第53話 劣等聖女と欲しかったモノ

 それからいつも通りの日常を過ごしているとあっという間に予定日がやってきた。それまでも変わらず剣聖の加護の習得のためにスパルタ修行をしていたけど、結局間に合わなかったね。結果が実らずエフィが拗ねそうだったのでいっぱいイチャイチャして誤魔化しておいた。


 それは置いといて、とりあえず騎士団と合流しなければならない。その後エスティローゼ王国の北側に広がる大きな森に向かう。そこが訓練の地となるのだが、今回は経験を積むのが目的であるため、国防の要である聖女の加護の結界の外で魔物討伐を行う。


 まぁ、前回みたいなことが起きないように聖女補佐の私がいるけど、いつなんどき不測の事態が起きるかは分からない。そういうもしもに備えて力をつけておくのはいい事だと思う。


「ブランさん、準備はできましたか?」


「んー、ちょっと待って」


「忘れ物ですか?」


「そうそう、ちょっとじっとしてて」


 出発前の最終確認にエフィが顔を出す。

 とっくに準備はできてるけど、エフィが来てくれたのでやり残したことが発生した。


 エフィに動かないように言って、私はエフィの胸に顔を埋める。柔らかい母性の塊に顔を押し当てて……そして、思いっきり深呼吸を繰り返した。


「すーはー、すーはー」


「あの……何を?」


「んー、エフィ吸い」


「そんな猫吸いみたいに言われても……」


 とか言いつつちゃっかり腕は回してさりげなく抱きしめてるくせに……。困ってる風を装っても身体は正直だねまったく。


「くすぐったいですね。いつまでかかりますか?」


「エフィ成分補充に終わりはないよ。ずっとこのまま〜」


「ダメですよ。出発しないといけません。続きは馬車の中でお願いします」


 そう言ってエフィは私をスっと持ち上げて抱き抱える。お姫様抱っこだね。こうしてまだ吸い足りないけどいったんお預けにされて、私は馬車に連行されることになった。


 ◆


「これ乗るの久しぶりかも〜」


「そうですね。ブランさんを拾った日……これに乗っていたんでしたっけ」


「拾ったって……間違ってないけどさ」


 オルストロン家の高級感溢れる馬車に乗り込んでふかふかを享受する。こうしていると出会いの日を思い出すね。


 聖女をやめて、あてもなくフラフラしていた私と運命の出会いを果たしてくれたエフィには感謝してもしきれない。私が魔導列車に乗り込まなかったら、列車が混んでなくて相席の必要がなかったら、なにかひとつでも違ったらもしかしたら私達は出会ってなかったかもしれない。そう考えると、本当に、本当に、運命を手繰り寄せる選択をできててよかった。


「あの日は……向かいあわせで座ってましたね」


「そうだね」


「でも今は……こんなにも近くにいます」


 エフィの手が私の手に重なり、肩が軽く触れ合う。隣で互いに寄りかかるように座る私達の関係は、あの日から随分と変わってしまったみたいだ。


「私さ……初めてエフィと会ったあの日に、エフィが欲しいなって思ったの」


「それはどういった意味でですか?」


「んー、最初は加護目当てだったのかな〜? いや、でもそれだけじゃなくてエフィがかわいいくて綺麗だったから一目惚れしたってのもあると思う」


「……嬉しいこと言ってくれますね」


「ただの平民の私が公爵令嬢様を欲しいだなんて思い上がりも甚だしいって感じだったけど……意外になんとかなるもんだね」


 顔がタイプっていうのはもちろんあったと思うけど、始まりはやっぱりエフィが剣聖の加護の持ち主だったから。

 最初はエフィの加護が欲しかった。それがいつしか、エフィと過ごしていくうちに、エフィが欲しくなった。愛おしくてたまらないあなたを、どうしようもなく手に入れたかった。


 そう考える私も人のことを言える立場ではないかもしれない。エフィはたまに自分のことをちょろい令嬢と自称する時があるけど、その理屈でいくのなら私もかなりちょろい聖女だったと思う。顔と加護のいい女にすぐ絆されちゃったからね。


「それで……欲しかった私を手に入れてどういうお気持ちですか?」


「うん、すごく幸せ」


「私も……あなたのモノになれて幸せです」


 欲しかったモノは手に入れた。

 おかげで私は満たされている。この幸せが一方的なものじゃなくて、一緒に共有して、一緒に育てていけるものであり続けられるように願うばかりだね。


「さっ、思い出話もほどほどにして……続きっ、いいかな?」


「……はい。どうぞ、来てください」


 受け入れるように両手を広げるエフィに私はなんの迷いもなく吸い込まれた。このやみつきの温もりと柔らかさ……もう手放せないね。


「エフィ、いい匂い」


「ふふ、ありがとうございます」


「すごくえっちな匂い」


「……それはあまり嬉しくない表現ですね」


 すんすん鼻を鳴らして、エフィ成分を身体全体をフル活用して摂取していく。目で見て、温もりを感じて、鼻で嗅いで……でも、一番効率よく成分摂取できて気持ちよくなれるのはやっぱりここしかない。


「んっ…………本当に隙あらば悪さするお口ですね」


「えへへ、でも嫌いじゃないでしょ?」


「嫌いな訳ないじゃないですか。むしろ……好き、です……」


 ぷるっとした唇が目と鼻の先で待っているんだから、それはもう奪わずにはいられない。不意打ちでキスをするとエフィはかわいらしい反応をしてくれる。


 その後、しばし見つめ合って……続きを催促するように次第に顔が近付いてくる。

 エフィも乗り気みたいだし……馬車が止まるまでもう私は止まれないかもしれない。

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