第49話 剣聖令嬢の目覚まし講座
私、エフィネル・オルストロンの朝はそれなりに早いです。
日課である魔法訓練に加えて、ブランさんと出会ってから追加された剣の修行。それらをこなすために早起きをして人気のない庭に繰り出します。
「これを持ち歩くのもなんだか当たり前になってきましね」
魔法の調子を確かめるだけなら持ち物は要らず、この身一つあればいいのですが、剣聖の加護の発動条件でもある剣がなくてはならないものになりました。
魔法の名家オルストロン家に生まれたのにもかかわらず、剣聖の加護に目覚めたのが私。それでも……お父様の教育の賜物ということもあり、加護に恵まれなくても魔法の才はあると自負していたのですが……今ではどちらが秀でているのか、分からなくなりましたね。
以前は率先して使おうと思っていなかった剣聖の加護も、今ではもう身体の一部のように思えます。これも全部……ブランさんのおかげです。
「さて……どうせ寝ているのでしょうが」
そうそう、ブランさんと言えばですが、庭に出向く前にブランさんの部屋に寄るのも忘れてはいけません。
ブランさんは今私の剣聖の加護を模倣するために強制的に稽古に参加させています。最大効率で模倣の加護を回転させるために、必然的に早起きを強いることになっていますが……ブランさんはやっぱりお寝坊さんです。
「……あどけない顔、かわいいですね」
普段の賑やかにコロコロ変わる表情や、夜の意地悪を企む表情も素敵ですが、かわいらしい寝顔もいいものです。こればっかりは起こす者の特権だと思っていますが……今まではこの寝顔をリンネに独占されていたのかと思うと少し妬いてしまいます。
「……いけない。起こさないと」
寝顔についつい見入ってしまい、いつまでも眺めていたくもなりますが、そんな思いをグッと抑えてブランさんの肩を揺すります。
しばらくして目を覚ますブランさんの次のセリフはもう分かっています。
「んぅ……あと五年……」
「ダメです。五秒で起きてください」
ブランさんは決まって長い眠りにつくことをお望みですが、そんなことはさせません。
そして、ここから先は手早くブランさんを覚醒に持っていかなければいけません。寝ぼけたまま動き回られると何をされるか分かったものじゃないので……。
この前みたいにリンネの加護で強引にベッドに引きずり込まれ、抱き枕にされたまま身動きが取れなくなってしまうなんて事もあるので……少し揺すって意識が起き上がったら、なるべく触れずに声をかけ続けるのがコツでしょうか。
「ん……おはよ」
「はい、おはようございます」
「……んっ」
寝惚け眼をこすりながら起き上がるブランさんと挨拶を交わすと、ブランさんは何かを要求するように両手を広げて目で訴えてきます。
こういう甘えん坊さんなところは年下っぽいなぁと思いながら、私も腕を広げて、互いに腕を背中に回して、いわゆる抱き合う形になります。
「エフィ、ぎゅーってして」
「はい、ぎゅー」
腕に収まったブランさんはとても温かく、手放すのが億劫になってしまいます。ブランさんも腕に力を入れて、ギュッと抱きしめて、ここにいるんだと主張してくれるので触れ合う箇所だけでなく、心がポカポカします。
そうして、思う存分堪能したら次はおはようのキスの時間です。
ブランさんが背中に回す腕を緩め、ものほしそうな顔で見あげてきたらそれが合図。言葉は必要ありません。ただただ、優しく、その唇を塞いであげましょう。
注意点があるとすれば、ブランさんが寝惚けていると舌を捩じ込んでこようとするところでしょうか。
激しいのは嫌いじゃないですが、受け入れてしまってブランさんのスイッチを入れてしまうと、せっかくの早起きも意味がなくなります。
といってもブランさんは先日リンネの……重力の加護を手に入れて、その加護で好き放題やってます。寝惚けて加護を使われたら私に抵抗手段はないのでその時はその時だと諦めて……されるがままになるしかありません。
そうならない事を祈りながら重ねた唇の熱に意識を集中させ、ブランさんを感じます。
激しく貪るのではなく、優しく触れて、啄むような、長くて、幸せな口付け。
適度に呼吸を挟みながら、満足するまで互いを受け入れて――そうしてブランさんはようやく完全に覚醒します。
「ふぅ……おかわりっ!」
「おかわり……ですか。一度だけですよ?」
「えぇ……少ないよ。三……四、いや六……とりあえず三十!」
「いきなり増えすぎですし、多すぎます」
目を覚ましたことでブランさんは通常運転になり、おはようのキスのおかわりを要求してくることもしばしば。応じてあげたい気持ちもありますが、ブランさんのペースに持っていかれるのは困るので、あと……三回だけ。
「……んッ、ごちそうさま。今日もやるんだよね?」
「はい、準備ができたら参りましょう。部屋の外で待ってますね」
「別に着替えるだけだしいてもいいよ? 私の生着替え、見たくないの?」
「……それはっ、見たいか見たくないかで言えばもちろん見たいですが……その、そういう気分になってしまっては稽古に支障がでるので」
「……ふーん、私の身体でそういう気分になっちゃうだ。エフィのえっち」
「なっ……いいから着替えてください」
「はいはーい、ちょいまち」
そう言ってブランさんは私がまだいるのにもかかわらず平気で脱ぎ始めます。私はブランさんから目を背け、慌てて部屋から出て、廊下の壁にもたれかかり、呼吸を整えます。
ああ、やはりブランさんを起こすのは一筋縄ではいきませんね。いつもいつもペースを乱されてばかりです。
「ふふっ」
ですが……そんな悪い気がしないのは……私がもう、とっくにブランさんに心を奪われているからなのでしょうね。
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