第39話 劣等聖女と伝心少女

 エフィに手を引かれてなんとか噴水広場までたどり着いた。エフィは普段から剣の修行などで身体を動かしているからか体力もある。一方私は昼過ぎに目を覚ましてグータラ生活を謳歌する怠け者聖女なので、こんなに激しく動いたのはスタンピードの時にエフィを助けにいったきりだ。


 とどのつまり持久力がない。どうやら貧弱なのは理性だけではなかったみたいだ。膝に手をついて荒い息を整えながら、もうちょっと鍛えた方がいいかもしれないと反省した。


 まあ、それはそれとして、今はあの子……いるのかな。この呼び出しがイタズラとかじゃなければいるはずなんだけど……。


「あっ!」

『あっ!』


 そんな時、二つの声が重なって聞こえた。耳に届く普通の声と、頭に響く声。そのおかげであの子を見つけることができた。


「ごめん、おまたせ」


「いっ、いえ……そんなっ。訳も聞けないのにこうして来てもらえただけで嬉しいです」


「あの呼びかけは君の加護?」


「そうです! 私の加護……離れた人に自分の心を伝えられる、伝心の加護です」


「へぇ……」


 伝心の加護……ね。

 離れた相手に心を届けるのは中々どうして興味深いね。どのくらい離れた相手に可能なのかとか、伝える相手の条件とか色々気になる事はあるけど、そっちはあとでゆっくり教えてもらえばいっか。


「ノアさん、加護が気になるのは分かりますが今は詳しい話を聞きましょう」


「だね。それで……私を呼んだ要件を聞こうか」


「その……妹を助けてほしいんです! 私にしてくれたみたいに、あの力で……!」


「……とりあえずその妹ちゃんとやらを見てみないと分からないかな。でもできる限りの事はするよ」


「ありがとうございます! 家に案内します」


「うん。歩きながらその妹ちゃんの事ももうちょい詳しく聞かせてよ」


「はい」


 私の加護がどれだけ力になれるかは分からないけど、彼女は聖女としての私を必要として求めてくれている。

 なら、その期待に応えてあげないと。


 ◇


 彼女の家に移動をしながら話を聞いた。

 まず彼女の名前はソラ・イアハート。ずっと君って呼んでいたら教えてくれた。一応私達はお忍びっていう名目だから本名は教えてあげられなかったけど、まあ……そのうちバレるでしょ。


 彼女の加護、伝心の加護は基本的には視界内の人物を対象として心を声にして直接届ける事ができるらしい。その理屈でいくと私には届かないはずだけど、ちゃんと例外だった。

 伝心の加護は一定時間の間に接触をした相手にならば視界内におらずとも加護の対象にできるみたいだ。私とソラちゃんはあの曲がり角でぶつかった。つまり……接触をしていた。


「ぶつかったおかげで伝心の加護の対象になったってことかぁ」


「はい。そのことを思い出して……ダメ元でお願いしてみようと思ったんです」


「そっかそっか。じゃあ、けがしちゃって痛かったけど、それにもちゃんと意味はあったってことなのかな?」


「そう思いたいです」


「……そうだねぇ。ちゃんとそう思わせてあげられるように、妹ちゃんもしっかり治してあげないとね……!」


 あの時ソラちゃんは妹ちゃんの薬を買った帰りだったため急いで注意散漫になっていた。でも、おかげで私は加護の対象として刻まれた。

 そのことに意味を見出させてあげられるかは私にかかっているってわけだ。重いね。


「でも、よく待ってたね」


「呼んだのは私ですから。ノアさんに想いが届いているのは加護の感覚で分かっていたので、ダメ元で待ってました」


 しかし、伝心の加護は一方通行。

 ソラちゃんから私へと声を伝えられても、意思疎通は叶わず、分かるのは相手に声が届いたか否かだけ。ソラちゃんには私の返事も聞こえないから、噴水広場で待っていたのも本当にダメ元だったようで、あと少し待って私が現れなかったら諦めていたらしい。


 そう考えるとエフィに急かされて走ったのはいい判断だったかもしれない。

 おかげでソラちゃんが諦める前にくることができた。


(ちょっと使用感だけ)


 その伝心の加護をこっそり拝借してエフィに向けて使ってみる。

 心の中で伝えたい事を想い、それをエフィに送る感覚で発動させる。


『やほ。聞こえる?』


 突然私の声が頭に響いたからかエフィはビクッと身体を震わせた。

 けれど、すぐに私の仕業だと理解して、声には出さず首を縦に小さく動かす事で返事をしてくれる。


 ただ、やっぱり使い勝手は悪いのかな?

 接触した相手には一定時間距離を無視して使えるのはすごいと思うんだけど、視界内対象ってことは基本的に肉声が届くってことだもんね。その距離感の相手にわざわざ心の声を届ける必要性がある場面は……なくはないけど。今みたいにソラちゃんに内緒でこうしてエフィに声をかけられるわけだし。それでもやっぱり一歩通行なのが痛いかなぁ。


 見える相手なら表情や仕草でなんとなく分かるけど声での内密にやり取りはできないわけだし、離れた相手にはもっと困る。むしろよくソラちゃんは私に助けを求めて、待っててくれたなと感心するよ。


 ま、どんな加護も使い方次第だし、上手く使えばソラちゃんみたいに私を呼びよせる事もできるわけで。

 でも……相手との会話に用いることができない一方的な伝心なら、私はこう使うかなぁ。


『エフィ、かわいいね』

『エフィ、好きだよ。愛してる』

『帰ったら覚悟しててね』


 そうやってエフィの脳内に囁くように想いを乗せてあげると、エフィの表情がみるみる赤く染まっていく。一方的に愛を囁いて相手を翻弄できるのなら意外とありかもしれない。


「ネル、どうしたの? 顔赤いよ?」


「……白々しいですね」


『大好きだよ』


「……っ、またそうやって。ずるいです」


 わざとらしく聞くとエフィにジトーっと睨まれてしまったけどそんな表情もまたかわいい。再度囁いてあげるとエフィはそっぽを向いてしまった。


「着きました」


 そうしてエフィと……いや、エフィで遊んでいるとソラちゃんの妹が待つイアハート宅に到着した。さて、エフィを弄るのもいったんお開きにして……聖女の努め、果たしてきますか。


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