第34話 劣等聖女の従者勧誘

「という事なので、新居が完成したらお引越しすることになりました〜。いぇいいぇい、ぴすぴすぴーす!」


「……それはまた唐突ですね」


 新居に移り住む事を決めた私はその事をリンネにも報告した。急に聞かされたリンネは驚いているのかいないのか分からない表情で私を見つめている。


「あれ? もしかして意外と驚いてない?」


「いえ、驚いてますよ。ですが、聖女ともあろうお方が借りぐらしでは示しがつかないというのに納得しているだけです」


「それな」


 偉い貴族のお家に居座り続ける平民という謎の構図から脱却する時がやってきました。といっても家がすぐ完成するわけじゃないから今すぐオルストロン公爵家からバイバイすることにはならないけど。しばらくは居候の身に甘んじて、グータラ生活を享受しようと思う。


「では、こうやって昼過ぎにブラン様を起こしに来るのも新居ができるまでということですか」


「え、なんで?」


「なんでと言われましても……お引越しされるんですよね?」


「うん、引っ越すよ?」


「では、そうなるのでは?」


「いやいやいやいやリンネさん、冗談が面白いね」


「……そういうブラン様は冗談は顔だけにしてください」


 おっと、辛辣。でも冗談でもなんでもないんだな、これが。

 確かに新居に引っ越したらオルストロン邸で過ごさないって事だから、今私にあてがわれてるこの部屋で生活するのも終わり。そうなるとリンネが起こしてくれるのも無くなっちゃう……そう、ここではね。


「えー、ここで重大発表なんですが、リンネさんをシュバルツ邸のメイド長に任命しようと思います」


「は? お嬢様とイチャつきすぎて脳がイカれましたか?」


「私は無事だよ。私は……ね」


「その強調もどうかと思いますが……そんなの初耳ですよ」


「だって今初めて言ったもん」


「……しばきますよ」


「やれるもんならやってみなよ。返り討ちにしてめちゃくちゃ好き放題しちゃうよ?」


 確かにリンネの加護は強力だけどさ、もう聖女の加護の出し惜しみはしない私にとってはさほど脅威じゃないだよね。重力の加護だって触れる事が条件だからリンネが加護を私に及ぼそうとすれば必然的に私の模倣の加護の条件も満たす。


 互いに重力に干渉できるなら聖女の加護がある私に分がある。だからリンネが私にどうこうできる手段は限られているのだ、うはははは。


「くっ、このハイスペック聖女が……! あなたのどこが劣等聖女なんですか……」


「へへーん。オリジナルに劣るからって全部が全部劣ってるわけじゃないんですねぇ。ほら、やるかね?」


「……遠慮しておきます。で……そのシュバルツ邸のメイド長とかいう戯言はどこからきたんですか?」


 おお、引き際を分かってるね。

 私に挑むならそれなりの覚悟……してもらわないとね。ま、辱められたかったらいつでも受けて立つよ。それにしても戯言って。


「ああ、それね。えっとね……私がお家建ててお引越ししたらもれなくエフィがついてくるでしょ?」


「……当然のように言ってますが否定できないのが悲しいですね。容易に通い妻してる姿が想像できます」


「で、エフィが頻繁にくるかもしれないから、エフィのお世話できるメイドさんも何人か派遣……っていうか実質引き抜き、みたいな? してもいいってルクセウスさんが言ってくれたんだ」


「はぁ……お嬢様のお世話要員……。で、なんで私なんですか?」


「いやぁ、私って色んなメイドさんにセクハラしてきたじゃん? だから中々いいお返事もらえなくって。その点リンネは私にも寛容だし、エフィも信頼してるメイドさんだから適任かなーって」


「というのは建前で本音は?」


「リンネに断られたら全滅するかも」


「……そんなことだろうと思いました。ブラン様ですからそうなっても何も不思議には思いません」


「お願いだよ〜私の専属メイド〜」


「専属メイド言うな。拒否権は?」


「あるけどさぁ……」


 リンネに断られたら多分誰も来てくれないんだよね。そうなったら誰が私を起こしてくれるの〜?


「……そんな捨てられた猫みたいな目で見ないでくださいよ」


「にゃー」


「……分かりましたから。その代わりお給金はしっかり貰いますからね」


「ありがと〜。リンネ大好き〜!」


「……まったく、調子のいい人ですね」


 リンネは呆れたように薄く笑っている。ルクセウスさんに許可はもらってるけどメイドさんへの交渉は私がしないといけないし、拒否したメイドさんを無理やり連れていく事もできないからリンネが承諾してくれて本当に助かった。


「しかし……私一人ですか。ブラン様の新居の規模次第ですが、聖女様の邸宅となればそれなりに大きくなりそうですね。一人で回せるでしょうか?」


「それに関しては考えがあるんだ」


「考え? またろくでもない事ですか?」


「さっきからちょいちょい酷いな〜」


「日頃の行いでは?」


 それに関しては何も言い返せません。そもそも日頃の行いがよければメイドさん達に煙たがられたりしないもんね。うう、自分で言っててちょっと悲しくなってきた。


「それで、考えとは?」


「そっ、私の見立てではちょっと大きめのお家になりそうだから、何人か従業員を雇って働いてもらおうかな〜って」


「……なるほど、思ったより普通の考えですね。それはいいんじゃないですか? ちなみに募集要項は?」


「えーとね、加護持ちのかわいい女の子!」


「さすが女好き聖女。ブラン様ならそうですよね。聞いた私が馬鹿でした」


「まあ、どっちかと言えば加護持ちの方が重要なんだけどね」


「ああ、そういう。従業員なら近くにいて定期的に模倣もできるわけですか。ちょうど私みたいですね」


「そゆこと」


 結局、欲しい加護の持ち主が近くにいないといつまで経っても模倣が完了しないからね。かわいい女の子を何人か雇って、定期的に加護を貸してもらってって感じにできればいいんだけど。


「そうなったらリンネに教育は任せるつもりだから。よろしくね、メイド長」


「……先行きが不安ですね。ま、期待に添えられるよう程々に頑張りますよ」


 うん、お願いね!

 とりあえずメイド長を確保できたので、リンネに育ててもらういい感じの人材を探さないとな。私好みのかわいい女の子……見つかるといいな。

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