第38話 劣等聖女と響く呼び声
なんだろう、このさっきの女の子の声。辺りを見回してもあの少女はいないし、むしろ頭の中に直接響いてるような感じの声だ。
「聞こえた?」
「なんのことですか?」
「聞こえてないか。さっきぶつかった女の子が私に呼びかける声が聞こえたんだよ。なんだと思う?」
「……その声はなんと?」
「私に聞こえてるかってさ。聞こえてますよーって叫べばいいのかな?」
聞こえたのはいいんだけど、どう反応すればいいから分からないから困る。でも、姿は見当たらないのに声だけが聞こえてくるということはこれは魔法か加護だ。でも、どういう系統の力が働いてこのように私にだけ聞こえるような声を送ってきているのかはまだ分からない。
「テレパス系統の加護でしょうか……? ノアさんから会話を試みることは可能そうですか?」
「何度か頭の中で返事をしてみてるけど通じてるかは分からないね……っと、続報かな」
『すみません。これは一方通行でしかお話できないので会話を成立させることはできませんが……助けてほしいんです! 水精霊像のある噴水広場に来てもらえませんか?』
「向こうからの一方通行だって。で、なんか水精霊像? のある噴水広場に来て、助けてほしいって言ってるけど……それ、どこ?」
「助けて……ですか。それは心穏やかではありませんね。行きましょう。急いだほうがよさそうですね」
エフィに手を引かれて早足で向かう。
私一人だったらその場所が分からず困っていたかもしれないから、エフィが一緒にいてくれて助かった。それにしても、助けて……か。多少お話はしたけどほんのちょっと。それだけの関係で赤の他人みたいなものなのに、私に助けを求めてくるなんてよっぽど切羽詰まった状況なのか。まあ、いいや。偶然か意図的か分からないけど、知らない関係じゃないし、助けられるなら助けてあげたいね。なんたって私……聖女ですから。
「ノアさん。その声はあなたに向けて送られているので私に状況は分かりません。なのでまた何か送られてきたら教えてください」
「うん、今のところ続きはないかな」
「そうですか。ならいいのですが……」
エフィの心配ももっともだ。
どんな加護でも魔法でも無条件で力を行使することはできない。
この声を届けるためにどんな条件があるのか。助けてといわれてから次の声が聞こえてこないのは、声を届けるための条件が途切れてしまったからなのか。向こうの今の状況は分からない。
一方通行だからあの子が教えてくれないと詳しい状況も分からないけどそれもないし、私が読み取れたのは彼女がすごい困ってるって事だけ。
そんな限りなく少ない情報だけを頼りに動いてる現状、私達にできるのは急いで指定された噴水広場に向かう事だけ、なんだけど……。
「てか……信じてくれるんだね」
「何がですか?」
「いやー、ネルにはこれ聞こえてないんでしょ? なのに私の言っている事信じて動いてくれるんだーって」
「……ノアさんがあのモードから戻ってきたんです。なので嘘だとは思えません」
「あのモードって?」
「その……目を血走らせた捕食者のような……。まためちゃくちゃにされてしまうかと思いましたが、あの据わった目から普段のノアさんに戻ってきたんです。それはよっぽどの事だと」
「あー、判断基準それなんだ」
まあ、確かに。
あの時は理性プッツンしちゃってたから、本気でエフィをお持ち帰りして朝までコースになる予定だったけど、それを止めてまで我に返ったんだから嘘はついてないってか。
我ながら悲しい信じられ方だね。
「でも、いいの? デートの途中で他の女の子の話はしてほしくなかったんじゃないの?」
「もちろんされたくはないですが……困ってる人を見捨てるなんて聖女様には似合いませんからね」
なんだかエフィが天使に見える。
本当だったら初デートでこんなことになったら怒ったり拗ねたりしてもいいはずなのに……私のことを信じて助けてくれる。本当にいい子だ。
「でも……その代わり埋め合わせはきちんとしてもらいますよ? またデート……してください」
「……うん! これからいっぱいできるよ!」
「約束……守ってくださいね」
そう言ってエフィは少し恥ずかしそうに笑った。そんな笑顔に見惚れて、思わず息を飲んでしまう。急いでいるのに呼吸を一瞬忘れてちょっと苦しくなってしまった。
「……っ。ふぅ、やっぱり悪い子だ」
「心外です。ほら、あともう少しで噴水広場に着きますから……ペースあげますよ」
目的地まであと少し。
少し走る速度をあげたエフィに手を引かれながらも、普段のだらけた生活が祟ったのか、私はついていくのでせいいっぱいだった。
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