纏める立場にある人に挨拶をして、仮設されたテントで彼らの様子を眺めている。やはりというかなんというか予想できていたことだけど、私の存在が少し目立っているからかやけに視線を感じる。でも、当初の予定通りエフィが上手く立ち回ってくれているからか、私の心の平穏は守られている。さすが公爵令嬢。社交的に振舞うのも慣れていらっしゃる。


「やはりブランさんは注目を集めていますね。平民出身の方はともかくとして、貴族の出でも跡継ぎになれないような立場の方は、ブランさんとコネクションを作る事が目的なのかもしれません」


「まぁ、そういうの目当てな人もいるよね。私とお近付きになったってそんないい事ないと思うけど」


「そうでもありませんよ。聖女という立場であってもブランさんは心を持つ人間。親しい人にはよくしてあげたいと思う事もあれば、またその逆も然りです。敵対せず、友好的な立場であると示すことに意味があります」


 まあ、確かに。

 私だって好き嫌いあるし。聖女だからって誰にでも等しく接してあげられるわけじゃないしね。エフィが言ったように感情がものを言う時、私が好きか嫌いかで対応は変わってくるかもしれない。


 そういう意味でも私と仲良くなっておきたい人もいるのだろうけど……エフィの番犬っぷりがすごいからもしかしたら誰ともお近付きになることなく過ごせるかもしれない。いいぞ、エフィ公。やつらを蹴散らすのだ。


「あ、みんな森の中入って行ったね。私は同行しなくていいんだ」


「ブランさんの役目は怪我人の治療ですからね。戦闘のサポートなどをしてしまったら意味がありません」


 それもそっか。

 私が前線に立って騎士さんの防御支援までになってしまうともはやそれは騎士さんの訓練ではなくなってしまう。私を鍛えるといった意味ではありかもしれないけど……私の体力気力魔力その他諸々は帰りの馬車の後半戦に温存しておきたい。


「でも、大怪我した人がここまで戻ってくるのって結構大変じゃない?」


「そうかもしれませんが、この拠点に聖女がいるというだけで心強いはずですよ。ですが、新人とはいえ、騎士団の方でも訓練を積んでいるはず。真面目にやっている方ならばこの辺りの魔物になら遅れは取らないはずですが……」


「ん、何? 歯切れ悪いじゃん」


「いえ、わざと負傷してブランさんとの接触を優先する方ももしかしたら居るかもしれません」


 えー、そんなのいないでしょ。

 騎士ともあろうお方がそんな騎士道精神の欠片もない事するかね……。


 でも、そうか。

 これまではエフィがあしらってくれていた人も、怪我人となったらそうもいかない。

 私としても務めは果たさないといけないから、意外といい手かもしれないと思う。ま、実際にそんな事するなら騎士なんかやめちまえって思うし、そういう意志が見え透いていたらエフィ公のクラールハイトが火を噴くはずだ。不純な動機はよくない。


「そういえばここって仮の拠点なんでしょ? 見張りとかっていないの?」


「いますよ。いくつかのグループはこの拠点周辺の警戒に当たっているはずです。ここは結界の外、いつどこに魔物が現れてもおかしくない環境ですので、相応の警戒はしているはずです」


「ま、ぶっちゃけエフィがいてくれれば魔物なんか怖くないしね。男の人の方がよっぽど怖いよ」


「……そうですね。この任務では聖女様として扱われるブランさんを戦力換算したくはありませんが、この場にいる私達だけでも戦力としては十分です」


 今のところ聖女の加護は回復方面でしか使わない予定だけど、私やエフィに危機が迫るなんて事があれば防御方面でも使う。いざとなればエフィから剣聖の加護を模倣することもできる。エフィと……共闘。それはそれで面白そうだと思うけど、そんな展開にならないに越したことはない。


「ま、とりあえず適当におしゃべりでもしながら待ってようか。暇なら暇でいい事だし」


「そうですね。保険は保険のまま使わずに終わるのが一番です」


 一人じゃないから待ち時間も退屈せずに済みそうだ。

 そういう意味でもエフィが隣にいてくれてよかったと思う。

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