公爵の思惑

 娘の襲撃によって破壊され開放的になった執務室で、現オルストロン公爵家当主、ルクセウス・オルストロンは一人窓の外を眺めていた。窓にうっすらと反射して映り込む彼の表情はとても機嫌がよさそうに見える。

 その理由は、当然彼の娘、エフィネル・オルストロンと彼女の想い人であるブランノア・シュバルツにあった。


「……思ったより早かったが……むしろ好都合か。ブランノア嬢……やはり彼女は面白い」


 まず、今回の一件でブランノアは大きな活躍を残し、名実ともに聖女になった。

 ブランノアが聖女を嫌がっていると知っていたルクセウスは、ブランノアがまた都合のいいように利用される事の無いよう、オルストロン公爵家の力を全力で使って彼女を保護するつもりでいた。

 だが、ブランノアにも思惑と目的があり、そのために残した功績と要求を通すための価値を示した。そこはルクセウスの思惑とは離れているが、彼が思い描いた最終的な帰着点に辿り着くのならばそれでいい。


 そして、その帰着点こそが、ブランノアとエフィネルが結ばれる事。

 すなわち、ブランノア・シュバルツという少女にオルストロン公爵家との強い繋がりを持たせる事。もっと言ってしまえば、ブランノア・シュバルツの多彩な才能を抱え込めるという事。


 初めは聖女を辞めたブランノアを取り巻く問題の真相が解決するまでの一時的な保護のつもりだった。彼女を招いたエフィネルもその心づもりだっただろう。

 だが、その滞在期間でブランノアは着実にエフィネルの心を溶かし、絆して、手籠めにしていった。


 そして、心の距離が縮まった事で、ブランノアは真の力を明らかにした。

 覚醒した模倣の加護の神髄。聖女と遜色ない聖女の加護。

 それを知ったルクセウスは、エフィネルの意図せぬ拾い物に心が躍ったほどだった。


 それからルクセウスの思惑は固まった。

 ブランノア・シュバルツを逃がしてはいけない。

 手厚く保護しなければいけない。


 また聖女の時のような都合のいい使い捨ての駒のような利用のされ方をして、国に愛想を尽かして他国に流出してしまうなんてことになってはいけない。

 そう思っていたが、ブランノアをオルストロン家に繋ぎ止めるための最も効果的な手段は意外にも身近にあった。


 ブランノアは女好きで女誑し。

 そして、彼女の好意はエフィネルに向かっており、その頃にはすっかり絆されかけていたエフィネルの気持ちもブランノアへと向かっていた。


 だが、エフィネル・オルストロンは公爵令嬢だ。

 然るべき教育を施したこともあり、エフィネル自身自らの役割をよく理解していただろう。


 その身は公爵家の繁栄のためにあり、望んだ恋ができるとは思ってもいなかった。

 そんな彼女がついぞ絆されてしまったのはブランノアという少女。女性だった。


 エフィネルからすればその思いは成就することのないものだった。

 政略結婚の駒の一つである自分が、好きな人と結ばれるというだけでも奇跡的なのに、相手が同性ときたものだ。叶うはずがない。そう思っていただろう。


 だが、ルクセウスの考えはむしろ逆。

 同性だからこそ叶う。ブランノアを繋ぎ止める一手になる。

 そのため、エフィネルからすれば自身の望んだ恋でも、ルクセウスからすれば公爵家を栄えさせるための政略と同義だった。


 だからこそ、ルクセウスはエフィネルに告げた。

 ブランノアを逃すなと発破をかけた。


 エフィネルとブランノアがくっつくことが何より大切で、貴族としても親としても望んでいた。

 そう言う意味では娘の恋心を利用することになってしまったわけだが、好きでもない相手に心を殺して尽くすような政略結婚ではないため、誰も不幸にはならないだろう。


「しかし……本当におてんばになったな。いや、兆候はあったか」


 先日、ブランノアとエフィネルが執務室へ訪れた際に行われた、娘の破壊行為の跡を眺めてルクセウスは目を細めた。

 親の目から見てもエフィネルは落ち着いていて、このような事をしでかす子ではなかったはずだとしみじみと思う。

 だが、思い返してみれば、執務室で火属性の魔法を放とうとしたりとやんちゃな一面もあり、もうその頃にはすっかり悪い聖女様の影響を受けていたのがよく分かる。


「それにしても、あれは傑作だったな。エフィはとっくにブランノア嬢の手に落ちていたというのに……エフィをください、か。エフィと結ばれるために聖女の地位を取り戻そうとした行動力。愛されているな」


 思い出して笑いがこみあげてきそうだったルクセウスは口元を押さえた。

 ブランノアに告げられた要求に違う意味で驚き、目を丸くしたのは今となってはいい思い出だろう。


 そして、何より。ルクセウスにとって傑作だったのは、ルクセウスやエフィネルがブランノアを手に入れようと動いていた裏で、ブランノアもエフィネルを手に入れようと動いていたことだ。

 そのため、遅かれ早かれこの誰もが幸せになる結果に辿り着いていただろうと思うと自然に笑みがこぼれてくる。


「ひとまずブランノア嬢の後ろ盾として、彼女達の幸せを支えていくとしよう」


 あくまでもブランノアの模倣の加護や聖女の加護などによる力は副産物。何より大事なのは娘の幸せだ。

 エフィネルはそのどちらも取りこぼさない最高の道筋を辿っている。ルクセウスはそんなエフィネル行く末に思いを馳せ、愉快な空想にふけて小さく笑うのだった。

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