第50話 劣等聖女のお着替え事情
「中々定着しませんね……。何か足りていないのでしょうか?」
「そんな焦るほどのことでもないでしょ。着実に模倣は進んでるし、剣聖の加護の模倣時間だって伸びてきてるじゃん?」
「それはっ……そうですが……」
剣聖の加護を取り込むためにエフィのスパルタ稽古を行っている。初めのうちは体力的なアレで結構すぐにぐったりしちゃって、休憩も多く設けてもらってたから効率は悪かったけど、最近は長く戦えるようになっているし、それに比例して剣聖の加護の模倣時間も長くなっている。
それだというのに剣聖の加護が私に定着しないことを嘆いてエフィは頬を膨らませている。そんなにリンネに先を越されたのが悔しいのかぁ〜?
うりうり、愛いやつめ。
「おや、あれは……」
ぷっくりした頬をつんつんして遊んでいると、エフィが上を見上げて小さく声を漏らした。私もそれにつられて視線をあげるとなんと空から純白のメイドさんが降ってきていた。
「あ、リンネ」
窓から出てきて、重力の加護でふよふよ降りてくるなんてすっかり使いこなしている。さすが本家様。
しかし……角度が悪いな。見えそうで見えない……ってごめんなさい、そんな抓らないでっ。
「そんなあからさまに覗こうとするのはやめてください」
「じゃあこっちを覗く」
「……後にしてください」
リンネのスカートの中を覗こうとして見上げていたらエフィに怒られてしまったので、じゃあこっちにすると太ももをさすると意外にも怒られなかった。見るなら私のにしろって遠回しに言ってるのかな。かわいいヤツめ。えっちな下着期待してるよ。
「休憩中ですか。進捗はいかがですか?」
「まあまあかな。時間は伸びてきてるよ」
「それは何より。ところで、今お時間大丈夫です?」
「なんかあったの?」
「ルクセウス様がお呼びです。お嬢様とブラン様にお話があるみたいですので、一段落したところで執務室の方へお願いします」
「お父様が……? 分かりました。ちょうどキリもいいところなので向かいましょう。着替えたら顔を出すとお伝えください」
「かしこまりました。では……そこの性欲モンスターの劣情を煽って遅くならないようにしてくださいね」
「……善処はします」
おい、こら。
人をなんだと思ってるんですか君達は。
私が四六時中発情してるとでも言いたげな目で見るのはやめなさい。興奮して襲うぞっ。
「こら、リンネを威嚇しない。着替えて軽く身だしなみを整えたら行きますよ」
「はぁい」
「リンネも伝言ありがとうございます。ブランさんのお着替え……手伝ってもらえますか?」
「え、ふつーに嫌です」
いきなりすべての感情を失いましたみたいな真顔できっぱり言うのなんだかなぁ。未来のメイド長が私に冷たい〜。
「お願いします。ブラン様の重力の加護に対抗できるのはあなたしかいないので……私を助けると思って」
「……はぁ、仕方ありませんね。ブラン様、大人しくしてくださいね?」
ただ着替えるだけなのに大袈裟だなぁ。別にエフィと一緒に着替える訳でもないし、そんな心配しなくても大丈夫……なはずなんだけどなぁ。信頼がないね。
それとも……暴れろというフリかな?
◆
「ちゃんとお着替えできて偉いですね。さすが聖女様です」
「いや、それくらいできるって」
「お嬢様の着替えを覗きに行くと飛び出したっきりお嬢様の部屋が何かの加護によって密室になるようなことがなくてよかったです」
「……私を常に重力の加護の射程圏内に収めるように立ってたくせによく言うよ」
着替えを終えてリンネから棒読みで褒められるけどなんだか釈然としない。確かにエフィの着替えは見たいけど、別に今じゃなくてもいい。そんなルクセウスさんから大事な話がありそうな時に夜までコースに突入なんてするつもりはない。
それにこっそり立ち位置を変えてるつもりだったかもしれないけど、私の移動に合わせてリンネが加護の射程圏内を気にしていたのは分かっている。私をいつでも押さえつけられるように立ち回ってたみたいだけど、どうやら杞憂だったね。
むしろリンネに見守られながらかつ、いつでも取り押さえられる状態で脱いでることにちょっと興奮した。つまりリンネが悪い。私は無罪。
「ま、いいや。それにしても二人揃ってお呼び出しかー。私の家の事だったらエフィを呼ぶ必要はなさそうだし、別件かな? 何か聞いてる?」
「いえ、特には」
「そっか。まあ、行けば分かるか。じゃあ、ちょっと話聞いてくるね」
「はい、では失礼します」
◆
無事私の着替えを見届けるという任務を完遂したリンネと別れて、エフィと合流する。
そうして一緒にルクゼウスさんの執務室に向かっているとあの時のことを思い出した。
「エフィ、扉吹き飛ばしちゃダメだよ?」
「……善処はします」
「やめてよ? 前回のもガチで私のところに修繕費の請求きたからね? あんまり要らない出費増えると、エフィとデート行けなくなっちゃうよ?」
「絶対しません。安心してください」
エフィのダイナミック入室が鮮明すぎてまだ頭に残っている。さすがにもうそんなことしないと思うけど、一応……ね。お金は大事なので無駄金を発生させるのはダメだよ。
「ところで私達にお話とはなんでしょうね? ブランさん、何か悪事を働きました?」
「えー、多分大丈夫だと思うけど」
「そうですか。お父様のことなので意外に大したことない話かもしれませんよ」
「だといいけどねぇ」
んー、まだ話を聞いてないからなんとも言えないけど、なんか面倒事の予感がする。
気のせいだといいなと思いながら私は執務室の扉を叩いた。
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