第40話 劣等聖女と受心少女
イアハート宅はそれほど大きくない家だけど綺麗でこじんまりとしている。オルストロン邸での寄生生活に慣れきっていたからのでこれが通常サイズの家なのだと再認識させられた。慣れって怖いね。
散々他所様のお家で生活しておいてこんな事言うのもアレなんだけど、人の家に上がるのってちょっと緊張する。ソラちゃんとは今日あったばかりだし、それほど親しいと言える仲じゃない。でも……せっかくいい加護を持ってるからこれを機に仲良くなりたいね。
「すみません、ちょっと散らかってて……」
「お邪魔しまーす」
「失礼します」
私とエフィはソラちゃんの案内で家に上がり込む。
要件が要件だからおもてなしとかは望んでいない。そのまま妹ちゃんのところに通してもらって、私のお仕事をさせてもらう。
「ここが妹の……ルナの部屋です。ルナ、入るよ」
ソラちゃんが扉を数回ノックをすると中からはか細く弱々しい返事が聞こえてきた。
中に入るとソラちゃんとそっくりな女の子がぐったりとした様子でベッドに横たわっている。顔は赤く、息も荒い。でも、私が来たからにはもう大丈夫。ちゃんと治してあげるからね。
「ルナ、この人が良くしてくれるからね。だから安心していいよ」
「……うん、分かってる」
「えっと、ルナちゃん……でいいのかな? ちょっと失礼するね」
別に聖女の加護は多少遠隔でも行使できるけど、直接触れている方が力は流しやすい。だからこれは治療行為に必要な事であって、決してかわいい女の子に触れる口実だとか思ってないし、あわよくば加護を模倣できたらなんて考えていない。
……嘘です、ちょっとだけ思ってました。ごめんなさいなのでエフィネルさん、そんなに睨まないでください。
「……き、気を取り直して……どうかな?」
「ふぁぁぁ……なんか気持ちいいですぅ……」
聖女の加護を使って癒しの力を流し込むとルナちゃんは気持ちよさそうに声を上げる。なんだろう、普通に聖女の加護を使っているだけなのにルナちゃんの元々赤らんだ表情や艶のある声色ですごくいやらしい事をしている気分になってくる。
怖くて後ろを振り向けないけど、なんか背中にひしひしと視線を感じる。それもとびっきり鋭い。
『エフィ? 一応弁明だけど、変な事はしてないからね?』
ダラダラと冷や汗が垂れるのを感じて私はルナちゃんの伝心の加護でエフィに伝える。本当に変な事はしていない。だからそれを一方的にでも伝えてなだめておかないと。でもやっぱり怖くて反応は見れない。そんな時……不意に頭の中に声が響いた。
『ブランさん……えっちなのはよくないです。そういうのは私にだけ……』
ソラちゃんが伝心の加護で私に何かを伝えようとしているのかと思ったけど、頭に響いた声はソラちゃんのものではなく、エフィのものだった。でも……どうして? いや、ソラちゃんが伝心ってことはこれは……ルナちゃんの加護? 模倣の加護には……やっぱり反応がある。もう一回試してみようか。
『えっちなのはエフィにしかしないよ。だから安心して』
『……ブランさん? もしかして……?』
『うん。心の声……聞こえてるよ』
『え、えっ、どうして? 伝心の加護は一歩通行のはずじゃ……。は、恥ずかしい……』
心の内に秘めていた思いが筒抜けになっていることに気付いたエフィの心は賑やかに慌てふためいている。そうだよねぇ。えっちな事は私にだけってかわいい事思ってくれてたもんね。
とりあえずこれがルナちゃんの加護で、心を読み取る系統の加護だというのが分かった。詳細が不明の加護を模倣してしまうのは不測の事態が起こるかもしれないから少し軽率だったかもしれないけど、とりあえず変な事にならなくてよかった。
ただ……問題があるとすればこの場にもう一人……ルナちゃんも心を読めるってことかな。もしかしたらエフィと私のやり取りも聞かれてしまっているかもしれない。伝心の加護を用いた会話も彼女に拾われていると思った方がいいのかな。まあ、私は自分の事が知られたところであまり気にしないけど、エフィはちょっと気にするかもしれない。
そう思って件の少女――ソラちゃんを見つめる。
聖女の加護の癒しが全身に回ったからか呼吸も落ち着いてきているし、いつの間にかすやすやと寝息を立てている。とりあえず何とかなったのかな?
「とりあえずやれることはやったかな。あとは様子見になるけど……」
「すごい……今回のは酷くて薬も効かなかったのにこんな一瞬で……」
『まるで聖女様みたいです……』
「あはは、そんな。聖女だなんて言いすぎだよ」
「えっ……今私、口に出しましたか? 加護も使ってないはずなんですけど……」
「あっ」
……しまった、やらかした。
肉声と頭の中に響いたソラちゃんの声がごっちゃになってつい返事をしてしまった。しかも、ソラちゃんが加護を使って送ったのではなく、私がルナちゃんの加護で読み取った声に対して。いきなり心を読まれたソラちゃんはきっと不審に思っているだろう。
『どうしよう……エフィ、助けて……』
『状況が読めないので……すみません。よく分かりませんが頑張ってください』
伝心の加護でエフィに助けを求めるも断られてしまう。
そうだった。今この場で全部の声を拾えるのって私だけだったね。エフィにも見捨てられてなんとか誤魔化す方法を考えないといけないんだけど……うーん。
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