第37話 劣等聖女のお忍びデート

 やほー、ブランノアだよ。

 今は絶賛エフィとお忍びデート中。なんかトラブルもあったけど楽しいデートは継続中。公爵令嬢の身分を隠すために地味な格好をして帽子を被るエフィも新鮮でかわいいね。というか装いを控えめにするだけじゃ溢れ出るかわいいオーラがまったく抑えられてないけど……ま、周りにバレてなきゃそれでいっか。


「このかわいさは私のもの……うへへへへ」


「……気色悪い笑い方をしてどうしたんですか」


「ネルは私のって思ってただけ」


「……ばか」


 照れながらのばか頂きました。もうね、かわいいね。

 気を抜くとついうっかり軽率にキスしちゃいそうになるけどデート中だし我慢しないと。ここで溜め込んで夜になったら全部解放すればいいだけだからね。


「また悪い顔をして。悪人面ばかりしてると怖がられますよ」


「えー、じゃあかわいいネルを眺めて笑顔になろっと」


「……そんな見つめられると照れます……っ」


「もっと見せてよ」


「……っ、ほら、行きますよ」


 エフィを見つめて表情筋が緩んでいくのを感じていると、恥ずかしがるエフィが私の手を引いて早足で歩きだした。どれだけ恥ずかしがっても手は離してくれないのが本当にかわいいねぇ。


「ねぇ、次はどこに行くの?」


「そうですね。ノアさんは行きたい場所などありますか?」


「ちょっと待って、考える」


 今回エフィを連れ出したのは私がこれから暮らしていくこの街をもっと知りたかったから。まあ、私って割とインドア派で、暇さえあれば引きこもってグーダラしてるゴミクズ聖女だけど、まったくもって陽の光を浴びないわけじゃない。


 聖女になってオルストロン家に寄生するのにも終止符を打たなければいけないので、居を構えるこの地について知らなくちゃいけない。そういうわけでこのデートでエフィにあちこち連れ回してもらって、どこに何があるのか把握していこうって事だね。


 だからこうしてエフィの手に引かれるままに見ているだけでも楽しいし情報収集としても十分だけど、私の行きたいところかぁ。いざ、そう言われると中々すぐには思いつかなかったけど、エフィと手を繋いでいて、ふと剣聖の加護の力を感じて思いついた。


「剣、ちょっと気になるかも」


「……なるほど。確かにノアさんの剣はあった方がいいかもしれませんね。もう少し行った先に小さな工房を営む方がいたはずです。尋ねてみますか?」


「……ううん、それはまた今度でいいや。せっかくネルといるのに剣にお熱だとまた嫉妬されちゃうからね」


「……それは困ります。剣にノアさんは渡しません」


 むぅ、と頬を膨らませてエフィは私の腕に身体を寄せる。

 デート中に剣に夢中になっちゃうなんて事はないと思いたいけど、どうなるかはその場に行ってみないと分からないから、一旦保留かな。剣を見るのは一人でもできるしね。


「そう言えばさ、ネルの剣ってどこで手に入れたの? 買ったの? 作ってもらったの?」


「私のクラールハイトは特注品ですよ。剣だけじゃなくて魔法を補助する杖としても使うためには普通に作ってもらうだけではいけませんからね」


「そっか。いいなー。いつか私も専用の剣が欲しいなー」


 今はまだ獲得に至ってないけど、私はいずれ剣聖の加護も手に入れるだろう。

 そうなった時にその加護に耐えられる剣がなければ意味がない。といっても私の模倣はエフィの剣聖の加護より少し劣るから、クラールハイトのようなすごい剣じゃなくて、量産型の普通のとかでも大丈夫だと思うけど、これからどんな加護を手に入れていくか分からないし、いろんな加護の力を活かせて耐えられるような剣が欲しい。


「ノアさんなら剣を作るのに必要な加護をどこかから手に入れてきて自分で作ってしまいそうですね」


「一応新居に工房も作るからそれでもいいね。ま、私が剣を持ってなくてもネルが守ってくれるでしょ?」


「もちろんです」


 さすが私の剣聖様だ。

 頼もしい限りだけど、私もただ守られているだけの聖女ではいたくないから。

 立つなら後ろじゃなくて隣だ。もしくは前でもいいけどね。


「で……いつまでそうやって引っ付いてるの?」


「……ダメですか?」


「いや、ダメじゃないけど……あんまり誘われると私の貧弱な理性がバキバキだよ? デート切り上げてベッドに連れていっちゃうよ?」


「……それは夜まで我慢してください」


「ふーん。夜ならいいんだ。そっかそっか」


 ほんと、エフィは私の心をくすぐるのが上手だ。

 ちゃんとデートも楽しみたいからさっきから我慢させられっぱなしで悶々とする。エフィは私のことを悪い聖女って言うけど、エフィだって悪い令嬢だよ。聖女を誑かす悪い令嬢だ。


「じゃあ、楽しみは取っておかないとね」


「あっ……もうっ」


 また耳元で囁いて、ちょっとだけ耳たぶを噛む。

 耳が弱いエフィはビクッと身体を跳ねさせて、拗ねたように絡めた腕に力を込める。

 それがまた愛おしくて、意地悪したくなっちゃうのはきっと仕方のない事だ。


「人目もあるのにどうしてそういうことするんですかっ?」


「大きい帽子被ってるから隠せば見えないよ」


「そういう問題じゃありません」


「じゃあ、どういう?」


「……あまり焦らされると、私も我慢できなくなってしまうではありませんか……」


 ほんのりと顔を赤くして、もじもじとしたいじらしい表情でそんな事を言われた暁には、私の中で何かがぷつんと切れる音がした。


「え、えっ……あの、どちらに?」


「……」


「無言で連れ去ろうとしないでくださいー」


 ごめん、エフィ。

 でも……これはさすがにエフィが悪いと思う。こんな煽られて夜まで我慢なんて拷問……無理だよ。


「デート! デートはどうなるんですかっ?」


「……また今度ね。さ、行くよ……って、何……これ? 声……?」


 本能に従ってエフィをお持ち帰りしようとしたところで不意に私の意識は引き戻される。頭の中に響くエフィではない誰かの声。何かを叫んでいて、訴えている。ノイズがかかってよく聞こえなかったけど、今度は鮮明に聞こえた。


『お姉さんっ、聞こえますかっ?』


「これ……さっきの女の子?」


 聞き間違いじゃなければさっきぶつかった女の子の声がする。

 何が起こっているのか分からずにちょっと混乱したけど、私が我に返って解放されて安堵の息を漏らすエフィを見たら少し落ち着いた。

 さて、これはいったいどういう状況なのかな……?

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